第28話 カリアナの怒り
不浄のものを払い清める鐘がなり、二人はそろって招待客の前に現れた。
招待客たちは、若い二人を拍手祝福する。そして、イゼルがユアに送った特別なドレスには皆は一様に見惚れた。
「あれが、ユア樣……」
「女は愛されてキレイになるって本当ね」
「イゼル様がドレスをプレゼントしたって言うけど、見かけによらずマメねぇ」
主に女性客が、イゼルとユアのことを噂する。
イゼルの礼服は目立たない青色だったこともあり、招待客の目にも思い出にも残らないであろう。こういうことは、女性のドレスの方が目立つものなのである。
「本当に、ユアお姉様なの?」
一人の女性が、ハンカチを噛んでいた。
ユアをお姉様と呼んでいたので、血が半分しか繋がっていないという妹であろう。今日のユアの晴れ姿をうらやみ、家族にいさめられていた。
ユアと普段は不仲な家族でさえも、彼女のドレス姿には見惚れている。それぐらいにユアのドレスは、素晴らしいものであったのだ。
「それでは、若いお二人。婚約の約束として、互いの腕輪の交換を」
イゼルとユアは、銀色の腕輪を交換する。
この腕輪が互いのもとに戻るのは、結婚の約束が利行されたとき。すなわち、二人が永遠を誓うときだ。
それだけで、二人の式は終わるはずだった。しかし、イゼルは退場せずに、ユアを見つめる。
「ユア様……私は至らないところも多くありますが、あなたを幸せにします」
イゼルの言葉は、形式ばった儀式のなかにはないセリフだ。つまりは、イゼルの本心であった。
ユアは驚いたが、すぐに微笑みを見せる。そして、彼女も唇を開いた。
「それならば、幸せにしてもらう分だけイゼル君にお返しするわ。あなたは、私が幸せにします」
互いに互いの幸せを誓った若いカップルは、様々な祝福を浴びながらも婚約をすました。二人の顔には、いつまでも微笑みが浮かび——
「ユア。なんで、あなたばっかりが幸せになるの!」
イゼルとユアを祝福する場で、不似合いな怒声が響いた。誰もが驚くなかで、招待客の一人が立ち上がる。その招待客は、返送したカリアナであった。
城で愛されていたカリアナは、肌も髪、爪までも美しい少女だった。アティカ王子の愛の元に、どこまでも磨かれた少女。
それこそが、イゼルが知っているカリアナの姿である。
だというのに、眼の前のカリアナは別人のように変わっていた。肌は乾燥し、爪はボロボロ。長く伸ばされていはずの髪も切られ、逃亡生活を送るために茶色に染められていた。
カリアナだとは、一見では分からない。
けれども、ユアに醜い嫉妬の感情をぶつける人間などカリアナ以外は考えられなかった。
「カリアナ様!どうして、ユア様を狙うのですか!?」
カリアナの手には、ナイフがあった。
イゼルには、分からないのだ。
どうして、そこまでユアを妬むのか。どうして、そこまで人を恨むのか。
「うるさい!」
カリアナは、ユアの向かって走ってくる。招待客は突然のカリアナの強行に、パニックを起こしていた。
ユアを助けられるのは、自分しかいない。イゼルは、そう思った。
「あなたさえ……あなたさえいなければ!」
私は幸せになれた、とカリアナは叫ぶ。
「私に関係なく、あなたは幸せになって良かったのよ!」
二人の女性たちの叫び声が、神の家に響きわたる。
それだけでは、カリアナの怒りは収まらない。ナイフを再び握って、ユアに向かって走ってきたのであった。
イゼルはユアを庇うために、カリアナに背を向ける。そして、ユアをぎゅっと抱きしめた。
「イゼル君……イゼル!」
ユアの悲痛な声が響き、イゼルは床に倒れ込んだ。そこ、頭を強かに打ち付けたのであった。
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