第51話『巣立つ時は今そこに』

ナルシス君も復活したし、ナルシス君以外に大きな怪我をしている人はおらず、キッフレイ聖国を襲った事件は解決した。


しかし、問題は解決したようで解決していないのだ。


私は、キッフレイ聖国の王様だけでなく、他の国の王様も集めた会議に参加して話を聞いていた。


「では、シーラ様はその国で対応しきれない問題が発生した際には、シーラ様をすぐに呼ぶべきだと……?」


「えぇ」


「いや、しかし」


「何か問題でもありますか?」


「それは! 当然ありますとも! シーラ様はお一人しか居ないのですから、シーラ様にその様なご負担をお掛けする訳には」


「別に気にしなくても良いですよ。最近は私のコピー体を作れる様になりましたから。通称コピーシーラです。例え世界中の国が同時に救援を呼んだとしても対応出来ます」


「そ、そうなのですね」


「はい。なので、何も気にしなくて大丈夫です。何かあればすぐに呼んで下さい」


「いや! しかし」


「先ほどから妙に反対されますな。まるでシーラ様による救いを求めていない様だ」


「い、いや。その様な事は」


「あぁ、そうですな。救いを求めていないのではなく、他国が救われるのが困るという事ですかな?」


ある国の老王の言葉に若き王が笑いながら指摘する。


その言葉を切っ掛けとして、激しい論戦が始まってしまった。


「先日、そちらの国より魔物が大量に流れてきて、被害が出ましたが、あぁいう事件を解決されると困るのでしょう!? あぁやって国力を削ろうとしているのですからな!」


「証拠も無しにその様な事を言われても困るな! 我が国がそれをやったという証拠はあるのかね!?」


「証拠証拠と騒ぎ立てるのが怪しいと言っているのだ!」


「当然だろう! 私は疑われているのだぞ! 信用を失わない為に反論するのは当然の事だ!」


「あぁ、そうだな! しかし、であるならば、どちらにせよシーラ様に救援を依頼する事を反対する理由が分からぬな!」


「先ほども言ったが、シーラ様への負担が大きいのだ。その様な事を容易く頷ける訳が無いだろうが! シーラ様の様な方は奇跡の方なのだぞ!」


「しかし、これはシーラ様からの提案だ!」


「貴殿は未だ母に守られねば生きていけぬ程弱い赤子の様な存在なのか!? いくらシーラ様が母の様に我らを守って下さるからと言って、それに甘え続けるのはどうかと思うがな!!」


私はテーブルをバンバンと叩きながら騒ぎ続ける人たちを、いつ終わるんだろうと、眺めた。


しかしいつまで待っても終わる気配はない。


元気なものだ。


「そもそもだ! 私が危惧しているのは、シーラ様を戦争に使う輩が居るのではないかという点だ。シーラ様は純粋なお方だ。シーラ様を利用しようとする者が居るのはおかしくないだろう!」


「そういう事を考える貴殿が一番怪しいのではないかね?」


「私を侮辱するつもりか!!」


「あの! さっきから色々と話されてますけど、私が手を貸すのは、一般市民が困っている時だけです。騎士の人や貴族の人が人同士で戦争をして困っていても私は助けません。それは皆さんが必要のない争いをしているだけですから」


「いや、必要のない争いと言いますが、国を守るために我々は戦う事もあるので……」


「人間同士ですよね? 対話は出来ないんですか?」


「いや、それは……」


「無論、話し合いで解決する事も出来ますが」


「しかし、引けぬ戦いという物も」


「はぁ」


私は思わずため息を吐いてしまったが、その反応に全員が黙り込む。


それを見て、しまったと思ったが、今更引く事も出来ない。


私は、とにかく! と言いながら椅子から立ち上がった。


「危機的状況にあるか、そうなる可能性があるのなら私に連絡をしてください。そうする事で救われる命があるのなら、私はその方が嬉しいです」


「しかし」


「命が優先です!!」


まだグダグダと言っている人に、一番大事な事を伝えて、私はその会議室から出て行った。


私が出て行った後、まだ会議室ではぎゃあぎゃあと騒いでいる様だったが、もう知らない。


とにかく死ぬべきじゃ無い人が守れれば私はそれで良いのだ。


争いたい人は勝手に争えば良いよ。もう。


私は転移して、世界会議の場を去るのだった。




キッフレイ聖国に戻ってきた私はナルシス君が居る場所へと向かって、廊下を歩いていた。


そして、ナルシス君が居る部屋の扉を開けて、驚いているレナちゃん、ナルシス君、マクシム君をそのままに私は近くのソファーにうつ伏せで倒れ込んだ。


「……失礼します」


「え、えぇ。いくらでもどうぞ」


「だぅー!」


クッションに顔を押し付けて、お腹の中にたまった不満を撒き散らした。


不満が溢れすぎてクッションを食べてしまいそうである。


「あのー? シーラ様……?」


「はい」


「大丈夫ですか?」


「大丈夫でふ」


「そ、そうですか」


マクシム君の声が離れていくのを感じて、私は両腕をソファーに立てながら起き上がった。


そして叫ぶ。


「皆さんは幸せになりたいと思わないんですか!?」


「っ!?」


「え、えと?」


私は感じていた想いを吐き出してゆく。


「自分たちでどうしようもない問題があるのなら、言えば良いじゃないですか! 私に! 何でも出来るんですよ!? 別にお金だって欲しくも無いし、物だって要らない! ただ、助けてって言えば良いだけなのに!」


「……シーラ様」


私は何だか感情が高ぶって溢れてきた涙を手で拭う。


「死んじゃう所だったんですよ!? みんな、みんな! それなのに、変な意地を張って! 要らないんですよ! そういうのは! 生きてこそじゃないですか!」


「シーラ様。だからこそなんですよ」


「……?」


「私たちは生きています。だからこそ己の力で生きて行かなくてはいけないのです」


「意味が分かりません」


「私たちは母に抱かれ、この世界に生まれ落ちました。しかし、いつまでも母と共に生きてゆく事は出来ないのです。だからこそ、私たちは己で出来る事は己でやりたいのです」


「……」


「無論シーラ様としては受け入れられない物かもしれませんが」


「はい。まったく。これっぽっちも分かりません」


私がムッと口を尖らせて、ナルシス君を見据えると、クスっとレナちゃんが笑う。


そして、ナルシス君の近くに座っていたレナちゃんが私のすぐそばまで歩いてくると、そのまま私の隣に座って寄りかかる。


「私は、シーラちゃんにいつまでも甘えてるよ。それじゃ駄目? 足りない?」


「うん」


「ふふ。シーラちゃんは我儘だなぁ」


「そうだよ。私は我儘なエルフなんだから」


「そっか。そっか。でもさ。残念だけど。世界はシーラちゃんの思い通りには進まないんだよ」


「……むぅ」


「私たちはどれだけシーラちゃんが望んでも、いつか離れてゆくし。思い出だけの存在になっちゃう」


「そんなの!」


「だからさ。私もシーラちゃんに我儘言うから、シーラちゃんも私に我儘を言ってよ」


「レナちゃんに?」


「そう。きっとそれが家族になるって事だと私は思うからさ」


レナちゃんが私を抱きしめながら言った言葉に、私は何かを言おうとしたのだけれど、結局何も思いつかなくて、そのまま黙ってしまった。


そして、私は、何かが急激に変わろうとしている様な不思議な予感を受けるのだった。

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