第27話 婚約式


 様々なことがあったが、イゼルとユアは本日目立たく婚約式を上げる。


 二人と両家の家族。


 さらには、二人を祝うためにやってきた招待客の面々である。彼らは神の家の中の椅子に座って、婚約式が始まるのを今か今かと待っていた。


 神の家とは、その名の通り神がおわす家である。各都市に数軒づつは絶対に設けられていて、ここで人々や結婚や子供の誕生と言った人生の節目を神に報告するのである。


 そして、そこにいるのは司祭と呼ばれる宗教者だ。彼らは神の代弁者として、人々の人生の節目儀式を執り行うのである。


 イゼルとユアが、婚約式を執り行ったのは有所ある石作りの神の家であった。何百年も前に建てられた建物には、様々な聖人の彫刻が掘られている。


 何百人あるいは何千人もの人生の節目を見届けてきた聖人たちは、今日はイゼルとユアの婚約式を見届けるのが仕事となった。


「ユア様は、この神の家で式をあげて本当に良かったのですか?」


 式は始まる前。


 控室でイゼルが、ユアに訪ねた。


 この神の家の他にも、式を上げる神の家には候補があった。この神の家に決めたのは、テラジアの我儘である。


 十数年前に、この神の家でイゼルの父と母が婚約式と結婚式を執り行ったのだ。


 思い出の場所で、是非とも息子たちにも式をあげて欲しい。領地で籠もっていたときから、そのようにテラジアは手紙で伝えていた。


 イゼルはよく考えずに式場を予約してしまったが、ユアにだって望みはあったかもしれない。


「イゼル君の両親が、式を上げた神の家よ。お二人の仲睦まじさをおすそ分けしてもらえるようで、縁起がいいわ」


 イゼルの脳裏には、母の尻に敷かれている父の姿が浮かんだが黙っていた。あれも仲睦まじいことに代わりはない。


 それに、両親は二人とも自分たちと同じ場所で式を上げてくれることを喜んでいる。イゼルは親孝行だと思うことにした。


 テラジアだって、ただの我儘で式を上げる神の家を指定したわけではない。息子夫婦にも自分たちのような幸せな結婚をして欲しい、という母親のらしいメッセージでもあった。


 いつもは遠く離れている母の愛をイゼルは感じつつ、改めてユアと婚約式に挑む決意をする。


「それにしても、今日のユア様は一段と綺麗ですね」


 ユアが身にまとったドレスは、春の雨を連想させる水色に、萌黄の透ける布を組み合わせたものである。


 化粧はピンクで可愛らしくまとめられているため、ドレスとユア本人が春を連想させる絵画になったかのようだった。

 

 イゼルは、改めて職人の技に舌を巻く。


 こんなにも素晴らしいドレスが世の中に存在することが信じられなかったし、それを着こなすユアは本当に素敵だった。

 

「改めて……こんな綺麗なドレスなんて、いいのかな?私は二度目の婚約式だし、ドレスなんてお下がりで十分だったのに」


 ユアの言葉に、イゼルは首を振った。


 ユアの母親のドレスだって、立派なものだったかもしれない。けれども、新しいドレスを望んだのはイゼルだ。


「私が贈りたかったのです。このドレスは、ユア様と歩む最初の思い出になるはず。だから、あなたの一番綺麗な姿を記憶に焼きつけたかった」


 イゼルは、ユアの首元に小鳥の形をしたバロック真珠を見つける。


 カリアナのものとは比べ物にならないほどに控えめな真珠であったが、ユアの可憐さを引き立てている。


 特に今日の姿には、最高のアクセサリーである。これ以上に似合うものなど、他にはないであろう。


「私の我儘を叶えていただき、ありがとうございます」


 イゼルの笑顔に、ユアは安心したように微笑み返した。


「まったく、イゼル君は底抜けに優しんだから」


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