第14話 初めてのデート
久しぶりの休暇。
イゼルにとっては、勝負の日である。
今日はユアと共に、婚約式の日のイゼルの礼服を注文しに行く。ついでに、ユアのドレスの仮縫いもすませる予定であった。
つまり、これがデートだ。
イゼルは、馬車の中で大きく深呼吸をする。
馬車で女性を迎えに行くのは、基本の基本だと言われた。たとえ、相手の用事に付き合うような形であっても、馬車で迎えに行くのは紳士としては当然だと先輩たちに教えてもらったのである。
「可笑しい格好ではないですよね……」
イゼルは、自分の服装を確認した。
メイドたちに手伝ってもらって、持っている服の中で一等似合うのを選んだはずである。
香水は、ムスクを中心に配合されたもの。
女性とのデートでは、清潔感がある恰好なのは当たり前だ。それでいて、流行りを押さえたお洒落が必要なのであるらしい。
爽やかなムスクの香りは、若い貴族に人気の香水だ。イッテ先輩のお勧めのブランドのものを購入したが、たしかに良い香であった。
すっきりとしていながら、わずかに甘い香りがする。優しげなイメージだが、女性的すぎない香でもあった。
さらに、イゼルは眼鏡のフレームも昔ながらのべっ甲ではなくて、細い金属のものに変えていた。これはグェルナ先輩からのアドバイスで、この眼鏡のフレームはイゼルの生真面目で神経質そうな雰囲気を少しはマシにしてくれるらしい。
スズリナ先輩には、いくら最先端でも服だけはメイドの目をかりて無難なものを選らべと言われた。最先端の服は、素人には着こなせないからだという。
「イゼル君、おはよう」
サブリナ家の屋敷に到着すれば、門の前にメイドのプリシラを連れたユアの姿があった。
普通ならば、令嬢は屋敷の中で男を待っているはずである。常識外れのユアの行動にイゼルは驚きながらも、彼女らしさを感じていた。
同時に、ユアの家族は、彼女の常識外れな一面を最初から嫌っていたのではないかと心配になった。
公爵家ともなれば、古いしきたりを大切にする人間も多い。そんな家族の中で、ユアの令嬢らしからぬ溌剌さは異様に映るかもしれない。
高位の貴族になればなるほどに女というのは男に尽くし、大人しくしていることを良しとしている。しかし、ユアの聡明さや行動力は型にはまった女性像を壊す。
今日だって、ユアは公爵令嬢とは思えないほど簡素な格好だった。
薄い水色のワンピースに麦わらで編まれた独特な帽子。しかし、帽子には可憐な花が飾られており、それが女性らしさを際立たせている。
イゼルは服に詳しくない。
というのも視力が弱くて、眼鏡をかけていても見分けるのが難しいのだ。人の判別は声で出来るが、服となればそうはいかない。全く見えないわけではないが、近づかなければぼんやりと霞んでしまうのである。
だからこそ、イゼルは今の自分の格好がユアと釣り合っているのか不安だった。
「今日は、とっても素敵な格好ね。一緒に歩くと私が霞んでしまいそうよ」
ユアの言葉に、イゼルはほっとした。メイドたちに協力してもらったお洒落は、大成功らしい。
「今日は買い物だけのつもりだったから、そんなに頑張った服装ではないの。イゼル君と並んだら、見劣りしちゃう」
少し残念そうなユアに、イゼルは「そんなはずがありません」と言っていた。
「私は視力が弱すぎて、人の服を見分けるのが苦手です。しかし……ユア様の装いが、素敵なことは分かります。その……帽子の花が可愛らしいと思い……ます」
最後の言葉は、恥ずかしくて尻切れトンボになってしまった。ユアは、帽子についていた花に触れる。
「これは、庭師にもらったのよ。そうだ。ちょと待っていてね」
ユアは、帽子に付いていた花を一輪だけ抜いた。そして、イゼルの胸ポケットに刺す。自分の香水のせいで、花の香りなどはイゼルには全く分からなかった。
しかし、きっとかぐわしい香りがしたはずだ。イゼルは、流行の香水など付けてきたことを後悔した。
「私の帽子には、沢山ついているから分けてあげる。これで、お揃いね」
イゼルは、自分の顔が赤くなるのを感じた。同じ花を装うだなんて、仲睦まじい恋人同士だって中々やらないことだろう。
しかし、勘違いしてはならない。
これは、ユアが自分との関係を友好にしたいが故の思いやりに過ぎない。ユアの恋心は、イゼルには向いていないのである。
「それでは参りましょうか」
イゼルは、当然のようにユアを馬車までエスコートしようとした。だが、ユアは少しばかり悩んでいる。
「視力が弱いならば、エスコートも辛いんじゃないの?ならば、無理をしなくてもいいわよ」
ユアの思いやりから来た言葉に、イゼルは慌てた。
「至近距離ならば見えるので、エスコートぐらいならば問題ありません。日常生活には、問題はないんです。書類も読めますし……」
イゼルは、胸が苦しくなった。
普通の健康な男ならば、ユアにエスコートの心配などさせなかっただろう。その上、イゼルは秘密を抱えている。
イゼルの髪は、黒ではなくて白いのだ。
ユアに早く打ち明けるべきだとは思っているが、幼い頃に使用人に恐れられたことはイゼルにとってトラウマになっている。
ユアにも、この髪が恐ろしいと言われたら生きてはいけない。
イゼルの激しい胸の痛みは、ユアの指先の体温が癒やした。イゼルにエスコートしてもらうために、彼女はイゼルの腕に触れたのである。
「なら、出かけましょう。私はイゼル君よりも歩幅が狭いから、合わせてくれないと嫌よ」
どこか悪戯っ子のような言葉は、イゼルを慮ってのものだった。無邪気を思わせる自然な気遣いに、イゼルは胸が暖かくなった。
「その……私に、貴方をエスコートする栄誉を頂いてもよろしいでしょうか?」
恥ずかしすぎて、イゼルは顔から火が出るかと思った。ここまで格好をつけてしまった事を後悔したが、ユアは笑ってくれた。
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