第29話 亡霊を払うもの


 誰かが泣いている。


 誰だろうとイゼルが周囲を見渡せば、そこでは幼い自分が泣いていた。大人のイゼルは、それを見下ろしている。


「どうして泣いているのですか?」


 幼い自分に訪ねてみれば、子供の自分は素直に答える。


「皆が、僕を無視をするんだ……」


 皆というのは、使用人のことだろうか。


 化け物のような白い髪をした自分は、使用人が無視をすると言って泣いていた。


 イゼルは、思い出す。


 これは、自分の過去だ。


 一部の使用人に髪の色で邪険にされていたころの自分。泣くことしか出来なかった弱い子供だったときの記憶である。


「仕方がないことですよ」


 真っ白に生まれてしまった。


 人とは違う奇異な姿は、恐れられても仕方がない。諦めなければならない。


 受け入れてもらうことを諦めて髪を染めてから、イゼルは生きやすくなった。誰も自分を怪物を見るような目では見ないからだ。


 そんなことをしなくても良いと家族は言ったが、幼いイゼルは人に拒絶されることが怖くて仕方がなかったのだ。


 だって、自分の髪のせいで大切な両親でさえも悪く言う人がいると知っていたからだ。


 黒い髪は、イゼルにとっては弱さの象徴。


 白い髪は、イゼルにとって弱さの象徴。


「あなたの見た目では、誰も愛してくれない。あなたの弱い心では、誰も愛してくれない」


 イゼルは、呪いのように言う。


 自分を縛ってきた呪いは、未だに色濃い。本来の自分の色を染めて隠すぐらいには。


「そんな弱気で、どうするのよ!」


 イゼルを叱咤したのは、幼い頃のユアだった。彼女は仁王立ちになり、イゼルを睨みつける。


「あなたは、全世界の人類に嫌われたわけじゃない。たった数人に嫌われただけよ。そんなのよくあることよ」


 ユアの背後には、数多くの大人の視線。


 ユアの個性を認めない大人たちが、彼女の背後で責め立てている。けれども、ユアは全く気にしていない。強気な視線一つで、幼いユアは大人たちの影を追い払った。


「それに、私はあなたのことを愛してる。あなたの一番の味方になる。分かったならば、くよくよするのを止めなさい」


 ユアは、幼いイゼルに手を差し伸べる。


「立ち上がりなさい。あなたは、それが出来る人よ」


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