第10話『あぁ、シーラ様』(エミリー視点)

悪夢のような日々だった。


ずっと一緒にいた男の子を自然と好きになって、彼に言われるままキッフレイ大神聖帝国から逃げ出そうとして、あの人に捕まった。


大勢の兵隊さんに捕まって、聞きたくもない話を聞かされて、笑われて。


淡い恋心も踏みにじられて、何もかもが嫌になった。


それでもあの人は、私が泣くたびに喜んで、笑って、もっともっとと子供の様にはしゃいでいた。


いや、真実子供なんだろう。


確か聞いた話では、この国のお姫様は私よりもいくつか下だと言っていたし。


子供なのだ。


ただ、悪意で人の気持ちを踏みつけても何も感じない子供……いや、違う。


踏みにじることに喜びを見出している子供か。


私が彼の言葉を聞いてから、あの人は何度も何度も私に問うてきた。


どうしてこんな男を選んだのか? 本当にこんな男が良かったのか?


違う、違うと首を振っても、お構いなしに悪魔は笑いながら私に言う。


でもお前は選んだんだろう? この男を選んで、罪を犯したのだろう? と。


だって、知らなかったのだ。見えていなかったのだ。しょうがないじゃないかと。


私はか細い声でそう言うことしかできなかった。


しかし悪魔は私のそんな言葉に笑みを深めると、じゃあもっといっぱい知ろうと言って、私の住んでいた村へ向かった。


そして、村人に問うた。


「この女は罪を犯した。庇う者は拷問の末、罪人として処刑するが、庇う者はいるか?」と。


今となれば当然の話であるが、そんな事を言われて庇う人間なんて居ない。


誰も何も言わなかった。手を挙げることも、動くことすらなかった。


そんな光景に私は酷く傷ついていたが、悪魔はそんなことで止まらなかった。


悪魔はみんなの前で言ったのだ。


「じゃあ、この子はみんなに嫌われてたってことだよね?」と。


笑っていた。心底楽しいものを見つけた子供の様に。


そして、何も反応しない村人に視線を向けると兵隊さんに言って、一人傷つけて、言葉をぶつける。


「あれ? 庇うのかな? じゃあ一族友人全員処刑しちゃうけど。ねぇ、貴方はあの子の味方なのかな? 違うって言うんなら、あの子に正直な気持ちを打ち明けてよ。正直な、気持ちをさ」


それからの事は正直思い出したくはない。


家族や友人や、親しいと思っていた人たちの罵詈雑言が私に降りかかったからだ。


そして、私は村の中心に縛り付けられて、兵隊さんに監視され、通りがかる人たちの暴言を浴びながら数日を過ごした。


何もかもを失って、壊されて、汚されて、そしてあの人の操り人形になったのだった。


ただ笑顔を浮かべて、たまに遊ばれ、あの傷を忘れぬ様にと抉られる。


それだけの日々だ。


こんな日々が永遠に続くのだと思っていた。


しかし、そんな私の前にシーラ様は現れた。


天上からの使者であるかの様に、お美しい姿で、あの悪魔から私たちを救って下さったのだ。


そして世界から否定された私に手を差し伸べてくれた。


エルフは個々の人など判別せず、気に入らない物は全て消し去るというのに、シーラ様は私たちを救うために戦ってくれたのだ。


あぁ、シーラ様。


この胸の高鳴りは、この気持ちこそが愛なのですね。


シーラ様……!




私はジッとシーラ様を見つめながら、ご準備が終わるのを待っていた。


今日は実によい朝だった。


あの日。シーラ様が私たちをウィルベン王国へ連れて行ってくれた日の事を夢に見たからだ。


どこにも行く場所のなかった私たちに手を差し伸べてくれ、もし国に拒絶されたら一緒に逃げるとまで言ってくれた。


素晴らしいシーラ様の愛を感じた日の事を鮮明に思い出せた。


これ以上の喜びはないだろう。


朝からの仕事にもやる気が出るというものだ。


無論。シーラ様に関わる仕事でやる気がない等という事はあり得ないが。


という訳で、今日も激しい争奪戦を勝ち抜いて、朝係となった私はシーラ様が朝の時間を優雅に過ごされているのを見ながら、シーラ様が動き出すのを待っていた。


「んに……くにゅう」


「……」


シーラ様はベッドに座ったまま、眠そうに頭を揺らしており、そんなお姿も大変可愛らしい。


しっかりと起きて活動しているときは、そのお姿に似合わず理知的で、大人びているのだが、寝ていたり、微睡んでいる時のシーラ様は見た目通りの子供に見える。


そういうギャップがまた素晴らしいのだ。


だからこそ、朝係は人気であり、夜係を決める時にはいつもケガ人が出る。


まぁ、この辺りは仕方ないことだろう。


シーラ様はそれだけ慕われているのだから。


「……はっ! あしゃ! んぐんぐ。朝ですね。うん。今日もいい天気です! 今日はビシッと起きられましたね」


「えぇ。そうですね。シーラ様」


「っ!? エミリーちゃん! いつの間に部屋の中に!?」


「今ちょうど部屋に来たところです」


「そ、そうですか。少々びっくりしましたが、問題ありません。えぇ、本当に」


「そうですね」


私は満面の笑みを浮かべながら焦ったように両手を動かしているシーラ様を見た。


可愛い。


あわあわしてるシーラ様可愛い。


いつかシーラ様がそういう事に興味を持った時、相手が出来るようにちゃんと勉強しておこう。


そう心に決意しながら、私は何も知りませんよという顔でシーラ様に頷いた。


大丈夫です。先ほどの寝ぼけているシーラ様のお姿はシーラ様専属メイドの中でしか共有しませんから、ご安心ください。


と、心の中でシーラ様へお伝えするのだった。




落ち着かれたシーラ様のお着替えを手伝って、私はシーラ様の後ろについて歩きながら、周囲を警戒していた。


何に警戒しているかと問われれば、無論シーラ様に不埒な事を考えている連中だと返そう。


そう。シーラ様は見た目の美しさもそうだが、何よりも無防備なのが問題なのだ。


ご自身が周囲にどの様に思われているのか分かっていない!!


これは由々しき問題である。


シーラ様の純粋さを悪用し、シーラ様を自分のものにしようと考える人間はいつどこに現れるか分からないのだ。


だからこそ、私はシーラ様を守るために、こうして日夜目を光らせているという訳である。


「あ、オリヴァー君! おはようございます」


「っ! あぁ、おはよう。シーラ。今日も元気そうだな」


「えぇ。元気だけが私の取柄ですからね。社畜をしていた時も、元気だけで何とか毎日こなしていた様なものです」


「えと、しゃち?」


「あぁ、えっと。働いていた時の事ですね。会社……あー。いや、とある国に所属しておりまして、その国で昼も夜も王様の命令で休む暇もなく働いていたのです。まぁ、炎上案件がよくある現場でしたからね。あぁ、懐かしき十秒チャージ」


「ほぅ」


「へぇ」


瞬間、周囲の温度が下がったような気がした。


私は湧き上がる怒りを何とか抑えながら笑顔でシーラ様に問おうとした。


しかし、それよりも早くオリヴァーがシーラ様に質問を投げる。


「シーラ。良ければその国の名前を教えてくれないか?」


「え? いや」


「シーラ様。大丈夫です。シーラ様に害をなす様な国であれば、滅ぼす方が世のため。そうでしょう? オリヴァー」


「あぁ。そうだな。大丈夫だ。シーラは何も心配しなくていい」


「いや! お二人ともなんの話をしているんですか!?」


「オリヴァー。後はお願いします。私はシーラ様を」


「分かった」


私はバタバタと暴れるシーラ様を抱きかかえ、部屋に向かって走り出した。


メイド隊に配られた通信機でレッドアラートと呼びかける事も忘れない。


意味は当然、シーラ様の危機だ。


この事が原因となり、城は上から下まで大騒ぎする事となった。


しかし、全ては私とオリヴァーの勘違いだという事が分かり、私とオリヴァーはお説教されてしまうのだった。




追伸。小さな体で怒っていますよとアピールしているシーラ様は大変可愛らしかった。


今日も良い夢が見れそうであった。

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