第21話それぞれの不安
帰りの馬車のなかで、ユアはずっと無言であった。
今日は、あまりに色々なことがあり過ぎたのだ。疲れていても無理はない、とイゼルは思う。しかし、どうしても彼女の憂いのある瞳が気になってしまうのだ。
「アティカ王子のことが心配なのですか?」
真珠がカリアナものである以上は、今回の強盗事件に彼女が何らかの関わりを持っていることは疑いようがない。
問題は、アティカ王子がどこまで関わっているかということだろう。
「王子がゴロツキを雇って元婚約者を害そうとしたなんて、醜聞がすぎるわ。ただでさえ、私との婚約破棄で王位継承の順位が下げられたというのに……」
ユアは、ポツリと漏らした。
もう後は、もうないかもしれない。
臣下に降下させられるか。
もっと厳しい処罰を受けてしまうか。
アティカ王子に未だに想いを寄せるユアには、辛いことになるに違いない。
「アティカ様は、この件に関わってはいないでしょう。曲がりなくとも王子が関わっているならサーシェスたちではなくて、もっと確実に仕事を遂行できる人間を使うはずです。真珠も金銭に交換してから渡したと思います」
真珠を見返りとして渡したのは、主犯が換金する手立てを持っていなかったからではないだろうか。大きすぎる真珠は、特殊なルートでしか売買はできない。
「この犯行は、カリアナ様一人での犯行だと思います。実家の男爵家の人間を使ったと考えれば、今回の不手際の多さは納得できる……」
考えたくないが、王家には裏の仕事をするような人間だって雇われているだろう。彼らを動かすことが出来るはずのアティカ王子が関わっていれば、サーシェスたちは雇われなかったはずだ。
「だから、きっとアティカ王子の犯行ではありません。カリアナ嬢が刺客を送り込む理由は……分かりませんが」
想い人から一方的に婚約破棄されたあげく、その新たな婚約者に害されそうになったなどユアが可哀想すぎた。
だから、この件にはアティカ王子は関わっていなければいいとイゼルは強く願っていた。
ユアに言ったことは、ほとんどが願望のようなものである確証もなければ、証拠もない。
カリアナには、ユアを害する理由はないのだ。彼女はアティカ王子と結ばれて、幸せの絶頂なのだから。
「嫉妬なのかも……」
ユアは、そのように呟いた。
「アティカ王子に捨てられたのに、私が幸せそうにしていたから悔しかったのかも。付き合うと婚約は、また違うものだから……」
一瞬の好意ではなくて、死んでもなお側にいると誓うこと。それを意識するようになるのだから、たしかに恋人であるのと婚約は大きく違う。
自分はどうなのだろうか、とイゼルは思う。
「私は、ユア様がアティカ様に想いを残していても好いています。ユア様と一生を歩めるのならば、それだけでいい」
自分を好きになってもらわなくていい。
けれども、嫌われたくはない。
そんな想いが胸に溢れて、イゼルは窒息してしまいそうだった。
「イゼル君に、私はとてもひどい事を言ったんだね……。ごめんなさい。あの時の私は、自分のことしか考えられなかった」
ユアは、顔をうつむかせる。
「君があまりに真摯に私を想うから、私の中でイゼル君が大きくなってしまったの」
そして、ユアは顔をあげた。
笑ってはいたが、その顔にはどこか寂しさがある。今この瞬間に、ユアは過去の自分の恋を捨てる事を決心したのだ。
「イゼル君。私は、君と一生を歩みます。これは妥協とかではないの。イゼル君の側に居場所があるのならば、それがとても嬉しいの。それは、つまり……」
愛している、ということ。
ユアは、そのようにはっきりと言った。
自分と向き合うことを恐れないユアの姿は、イゼルには高潔に見えた。
「私も……その……ユア様と一生を共にしたいと思っています」
イゼルは、拳をぎゅっと握った。
そして、自分の髪を一房だけつまむ。
「ユア様。私の髪は、本当は白いのです。今は黒く染めていますが、不気味に白いのです」
昔は、使用人たちでさえも嫌煙した異物感の白。
ユアは、過去の記憶を思いだしていた。
使用人たちは、ユアの白い髪に嫌悪の表情を隠そうともしなかった。その視線が、今でも忘れられない。
ユアは大きな目を見開いたままで、イゼルの髪に触れた。滑らかな手触りに、ユアはうっとりする。絹糸のような手触りだ。
「見てみたいわ」
ユアは、そのように言った。
「あなたの白さを見てみたい。だから、私に見せる勇気があるならば……いつか見せてね」
まったく予想しなかった言葉に、イゼルは面食らった。それと同時に、ユアの懐の大きさに感服する。
いつか夫として、彼女を愛だけで包み込みたい。そんな事を考えて、イゼルは赤面した。
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