第23話 義理の娘最強説
「この真珠は、本当にカリアナ嬢が持っていたものなんだな?」
人払いをしたセシラムの執務室で、イゼルは真珠の首飾りを父に見せていた。
セシラムは、真珠をじっと見つめる。
イゼルも改めて真珠を見た。
見れば見るほどに立派な真珠だ。高価なことは分かるが、宝飾品に疎いイゼルにはどのぐらいの価値があるのか詳しくは分からない。
父もイゼルと同じぐらいの真否眼なので、真珠の本当の価値などは分からないだろう。
しかし、ユアに贈ったドレスよりも高価であることは間違いないであろう。いくら貯め込んでいたとはいえ、あのドレスはイゼルの給料でも買えるものである。
目の前の真珠は、イゼルが給料を何年も貯めたところで買えるものではない。よしんば買えるだけの財力があったとしても、購入には特別なルートが必要になってくるだろう。
そんなふうに特別なルートを持ち、なおかつ真珠に大金を払えるような人間となれば国中探しても数人しかいない。
「そして、この真珠を持っていた輩がユア嬢を襲おうとしたのか……」
セシラムには、「カリアナがユアを狙う理由などない」と言われるかと思っていた。
だが、以外にもセシラムはカリアナ犯人説を否定しない。思うところがあるらしい。
セシラムは、重々しいく口を開く。
声は暗く沈んでいて、この話は誰にもするなと暗に言っていた。
「カリアナ嬢の教育だが、思うようには進んでいないらしい。王妃にはならないとしても、王族になるにはたくさんのことを学ぶ必要があるからな」
王族としての仕事は、多岐にわたる。
国内の政治に外交。それに、式典の主催。貴族たちが力を持ちすぎないように睨みを効かせておくことだって必要だ。
王や王妃の責任や仕事には及ばないが、王族の一員になるには膨大な知識が必要であった。
ユアは、その教育を幼少期から少しずつ受けてきた。しかし、カリアナは結婚までのわずかな期間で、それを終わらせなければならない。
スパルタ教育になるのはしかたないし、よほどデキがよくなければ合格点を取る事は難しいであろう。
「しかも、ユア嬢を押しのけてアティカ王子の婚約者になったこともあって、一部の使用人からは嫌われて……孤立していると聞いている」
イゼルは、一瞬だけカリアナに同情してしまった。白い髪を奇異な目で使用人見られていた幼少期を思い出したからだ。疎外感は、それぐらいに辛いものなのである。
「カリアナ嬢は、あまり優秀な人ではないらしくマナーで躓いているらしい。一部の人間からは婚約者をすげ替えた意味がない、と陰口を言われているとも聞くしな」
ただの令嬢ならば、この国のマナーだけを学べばいい。しかし、王族ともなれば、隣国のマナーも一通り出来なければ外交もできない。
カリアナは器ではない。
ユアの方が相応しかった。
そのような話が広まってしまえば、どのようにカリアナは思うだろうか。良い気はしないであろうし、嫉妬もするだろう。
カリアナが犯人ならば、犯行理由は嫉妬かもしれないとユアは言った。もはや無関係となったユアを恨む気持ちは、イゼルによく分からない。
冷静に考えればユアはカリアナの目の上のたん瘤になっていたのだとは理解できるのだが、感情が理解できないのだ。イゼルはカリアナのような立場になっても、他者を怨んだり、害しようとはしないであろう。
「女と言うのは——人と言うのは、そういうものだ。ときに理論を超越して、感情で動くんだ。許せない者は許せないし、怨むと決めたら一生怨むことだってある。お前は特に理性的な人間だから、理解しがたいだろうが……。そういう人間もいるのだと覚えておきなさい」
その言葉には、宰相として様々な人間と渡り合った重さがあった。
世の中には、自分の考え付かない理由や理論で動く人間がいる。そんな人間とも渡り合えなければ、城で働き続けるのは難しいと言いたいのだろう。
今の職場は過酷だが、気の知れた先輩たちとしか会う機会はない。しかし、今の仕事が一生続くわけではないのだ。いつかは別の部署に行き、別の仕事をするだろう。
そのときには、父にすぐに相談できなくなると思うとイゼルは今から不安な気持ちになってしまった。学園を卒業し、大人になったと言うのに自分は父に甘えていたのだとイゼルは反省する。少しは父離れをしなければならない。
「その……ユア様が、アティカ王子の婚約者に戻るということはないですよね。それは、非常に困るというか」
ようやく、想いが通じ合ったのだ。
今更になって離れるなんて辛すぎる。
「私は、ユア様を連れて駆け落ちをしてしまうかもしれません。彼女が望むとも望まないとも関わらず、ユア様をさらってしまうかもしれない」
イゼルは言いながら、赤面した。
あまりにも恥ずかしいことを言ってしまったと思ったのだ。セリラムが、自分の意見で照れるなと我が息子に小さく言う。その指摘に、イゼルはさらに赤くなるのだ。
「分かった。落ち着け。お前がものすごくユア嬢を好きなことは分かったし、私としても将来の息子夫婦の仲が安泰そうで嬉しいことだ」
自分の息子はもっと飄々とした人間だと思っていたが、恋は人を変えるとは本当だったらしい。セシラムは、ため息をつく。
「あの……これはあくまで私個人の意見で、ユア様は関係ありませんから。実際には、王命であればユア様は大人しく従うと思いますし」
ユアも貴族である。
しかも、王妃教育を受けている。王にひいては国に仕える覚悟は、とうに出来ているはずだ。
イゼルとしてはユアと引き離されるぐらいならば駆け落ちをしたいという気持ちがあったが、彼女は一緒に逃げてはくれないであろう。
「安心しろ。あんなに大々的に婚約破棄したとなれば、再び婚約をしなおすということは不可能に近い。しかも、婚約をしなおしたところで、今度はユア嬢を王妃に出来ないからな」
以前と同じ待遇ならばともかく、王妃の座を約束できない今となってはユアの実家を納得させられないだろう。ユアの実家での立場は悪いが、それでもサブリナ家にも面子というものがある。
ユアが王族になれるといっても、再びの婚約の話は拒否されるに違いない。
それに何より、ユアとイゼルの婚約に話は順調に進んでいる。曲がりなくとも公爵家同士の婚約話だ。いまさら白紙になることはないであろう。
イゼルは、ほっとした。
そんな息子の様子に、セシラムはニタニタと笑う。色ごとに興味がない子だと思っていたが、ユアに関しては順調に想いを育んでいるようだ。
ユアが屋敷に訪問してきた時にはどうなるかとも思っていたが、イゼルとの相性は良かったらしい。
貴族の結婚など政治の意味が強いのだから、最低限の対面さえ保てれば良いという考えの人間も多い。それでも、子供には幸せになって欲しいと願うのが親だ。
イゼルは、セシラムの視線に気がついた。
親が息子の幸せを願っている顔に、イゼルは居心地が悪くなる。それ自体は嬉しいのだが、恋愛が絡むと気恥ずかしくなってしまうのだ。
「そんなに恥ずかしがるな。将来は夫婦になるんだから、惚れないよりも惚れた方がいいだろう」
セシラムの言うことは、もっともだ。
イゼルだって、ユアと両思いであることを喜んでいる。最初は最低限の情があればと思っていたが、今ではそれで足りない。我儘になってしまったものだ、とイゼルは思った。
「それで、どういうところが好きになったんだ?」
セシラムの言葉に、イゼルはたっぷりと考えて答えを出す。
「裏社会の人間も躾けるカリスマ性ですね」
セシラムは、将来の義理の娘のことが怖くなった。
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