第17話 幸せの礼装作り
「イゼル坊ちゃん。スーツの色は、どのようなものをご希望ですか?」
仕立て屋の店主の一言に、ぼんやりしていたイゼルは「紅茶を」と答えた。仕立て屋の店主はため息をつく。
「イゼル坊ちゃん、しっかりしてください」
店主の言葉に、イゼルはようやく我に返った。
そして、思わず赤くなる。病的な白い肌では、彼が恥ずかしがっていることが一目瞭然だった。
仕立て屋の店主は、イゼルがユアの元に連れて行ったドレス職人の兄である。妹を筆頭とした従業員と共に店を盛り上げている商売上手で、イゼルが幼い頃から付き合いがあった。
「思春期みたいに恋に溺れちゃって、こんな坊っちゃんが見れるだなんて感動ですな。いつもは、すんとすましているのに」
店主がからかうので、イゼルは身の置き場がない。ただでさえ、カーテンの向こう側にはドレスの仮縫いをしているユアがいるというのに。
イゼルたちは、仕立て屋にやってきていた。
個室に入ったイゼルは、婚約式に使う礼装の採寸をしてもらっている。そこで、馴染の店主にからかわれているという所であった。
「ユアお嬢様は、妹とドレスの仮縫いをしているはずですよ。思う存分に、婚約者になる人の美しい姿を想像していてください」
本番までは見せませんけど、と店主は言った。
すでにドレスのデザインは知っていたが、それとコレとは話が違う。ユアが身につけることで、初めてドレスは完成するのだ。それを一番最初に見てみたいというのが、男心というものだろう。
「それにしても、今どきの若い人たちは結婚前にデートするなん大胆ですね。お父様の時代ならば、考えられないことだ」
大昔と比べないでくれと言いそうになって、イゼルは馬車での一幕の事を思い出してしまった。感情に任せてユアを抱きしめてしまったが、なんて破廉恥な事をしてしまったのだろうか。
イゼルは慌てて離れて謝ったが、ユアにはしたない男だと思われてしまったであろう。ユアは許してくれたが、それだけがイゼルは心配であった。
「ところで、髪は白で行きますか?それとも、黒ですか?それを決めないことには、スーツの色も決めにくいですよ」
店主の言葉に、イゼルは目をそらした。
店主とは、子供の頃からの付き合いだ。故に、彼も彼の妹も、イゼルの本当の髪色が白いことを知っている。
「ユア様には……まだ髪のことは言っていないんですよ」
ユアの事を知れば知るほどに、彼女が髪の色を気にするような人には思えない。だが、万が一にでも嫌がられたらと思うと怖くてたまらないのだ。
昔の使用人たちは、自分の白い髪を恐れた。ユアも恐れるのではないかと思ってしまう。イゼルは、こんな自分は愚かだと自嘲した。
「……イゼル坊っちゃんの髪は、上質な絹糸みたいですよ。唯一無二の色です。ありふれた黒より、ずっと良い。正直に言って、受け入れてもらってください。いずれは夫婦になる人のなんですから」
イゼルは、無意識に髪を指に絡みつけていた。
他人とは違う髪は、イゼルにとっては引け目であった。父と母は髪の色にかかわらず愛してくれたが、それでも他人の使用たちは恐れた。
「ここまで嫌われたくないと思っていなければ、素直に髪のことも言えたでしょうね」
今は、ただ嫌われることが恐ろしい。
「良い恋をしていますね。実に良い恋だ」
店主は感心しながら、さっと生地を取り出してきた。青と黒の布地は、男性のスーツにはよく使われる色だった。
「それはともかく、スーツの色を考えましょうね。無難な色ならば、髪が黒でも白でも似合いますよ」
そう言って、店主はユアの身体に布を合わせる。
「今回は青ですかね。妹のデザインを見た限り、ダークブルーの方が調和が取れそうですし。あっ、髪紐なんかの色もしっかりと合わせしょうね。ご心配なく。坊っちゃんの礼装は、頭から爪先まで完璧に用意させてもらいますから」
ぐっと店主は拳を握った。
イゼル本人よりも、店主の方が婚約式の準備に燃えているような気がしてならなかった。
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