第9話『消えた王のカケラ』
さて、完全に冷え切った部屋にいた私であるが、いつもの営業スマイルを浮かべたまま虚空に助けを求めていた。
その祈りが通じたのか、扉が勢いよく開かれて、オリヴァー君たちが駆け込んでくるのだった。
「シーラ様! お待たせいたしました!!」
「オリヴァー君。良かった」
「シーラ様! そのお顔の傷は! まさか、帝国の姫が」
「え? いや、これ自体はアイヴィさんが原因という訳では無いのですが、とりあえずキッフレイ大神聖帝国の方に事情をお話したいです」
「承知いたしました」
オリヴァー君は私の言葉に頷くと、私のすぐ傍に移動して、外から部屋の中にキッフレイ大神聖帝国の兵士さんと、初見のイケメンさんを入れるのだった。
「……アイヴィ」
「お、お兄様」
「何か隠していると思っていたが……まさか、この様な事を起こすとは。いや、私が気づいていなかっただけで前からか」
「……」
アイヴィが兄と言った青年は、ベッドに倒れているアイヴィを見下ろすと、小さく溜息を吐いた。
しかし、アイヴィのお兄さんという事は、あのオジサンの子供って事かぁ。
言っちゃ悪いけど、全く似てませんね。
いや、アイヴィとオジサンも似てないけどさ。
ん……よく見るとアイヴィとお兄さんは似ているな。
つまり、オジサンの遺伝子だけ行方不明って事かぁ。
奧さんはどれだけ美人だったのだろうか。
いや、オジサンも昔はイケメンだったのかもしれない。乙女ゲームの世界だし。若いころだけイケメン……。
それは嫌だな。
や、冷静に考えればジェイクさんはイケオジなのだから、関係ないわ。
奧さんの遺伝子が強すぎただけだな。うん。
「シーラ殿」
「はい」
何かアホみたいな事考えてたら、お兄さんに話しかけられた。
私は、間抜け面を晒さない様に、顔を引き締めつついつもの営業スマイルを浮かべる。
「この度は大変申し訳ございません。妹が悪しき思惑で貴殿に近づき、傷つけたようだ」
「いえ。私は自分から傷付きにいった様なものですから」
「と言いますと?」
「アイヴィさんが傀儡魔法なる魔法で、彼女たちを拘束していると聞き、解放しようと戦いを挑んだのです」
「……そうですか」
私はアイヴィに囚われていたメイドさん達に視線を向けながら、そう話すとアイヴィのお兄さんはやや目を細めながら頷いた。
感情は見えない。
「どうやらシーラ殿は噂に聞く以上に高潔な方の様だ。見知らぬ他人の為に、自らの危険も顧みず行動されるとは」
「そんな高尚な事はしていませんよ。ただ、出来るからしただけです」
「そうですか。この様な形で無ければ、素直にシーラ殿の言葉に喜べたのですが。残念です」
ん?
どゆこと?
アイヴィのお兄さんはニコリとも笑わず私を見据えると、腰の剣を抜いて私の前に跪いた。
「なにを……!?」
「シーラ様!」
「大丈夫です」
その行動にオリヴァー君やウィルベン王国の兵隊さんがアイヴィのお兄さんと私の間に入ろうとしたが、私はそれを手で制してアイヴィのお兄さんを見据える。
「シーラ殿。現在シーラ殿は世界を一つとする為に活動をされていると聞きました」
え?
そうなの?
知らないんだけど。
「シーラ殿が御覧になった通り、我が国は腐っております。父も妹も己の事だけを考えて行動する様な愚物です。貴族も良識ある者は力を削がれ、父に恭順する者だけが力を付ける様な状態だ。このままでは遠くない日にこの国は滅びるでしょう。それがエルフであるシーラ殿の手によってか、民による怒りの火かは分かりませんが、結末はそれほど大きく変わらぬでしょう」
「……」
「ですが、このまま終わりを待つだけであった我が国に一つの光明が差しました。シーラ殿がいらっしゃった事は偶然ではないと私は確信しております。どうか、この国の未来を導いて下さいませんか? シーラ殿の手で」
「お断りします」
国家の運営とか出来る訳無いでしょ。冷静に考えて。
いくら前世があるって言ってもさ。ただの会社員ですよ。こっちは。
管理職にすらなってないんだ。
そういう難しい事は出来る人がやって欲しい。
そもそもさ。さっきから話を聞いてたけど、要するにお父さんと妹は暴走してたけど、アイヴィのお兄さんはまともなんでしょ?
ならこの人がやれば良いじゃん。ねぇ?
「……シーラ殿」
「その様な顔をされても困ります。私はエルフ。人の国の事は分かりません。それに……人を導くのはエルフではなく人であるべきです。そう。民を導くのは王となるべくして生まれた人間。そうは思いませんか?」
直訳、お前がやれ。
「私が、やるべきだと」
「えぇ。私はこの国の未来を背負う資格がありませんから」
はい。と言え!
面倒だからって私に押し付けるのは止めんか!
「……」
無言……!
くっ、意地でもコイツに押し付けてやるぞ!
私は前世で部長から係長やれって言われても断った女!
押し付け合いなら負けんぞ!
「……」
それにしてもこの男、驚きの無言である。
しょうがない。こうなったら直接攻撃だ。
先にお前がやれよって言ってやるからな。
えー。っと、お前、お前? いや、この人の名前何だっけ。
「貴方のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
私は押し付ける前に名前を聞いておこうと問いかけたが、私に押し付けられる予感がしたのか、もしくは私が自分の名前を知らない事を知って、イラっとしたのか顔を伏せてしまった。
そして、クッソ真面目な顔をして私を見る。
いや、もう睨んでない?
そんなに怒らなくても良いじゃないですか……。
だって、政治とか何も分からないんだもん。
しょうがないじゃないですかぁー!
くっ、こうなった以上は強硬手段だ。どうあってもアンタに押し付けてやるぞ。
「そうですね。自己紹介をするのであれば、私から名乗るべきですね。私は、シーラ。人間の様な家名を持ちません。エルフのシーラです」
ニッコリと最上級の営業スマイルを浮かべて笑う。
ドヤ!
これで断れまい。
自己紹介をされて、断るとか結構精神ストレスデカいぞ?
「では改めて、貴方のお名前を伺ってもよろしいですか?」
「……まったく。酷い人だ。シーラ様。私の名前はオーブリー。オーブリー・ノグロ・キッフレイ。シーラ様の命を受け、キッフレイ大神聖帝国……いえ。キッフレイ聖国を治め、導く者です」
うぉぉおおお! 勝ったぞ……!
勝利! 勝利! 我が方の勝利である!
オーブリー君も、やれやれ。しょうがないな。みたいな顔してるが、やる気はあるみたいだ。
「では、早速で申し訳ないのですが、ウィルベン王国の方々に協力を願いたい。国を綺麗に掃除せねば。シーラ様に申し訳が立たない」
「……シーラ様。よろしいですか?」
なに?
なんだ。なんだ。
よく分からないけど、オーブリー君が必要だと思ってるんでしょ?
なら、手伝ってあげれば良いのでは? よく分からんけど。
「先ほども言いましたが、私は人の治世に口出しは出来ませんし。個人の行動にも口出しはしません。皆さんが必要だという事であれば、良いと思います」
「承知いたしました! では、オーブリー王子……いえ、キッフレイ聖国の新王。ご協力しましょう」
ウィルベン王国の王様とキッフレイ聖国の王様が手を握り合い、一緒に頑張って国を立て直すらしいよ。
良い話だなー。
よし。ここはいっちょ私も協力しますか!
「では、私も何かお手伝いを」
「シーラ様は先に国へご帰還下さい」
「オリヴァー。シーラ様を頼む」
「承知いたしました! 団長もお気を付けて!」
「心配は要らん。殆どの正規兵はこちらに付くだろうし、俺たちはあくまでバックアップだ。お前の方こそ気を付けろよ」
「大丈夫ですよ」
「え? あれ? 私もお手伝い出来ますよ?」
「シーラ様。シーラ様のお仕事は王国にございますよ」
「いや、え!?」
「さ。王国へ帰って花に水をあげにゆきましょう」
「ちょ、待って! 待って下さい! オリヴァー君!」
私の声も手も届かず、私は王国へ強制帰還となった。
何故!!
くぁ! 私が役立たずだからか!
なんて事だ!
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