第24話 何よりも酷い事
アティカ王子とカリアナは、謁見の間に呼び出されていた。
赤いカーペットの上で二人とも頭を垂れており、その向こう側には王がいる。王の表情は見えないが、アティカ王子の胸は期待に高鳴っていた。
わざわざ謁見の間に呼び出されたということは、内々ではすまされない決定事項をアティカ王子に話すということ。
ならば、内容など決まっている。
アティカ王子は、自分の王位継承の順位が元に戻ると思ったのだ。アティカ王子には弟が二人もいるが、自分が一番王位には相応しいと彼は思っていた。
それに、カリアナも努力している。
今は無理でも父が退位する頃には、きっと王妃らしくなって自分を支えてくれるだろう。
アティカ王子は、脳内で明るい未来を予想する。
そこでは自分が王位を継いで、傍らにはカリアナが寄り添っていた。子供は三人が理想で、最低一人は女の子が欲しいなと考えてみたりする。
「アティカ、カナリア。顔をあげよ」
アティカ王子とカリアナが顔を上げれば、怒りで顔を赤くした王の顔があった。
アティカ王子は、父でもある王の怒りに恐怖した。このように怒り狂った父親の顔をアティカ王子は、初めて見たのである。
人の上に立ち、些細なことで人々に影響を及ぼす王は、表情を表に出さないことが多かった。だというのに、今の王は見たこともないほどに怒っている。
「これに見覚えがあるだろう」
王が取り出したのは、大きな真珠があしらわれた首飾りである。その見事な大きさの真珠には、アティカ王子は覚えがあった。
自分がカリアナにプレゼントした真珠に間違いはない。カリアナは宝石類やドレスを買うときは、形だけでもアティカ王子に了解を取っていた。
さすがにドレスのデザインまでは把握していないが、高価な宝石の数々はうっすらと記憶に残っている。
それに、あの真珠はカリアナのお気に入りだったはずだ。最近は身に着けていなかったから、てっきりあきたのだと思っていた。
しかし、どうしてそれが王の手になかにあるのか。さらに言えば、どうして父は怒り狂っているのか。
アティカ王子は理解が追いつけない。
アティカ王子が隣を見れば、カリアナが震えていた。
何故、とアティカ王子は思う。
なにをしたのだ、とカリアナに問いただしたかった。だが、今は王に謁見中だ。王子と言えども、私語は慎まなければならない。
「これは、ユア嬢を襲おうとした賊が持っていたという首飾りだ」
アティカ王子は、目の前が真っ白になった。王の言っている言葉が理解できない。自分の知らないところで、カリアナは何をしでかしたと言うのか。
「奴らはこれで雇われていたらしいが、カリアナ嬢の持ち物で間違いはないな」
王の言葉に、カリアナは震えて声も出せなかった。カリアナに、王の前で腹芸はできない。
彼女の様子を見るに、何かに手を染めたのは間違いなかった。アティカ王子は、カリアナを守るために反射的に王に反論する。
「父上、これはカリアナを陥れようとした陰謀です。ユアの自作自演という可能性もあります。俺と結婚できなくなったから、カリアナを恨んだのです」
アティカ王子には、これが苦しい言い訳だと思っていた。
真珠の首飾りは、カリアナのお気に入りだった。他人の手で盗まれたともなれば、きっと騒ぎ回っていたはずである。
しかし、それもなかったということは、カリアナは自らの手で真珠の首飾りを手放したということだ。
それにユアだって、アティカ王子との婚約破棄後は飄々としたものだった。
それどころか新しい婚約者候補の仕事場に出向き、手作りの菓子まで差し入れている。アティカ王子に未練を残していないことは明らかであった。
「ユアは、今の婚約者と上手くいっているそうだ。セシラムの報告によれば、将来が恐ろしいほどに相思相愛な仲らしい」
王は、すでにユアのことを調べさせている。
ユアとイゼルの仲は、セシラムの言う通り良好なものであった。いまさら、過去のことを蒸し返すような復讐劇を繰り広げるとは考えられないほどに。
実のとこと、王は安心しかけていたのだ。
王は、幼い頃からユアのことをよく知っている。アティカ王子の婚約者として、ユアは十二分に役割を果たしていた。
そして、王妃になるための勉強にも手を抜かずに、国政にも興味をもっている。まさに、息子の理想の婚約者であった。
王は我が子のように、ユア成長を見守ってきたのだ。王には実の娘がいなかったら、その成長の嬉しさは一入であったといって良い。アティカ王子とユアが結婚して、本当の家族になることを楽しみにさえしていた。
二人の間に生まれる孫を抱く想像をしたことだって、一度だけではない。
そんな矢先に、アティカ王子が勝手に婚約破棄など行ってしまった。しかも、新しい婚約者には男爵家のカリアナを据えると発表したのである。
自分の立場を全く考えない行動に、王は怒った。それと同時に、今までのユアの献身を踏みにじったことにも怒っていた。
周囲のことを全く考えずに、勝手なことばかりするアティカ王子は将来の王には相応しくない。
身分の低いカリアナを選んだというならば、なおさらに彼らを未来の王や王妃にするわけにはいかなかった。
まったく後ろ盾のない王妃など前代未聞だ。味方がいない王妃の存在は、王にとっては足手まといになりかねない。
王は速やかに、アティカ王子の王位継承権を下げた。アティカ王子が王になる未来が消えたが、王は全く心配していない。
第二王子は、努力家だ。今は幼いが、王になるために必要なことを進んで学んでいくことだろう。
第三王子はおっとりしているが、その分だけ優しい。王に補佐してくれる良き相談相手になってくれるはずである。
アティカ王子の居場所は、もはやない。それが、今回におけるアティカ王子への最大の罰になる。
唯一の心配が、ユアの今後である。婚約破棄が足かせとなって不幸になってしまったら、と王は心配していたのである。
だが、全ては杞憂であった。
ユアは、幸せになったのだ。
ユアの新たな婚約者は、宰相のセシラムの息子。非常に真面目な青年らしい。
しかも、ユアに心を奪われているという話だ。ユアもまんざらではなく、二人は初々しくも互いの距離を縮めていっている最中らしい。
それを聞き、王は安心したのである。
ユアに惚れているというセシラムの息子は、ユアのことを幸せにしてくれるであろう。それよりも、ユアを疎んでいたアティカよりもずっと。
全てが終わってみれば、全ては良い方向にまとまったように思える。
元よりアティカ王子が王に相応しいかは疑問視していたし、結果的にユアも幸せになった。
アティカ王子が選んだカリアナには不満も心配も残るが、彼女も若いのだ。王族としての心得を学べば、アティカ王子に相応しい婚約者になるかもしれない。
アティア王子は全てを失ったが、愛を手に入れたとも言える。
良いように考えれば、全てが収まるところに収まった。王は、そのように考え始めていた。
だというのに、この騒ぎだ。
カリアナは深く平伏していた。震えていたが、王の前で嘘をつくような不遜さは持ち合わせていないらしい。よくも悪くも小物だったということだろうか。
せめて、ここで足掻いてくれたのならば、その豪胆さを評価できたかもしれない。だが、これではまるで幼い子供の悪戯だ。
バレなければ良いと気楽に考えて悪いことをして、大人に叱られた途端に罪の重さを知る。
本物の幼子ならば、大人は大陽に許す。しかし、本物の子供は相手を暗殺しようとはしない。なにより、カリアナは幼い子供ではなかった。分別がある歳だ。
「わ……私がユアに刺客を差し向けました……」
カリアナの言葉に、アティカ王子は目を見開く。アティカ王子は、カリアナの愚かな行動を知らなかった。父である王の御前であることにも関わらず、カリアナに詰め寄る。
「どうして、こんなことをしたんだ!ユアなんて、所詮は公爵家の娘だ。王族になるお前の敵ではなくなるだろ!!」
カリアナは、アティカ王子の目に失望を見た。
これがユアであったならば、という落胆があったのである。その瞳に、カリアナの溜め込んでいた怒りがかっと燃えた。
「皆が、私とユアを比べるのよ!アティカ王子でさえも、私とユアを比べて……」
それが辛かったのだ、とカリアナが言った。
「ユアさえいなければ……。あの人さえいなければ、幸せになれたのに」
王は、少しばかりカリアナに同情した。
カリアナがアティカ王子の妻ではなく、愛人であったならば今の悩みとは無縁であったはずだ。だが、アティカは無才の女を妻にと望んだ。
そこに伸し掛かる重圧も考えず。
これは、アティカ王子が何も考えずに婚約破棄を行った歪だ。
しかし、理由がなんであれ、王はカリアナを処罰しなければならない。それが、王の責任だからだ。
「利己的な理由で他者を傷つけるような人間は、王族として迎え入れられない。私の権限で、アティカ王子とカリアナ嬢の婚約の内定をなかったものとする」
カリアナは、王族の器ではない。
取り入れるのは、危険な存在である。なにより、ここで中途半端に許してしまえばあカリアナのためにもならない。彼女のためにも重い罰が必要であった。
王の発言に、アティカ王子は驚いた。まさか、王の権限で婚約の内定破棄が行われるとは思ってもいなかったのである。
カリアナは美しい娘だが、他人を殺害しようとした人間など誰も嫁には望まないであろう。さらに、ここまでのことをすればカリアナの実家もただではすまないはずだ。
「父上、お待ち下さい!いきなり婚約破棄というのはあまりにも酷いです。カリアナは、俺しかいないのに」
正式には、カリアナは婚約者に内定しただけなので婚約破棄とは言えない。
しかし、カリアナはアティカ王子は、互いに互いの事を婚約者だと思っていた。それぐらいに、強く結びついていたのだ。
王は、目を見開く。
そして、大声で怒鳴った。
「その酷いことが、お前がユアにやったことだ!」
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