第15話 突然の告白



「この間の貧民街に病院のような施設を作る話ですが、父に話をしてみました。面白いアイデアだと言っていましたよ」


 馬車の中では、イゼルとユアはなんてことない雑談をしていた。


 イゼルは一日のほとんどを仕事場にいるので、仕事の話しかできない。けれども、ユアは楽しそうに聞いてくれる。


 一方で、御付きのプリシラは眠そうだ。女性としては、プリシラの方が普通の反応なのだろう。


「私の話はつまらなくないですか?先輩方には、もっと気の利いた話題を見つけろと言われたのですが……」


 イゼルとしても頑張って会話のネタを探したのだが、毎日のごとく仕事場に拘束されているのだから面白い事などはない。


 些細な事でも笑っているスズリナ先輩だったならば、退屈な仕事のなかでも楽しみを見つけられたかもしれない。笑い上戸な先輩が、今だけは羨ましくなった。


「城の様子を聞けるのは楽しいわ。なにせ、懐かしいからね。昔は毎日のように通っていたから……」


 その一言に、イゼルはユアが王妃教育を受けていた過去を懐かしんでいるのだと知った。その事実は、イゼルの心を抉るのだ。


「ユア様……失礼なことを聞きます。どうして、未だにアティカ王子のことを慕っているのですか?」


 聞くべきではないと分かっていたが、イゼルは聞かずにはいられなかった。ユアは、淋しそうに笑う。


「私は、母と折り合いが良くなかったの。というのも、今の母は父の後妻で……。私と今の母には、血の繋がりがない」


 ユアは、恥じるように顔を伏せる。


 知らなかったとはいえ、家族の複雑な事情を聴いてしまった。


 女性の出産は命がけであるから、妻を亡くした夫が後妻を求めるのはよくある話だ。そして、継母と継子の確執だってよく聞く話の一つであった。


「母は自分の実子の妹ばかりを可愛がって、当然のごとく妹がアティカ様の婚約者となる事を望んだ。でも、選ばれたのは私だった」


 実子の妹にこそ、良い縁談を。そのように願ったユアの母親の気持ちは、イゼルにだって分からなくもない。


 それぐらいに、王妃の座は魅力的だ。


「アティカ様の婚約者になったことで、母は私に厳しく当たるようになったわ。父は仕事で滅多に家に帰らないから、かばってくれる人はいなかった。辛い毎日だった」


 そんなことを幼いユアは、アティカ王子に洩らしてもらった。家族の恥を軽々しく話したことをアティカ王子は怒るとユアは思ったが、アティカ王子は別のことで怒ってくれたのだという。


「『俺の婚約者を虐めるやつは許さない』って、言ってくれたのよ」


 子供だったアティカ王子には、何かが出来るわけではなかった。けれども、アティカ王子はユアの心を救ったのだ。


「その時から、私は心の底からアティカ様が好きになったの。つまらない……本当に自分つまらない話でしょう?」


 イゼルは、ユアの体を抱きしめていた。


 その大胆な行動に、ユアは言葉を失う。


「きゃあ!」


 若い男女の健全なお付き合いを踏み越えた行動に、プリシラは悲鳴を上げて顔を真っ赤にする。しかし、気弱な彼女が何かを出来るわけもなかった。


「アティカ王子は大罪人です。あなたの心を救って、殺した」


 自分のために怒ってくれた人。


 ユアにとっては、それはアティカ王子だけだったのだろう。その嬉しさが純粋な恋になったとすれば、一方的に婚約破棄をしたアティカ王子の行為は酷すぎる。


 イゼルは、ユアの傷ついた心を癒やしたかった。けれども、それにはイゼルは力不足であろう。だが、言わずにはいられなかった。


「ユア様……。私は、あなたの事が好きです」

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