第19話 強盗事件
どんなスーツを作るのかを大体決めたイゼルは、ドレスのサイズ合わせが終わらないユアを待っていた。
誰かを待つという行為は今まで何度も経験していたが、今日は妙にそわそわしてしまう。紅茶を運んできた店主は、そんなイゼルの様子を見て微笑んだ。
「初々しいですね。女性を待つ時間の楽しみを知ったばかりというふうで」
店主の言葉に、イゼルは首を傾げる。
「待つ楽しみ?」
なかなか聞かない言葉だった。
少なくともイゼルの人生では、聞いたことがない。相手を待たせるというのは申し訳なくて、同時に失礼なことだと思っていたのに。
店主は余裕をもった表情で、ゆっくりと頷く。
「女性の準備は時間のかかるもの。けれども、そんな彼女を待つ時間はワクワクするものなんです。同時に、何を話せばいいのかも悩んでしまう」
店主の言葉は、見事にイゼルの心情を表していた。
初老の店主は、年長者の余裕でイゼルに微笑む。
思い出してみれば、職場の先輩たちも妻に振り回された話を笑いながらしていたような気がする。
あのような大楊な心こそが、家庭を持った男性の包容力なのだろう。イゼルは、そのように考えた。
「なるほど、この落ち着かない気持ちも楽しめばいいんですね。……だめだ。やっぱり、そわそわしてしまう」
若いイゼルの様子が、店主にとっては面白い。
幼い頃から知っているイゼルが、若者特有の悩みで悶えている様子はなんとも微笑ましい。店主の年頃の息子も、初めての恋をしたときは親の目から見ても分かりやすいほどに態度に出ていたものだ。
店主は、少しでもイゼルが落ち着けるように紅茶にハチミツとレモンを入れる。これは幼い頃のイゼルが好きだった紅茶の飲み方で、今でも店主は甘い紅茶をイゼルに出すのだ。
この店以外ではイゼルは紅茶には何も入れないが、ここで出される紅茶は甘い方がしっくりくる。懐かしい気持ちになるのだ。
「いつもありがとうございます。この店にくると子供に戻ってしまうようで、不思議ですね」
成長したイゼルにとって、甘い紅茶は子供の代名詞のようで飲むのが少し恥ずかしい。しかし、そんな気持ちは、ここでは吹き飛んでしまう。
そんなまったりとした時間が流れていたなかで、店のドアが乱暴に開かれた。刃物を持った三人の男たちが見飛び込んできて、店主もイゼルも目を丸くする。
店主が、イゼルに目配せをした。
何もするな、と店主はイゼルに伝えた。ゴロツキを刺激しても良いことはない。店主には、それが分かっていたのである。
「大人しくしろ!ほら、そこのじいさんは金目の物をだせ。そっちの貴族の兄ちゃんは、こっちにこい!!」
身なりから判断したのだろうか。
男たちは、イゼルのことを貴族だと一目見て判断した。強盗に慣れているのかは分らないが、刃物の取り扱いには慣れていそうだ。
それにしても、どうして強盗たちはイゼルを連れて行こうとしているのだろうか。
貴族のイゼルならば身代金をたっぷりとれると思ったのかもしれないが、成人男性であるイゼルを連れて行こうとするのは少し可笑しい。普通ならば、抵抗することが出来ない子供や女性を狙うだろうに。
いくら細いと言ってもイゼルも成人男性である。いざとなったら抵抗するだけの力ぐらいはある。剣と乗馬も人並みには経験があるので、万が一の事態に陷っても二人ぐらいは倒せる可能性があった。
もっとも、それは自分や周囲を帰りみない危険な行為でもある。
この店には、ユアもいるのだ。下手に抵抗をして事を荒げるよりも、逆らわずにいた方がずっと安全である。
「待ってくれ。金ならばいくらでも払うから、イゼル坊ちゃんは連れて行かないでくれ。イゼル坊ちゃんも絶対に動かないでくださいね」
店主は金の入った袋を取り出して、強盗達に投げ渡す。下手に抵抗して怪我人を出すよりも、売り上げを渡すことを店主は選んだのだ。
「あんたもだ!」
強盗の一人は、ユアにナイフを向けた。目ざといことだと思いながら、ユアが自分の財布を強盗に向かって投げる。中身の軽さに、強盗の驚いた。
「貴族は金をもっているものじゃないのか?」
疑問符を浮かべる強盗に、イゼルが答える。
「洋服なんかを仕立てる時には、後から使用人に払ってもらいますよ。自分で大金なんてもちません」
危ないですし、とイゼルは付け加えた。
「金持ちの思考回路は分からないな。おい、ここには貴族の女もいるんだろう。そいつも連れて……」
強盗達の言葉が止まった。
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