第20話 強盗たちが敵わない者



 何が起こったのかと思えば、奥の個室から仮縫いだけされたドレスのままユアが出てきたのであった。そのユアの姿に、強盗達は言葉を失う。


「ゆ……ユア様。おひさしぶりです」


 強盗の一人が、あわてて刃物を自分の背中に隠した。そして、他の二人も同じような行動をとる。何をやっているのだろうか。


「サーシェルにムシラ、エル。奥から騒ぎは聞いていたけれども、なんで強盗まがいのことをやっているの!人を傷つけることは辞めるって、自分たちで言っていたのに」


 ユアは腰に手を当てて、強盗にやってきた三人に向かってお説教をしはじめた。


 イゼルは、その光景にぽかんとする。


 ユアは、まるで三人の強盗のしっかり者の母や姉のように見えた。


「店を襲うなんて恐ろしいことをするような人たちじゃないと思っていたのに、この騒ぎはなんなの!あなたたちには、南裏地区で子供たちを取りまとめるようにとお願いしていたはずよ」


 南裏地区は、貧民街がありながらも比較的犯罪が少ない地域である。


 そこの子供たちは互助会のようなものを作り、互いの身を守っている。ユアの言葉を聞く限り、その子供たちを取りまとめているのが三人の男たちらしい。


「そりゃ。俺たちだって、普段ならこんなことはやらないって。でも、あんなお宝を見せられたらなぁ」


 男たち三人は、互いの顔を見合わせる。


 ユアは、大きくため息をついた。


「ユア様は、彼らと知り合いなのですか?」


 職人の女性が、ユアに尋ねる。


 強盗という恐ろしい事態に職人の女性もプリシラも、可哀そうなほどに震えていた。そんな二人は威風堂々としたユアの陰に隠れている。普通だったら、逆であるだろうに。


「右から、サーシェル、ムシラ、エルです。私が南裏地区で、子供たちの保護を頼んでいたの」


 ユアに睨まれて、三人はしゅんとなってしまう。まるで、怒られた子供のようだ。


「子供たちを任せるというのは?」


 イゼルは、その言葉が気になっていた。南裏地区の治安と大きな関係性があるような気がしたからである。


「貧民街に生きる子供たちの世話を頼んでいたのよ。炊き出しも貧民街では強い者から食べてしまって、幼い子供たちにまで行き渡らないことがあるの。そういうことがないように、サーシェルたちに見守りをしてもらっていたのよ。炊き出しに参加するのは女性が多いので、彼女だけではたくましい子供たちをいなすのは難しいから」


 つまり、炊き出しの際の監督役でもあるらしい。


 さらにサーシェルたちは大人の互助会も作り、殺人などの凶悪犯罪が起きぬように目を光らせてもいた。つまりは、貧民街の警察の真似事をしている者たちだったのである。


「俺たちは、ユア様に救われたんだ。刺されて死にそうだったときに、ユア様に出会わなかった俺はここにいない……」


 サーシェルは、涙をこらえて語った。


 他の二人も似たような事情を抱えているようである。だからこそ、彼らはユアの願いを聞き入れて警察の真似事をやっていたらしい。見事に買収されていたが。


「馬車を指さされて、あの中にいる貴族のカップルに怖い目を見せてやってくれと頼まれたんだ」


 サーシェスが言うに、依頼者は男であったらしい。道で声をかけられて、イゼルたちが乗った馬車を指さして「乗っているカップルを怖い目に合わせてくれ」と命じられたらしい。


 金を奪えとは言われないのに、金に手を伸ばしたところが貧民街の人間だ。


 ユアは三人の腕の中に金やら財布を見つけると「返しなさい」と言った。金には未練があったらしいが、強盗の三人は渋々とそれを返してくれた。ユアには、逆らえないようだ。


「でも、どうして私達が乗っている馬車が分かったのでしょうか……。ああ、そうか。家紋が馬車にはついていましたね」


 貴族の馬車には家紋が付いているから、この中に誰が乗っていたかは男には分かっていたはずだ。


 ならば、どの家がなんの家紋を使っていることも男には分かっていたことになる。貴族社会に詳しい人間が、男の正体に間違いない。ともすれば、どこかの家の使用人の可能性もあった。


 さらに男は「カップル」と言った。


 ということは、わざわざユアが馬車に乗っているタイミングを狙っていたということになる。だということは、狙いはイゼルとユアの二人だったのだ。


「まさかユア様とは思わなかったんだ。貴族の連中なんていけ好かない奴らばかりだし、報酬も破格だったから乗っちまった。本当に、ユア様には申し仕分けないことをしてしまったよ……」


 サーシェスは、叱られた犬のように身を縮こませていた。結構可愛い。


「いくらぐらい貰ったのですか?」


 イゼルの質問に答えるために、サーシェスは懐に手をやった。サーシェルが取りだしたのは、驚くほど大きな真珠の首飾りであった。その見事な輝きと大きさには、イゼルは見覚えがある。


「それは……カリアナ様が身に着けていた首飾りではないですか!そんなものをどうして……」


 イゼルは、目を見開いていた。


 いくら視力が弱くとも、こんなにも見事なものを見間違えるはずがない。第一、こんなにも立派なものはおいそれと流通しないであろう。この国には二つとない品のはずである。


「これって、そんなにヤバいものだったのか?」


 サーシェルたちは、真珠の確かな価値を理解していなかった。とても高価なものだとは分かっていたようだが、下手な貴族では買えないほどの宝石だとは思ってもみなかったらしい。


「知らない男からの依頼だ。身なりは良かったから、富裕層だろうな。てっきり、貴族のカップルというやつに怨みでも抱いているのかと思っていたんだが……」


 そうやって店を襲ったら出てきたのは尊敬するユアであり、サーシェルたちも面食らったというわけである。


「お願いがあります。その真珠の価値には見合いませんが、お金は払います。だから、真珠を譲ってはくれませんか?」


 イゼルの申し出に、サーシェルたちは驚いていた。自分を誘拐しようとしていた人間が、金を出すから真珠を売ってくれと言い出すとは思わなかったらしい。


「カリアナ様は、アティカ王子の婚約者です。そんな方が悪事を企んでいたとしたら、国家の危機になる可能性もあります。お願いします」


 頭を下げるイゼルに、サーシェルたちの方が困ってしまった。


「おい、強盗しようとした人間に頭を下げるヤツがどこにいるんだっていうんだ!まったく。ユア様、こいつはいったい何者なんですか?」


 驚くサーシェルに見せつけるように、ユアはイゼルの腕を取った。その腕にしがみつき、自信満々に口を開く。


「こういう関係です。一か月後には婚約者になります」


 突然のユアからの接触に、イゼルは気絶しそうになってしまった。


 なんとか気力で持ちこたえるが、柔らかなユアの香が心臓に悪すぎる。


「ユア様は、王子様と結婚して王妃様になるんじゃなかったのですか!!えっ、どうして!!こんな不健康そうなのが婚約者になっているんですか!」

 

 上流階級の情報には疎いサーシェルは、ユアとイゼルを見比べた。まるで釣り合っていないと言いたげある。


 イゼルは、その意見に賛成だ。仮にも王子の元婚約者だったユアでは、自分は見劣りしてしまうだろう。


「アティカ王子から、婚約を破棄されたわ。惨めな私を助けてくれたのが、イゼル君なの。私の……その……本物の王子様」


 最後の言葉は、さすがに恥ずかしかったらしい。


 ユアの言葉は、消え入りそうなものになっていた。


 一方で、サーシャルは膝を折る。


 他の二人も、それに習った。どうやら、サーシェルは三人の中ではリーダー格のようだ。


「俺たちの命は、ユア様に救われたものです。俺たちには、ユア様は守れない。だから、あんたが守ってください。この真珠は、その料金ということで」


 丁寧を気取っているくせに、真珠は投げ渡された。だが、イゼルの視力では飛んでくる真珠など掴むことが出来ない。真珠はイゼルの手から逃げ出して、ころころと店の隅に転がった。


「ユア様……。こんなどんくさいので良いんですか?」


 サーシェルの言葉に、イゼルは苦笑いするしかなかった。


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