第8話『最高の攻撃とは相手に何もさせない事である』

魔法師団の方より渡されたゴーグルを付け、私はゴーグル越しにアイヴィを睨みつけた。


魔法闘争。とは名ばかりで、魔法師団の方が開発したこのゴーグルはかなり酷い道具だ。


何せ、これを付けるだけで、相手の魔法を邪魔しつつ、自分の魔法を通すことができるのだから。


「この! エミリーを返して! 私のだよ!!」


「……違います」


私は高速でぷよぷ〇をしながら、邪魔力をアイヴィの枠に落として、魔力が集まるのを妨害する。


しかし、それに気づいていないアイヴィは魔法を発動しようとするが、それは不完全な状態で発動しているため、エミリーに触れた瞬間消えてしまうのだ。


そう。これは私が初めてこのゴーグルの力を体感した時と同じ。


魔法は発動する意思と、魔力の結合が大事になるのだが、邪魔力が混じるだけで結合が失敗し、魔法は成功しない。


自分の感覚としては全てうまくいっているはずなのに、魔法だけが不発となるのだ。


「なん、で!? シーラ! 貴女が邪魔してるのね!? みんな! シーラを捕まえて!」


アイヴィからメイドのお姉さんたちに向かって発動しようとしている魔力は、お姉さんたちの魂に刻み込んだ魔法を発動させようとするが、それに私の魔力を無理やり流し込んで、繊細な魔力の線を焼き切る。


結果、お姉さんたちはアイヴィの支配から解放され、驚き、自由に動く自分の手を見ながら震えるのだった。


「そんな!」


「これ以上は無駄です。抵抗せず、皆さんを解放してください。こんな理不尽から」


「理不尽なのは、貴女じゃない!! エルフだからインチキして! ズルい! ズルい!」


まぁ、言いたいことは分かる。


エルフがどうこうは関係ないが、確かにこのゴーグルはインチキだ。


一方的に相手の魔法を封殺して、自分の魔法だけを使えるようにするのだから。


「もう良い! こんなの要らない! お母さん! シーラを捕まえて!」


お母さん?


どこだ!?


私は視線をさまよわせながら、アイヴィの魔力を追う。


しかし、どこに向けてもそれは放たれていなかった。


そしてお母さんなる存在を探そうとしていた私は、すぐ後ろから何者かに抱きかかえられて、拘束されてしまう。


「っ!? うしろ!? でも、魔力は」


「くふっ、そっかそっかぁ。傀儡魔法に使ってる魔力を見てたんだね。なんでそんな事が出来たのかなぁ。怪しいのは、その顔に付けてるやつかな。お姉ちゃん。それを取って、私にちょうだい」


私の背後からもう一人現れて、私の顔からゴーグルを奪い取った。


その時、爪が引っ掛かり、顔に一瞬痛みが走るが、そんなことを気にしている場合でもない。


何故傀儡魔法を使うときに、魔力が流れなかったのか、その理由を探らなくては……!


いや、違う。まずはゴーグルを奪い返す方が先だ。


私は、即座に転移魔法を使って、ゴーグルを奪い取ろうとした。


しかし……。


「お姉ちゃん。右手にナイフ」


「っ!!? っく、うぅ、い、たい」


「な、なにを!、何をしているんですか!?」


「くふっ、くふふ。シーラ。貴女の考えてることなんて全部お見通しだよ。お母さんから伝わってくるもの。今、転移でこれを奪おうとしたね? だから、お仕置きしたの」


「私にすれば良いでしょう!? その人は関係ない」


「いやよ。だって、貴女は私の一番の宝物にするんだから。傷なんて付けたくないわ。それに、これはお仕置きでもあるから。ほら、さっきシーラの顔に傷を付けたでしょ? 私のシーラに。だから、これはお仕置き。ね? そうだよね? お姉ちゃん」


「は、はい」


私は怒りで頭が真っ白になりそうだったが、どうにかそれを抑えて、この最悪の状況を脱するべく思考を巡らせる。


しかし、そんな考えも全てアイヴィには見通されている様だった。


「もう。シーラは往生際が悪いなぁ。くふふ。でもぉ。そんな姿も良いね。とっても可愛いよ。あぁ、これからが楽しみだなぁ。くふ。ふふふ」


傀儡魔法を私にも使うつもりか。


でも、魔法を発動さえさせなければ……。


「無駄無駄! 無駄だよシーラ! そんなのは、無駄! だってシーラにはお母さんやお姉ちゃんにやったみたいな特別な魔法を使ってあげるから」


「特別……?」


「そう。特別。さっきお母さんやお姉ちゃんに使った傀儡魔法は私が魔法を使ってないから、分からなかったんでしょ? くふっ。くふふふ」


「魔法を使っていない? でも、それならどうやって」


「簡単だよ。私はお母さんやお姉ちゃんにもう魔法を使わなくても良いの。だって、二人は生きている限り、ずっと、ずぅぅううっと! 魔法が掛ったままなんだから!」


意味が分からない。


魔法を使ったまま? そんなの、どうやって。


「分からない? そっか、そっか。まぁしょうがないよね。でも鈍いシーラも可愛いよ。くふっ、じゃあヒントをあげる。この部屋にある照明はー。外から魔力を集めて光ってます。使う人はわざわざ魔法を使わないよね? 声で、付いて消してって言うだけ! なんででしょう!」


「なんでって、それは……まさか!!」


「そう! 二人に使った傀儡魔法は私が命令するだけで勝手に発動するんだよ! くふふ。面白いでしょー! 正解正解! おめでとー! でもーそっかぁ。察しが悪いだけで、頭は悪くないんだね。なら、どうしようかなぁ。頑張って記憶とかも弄る? シーラの記憶から私以外はぜーんぶ消して、私から離れられない様にしようかなぁ! くふっ、くふふふふ。それで、それでね? シーラが悪いことをしたら、お仕置きに暗ーい部屋に閉じ込めちゃうんだよ!? 出してー。怖いよー。って泣くシーラの姿。楽しみだなぁ」


この女! 直接体に魔法を刻み込んだのだ。魔法道具を作るのと同じように!


人間のやる事じゃない!


でも、なら、それなら、出来ることはある!!


「え?」


そうだ。二人はアイヴィの命令を聞いて動いている。


なら一時的に五感の一つ、聴覚を使えなくすれば良い!!


「え? ごかん? って何?」


「風よ!!」


私はイヤホンの要領で、お母さんと呼ばれた人とお姉ちゃんと呼ばれた人の耳を風の魔法で塞ぎ、一切の音が聞こえない様にした。


そして、動きを止めた女性の手から転移で抜け出し、お姉さんの手からゴーグルを取り返し、アイヴィからやや離れた場所に降り立つ。


「ま、またズルした!? 私の知らない何かをしたのね!? 早く! お母さん! お姉ちゃん!! シーラを捕まえて!! ねぇ! なんで言うことを聞いてくれないの!?」


「無駄です。もう二人に貴女の声は届きません」


私は風の魔法でアイヴィを拘束し、元居た部屋のベッドに転がした。


さすがに、風の魔法による拘束からは逃げられない様で、アイヴィはベッドの上でドタバタと暴れまわっていたが、それ以上の抵抗は出来ないようだった。


一件落着か。


私は懐に入れていた通信機で、オリヴァー君に連絡を取り、キッフレイ大神聖帝国の人とウィルベン王国の人たちを呼んでもらうのだった。


……しかし。


なんかこれ、大丈夫かな?


お姫様の部屋で暴れまわった上に、お姫様は魔法で拘束されてベッドに転がってるけど。


逮捕とかされない?


うーん。分からん!


まぁ、でもいよいよ危なくなったらどこかに逃げよう。そうしよう。


ほとぼりが冷めて、冒険者組合とかが出来てきたくらいに戻ってくれば良いでしょ。


「あ、あの……エルフ様」


「ん?」


私が今後について適当に考えていたところ、すぐ近くから誰かに呼ばれ、そちらに振り向けばエミリーちゃんが不安そうな顔で私を見つめていた。


なんだろ?


「どうしました?」


「あの、その、エルフ様にお助けいただき、どの様な対価をお渡しすればよいか」


「対価?」


「は、はい」


「いや、別に要らないですよ」


「え!? で、では、やはりこの国は全て消し去ると、そう判断されたと……」


「いやいや! どんな物騒な話ですか。全然そんなこと考えてないですよ! ただ、エミリーちゃんや、他の方が理不尽に虐げられるのが我慢出来なかっただけです」


「……」


「だから。あー、そうですねぇ。そう! そうです! 私には、貴女たちが助けを求めているように見えたんですよ……! なんちゃって!」


たははと笑ってみたが、部屋にいたメイドさんは誰も笑っていなかった。


いや、お母さんと呼ばれた人とお姉ちゃんと呼ばれた人は相変わらず微笑を浮かべておりましたが、他の方は誰も笑っておらず、私は自分が最悪に滑ったと自覚するのだった。


ゆるしちぃ。


穴があったら入りたいとはこういう気持ちでしたか……!




しーら! おうちかえるぅ!

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