第2話 新聞の記事の内容
翌日の新聞にかかれた内容は、三文小説にも劣る内容だった。
王子の側近の一人が婚約者に横恋慕し、王子が道ならぬ恋の後押しをしたという内容である。
その記事に対し記者はロマンチックと書きながらも、同時に王子の婚約者に懸想をした側近を「王子の側に控えるのに相応しくはない」と叩いてもいた。
ちなみに、イゼルはアティカ王子の側近などではなかった。
幼い頃のイゼルは虚弱体質で、自分の館に籠っていた。そのせいで宰相の息子と言う恵まれた地位でありながらも「王子の遊び相手」として選ばれなかったのだ。
今の王子に侍っているのは、当時の「王子の遊び相手」に選ばれた男子たちのはずだ。
王子の意見に賛同するだけの存在で、王子がカラスは黄色いと言ったら黄色いと答えるような連中ばかりである。
彼らを中心になって周囲がアティカ王子を甘やかしていたことは、さすがにイゼルも知っている。
それにしても、新聞が書いていることはアテにならない。大方、卒業生の一人から買った話なのだろうが、その生徒の主観が見事に含まれている。
王子が一方的に婚約破棄をしたことは書かれておらず、むしろ部下の横恋慕を後押しする人格者のように書かれているのだ。
それが、何とも滑稽だ。
ちなみに、カリアナの事は一言も触れられていない。
「お前、これは本当の事なんだな」
自分の館よりも城にいることが多い父が、朝一番に館に帰ってきたのだとイゼルはメイドに聞かされた。帰って来た途端に起こされなかったのは、昨日の騒ぎで疲れた息子を休ませたい父親の温情だったのだろうか。
いや、違う。
どうせ、早急にすませなければならない仕事まで家に持って帰ってきたのだろう。それに今までかかりきりになって、早朝に家に帰ってきた意味がなくなったに違いない。
イゼルの父には、そういったちょっと要領がよくないところがある。
それを己の優秀さと部下でカバーしているが、このような時には不器用な人だなとイゼルは思ってしまう。
己の父ながら、よく宰相まで出世できたものである。無論、父のことをイゼルは尊敬している。この要領の悪さだけが、玉に傷だと思っているのだけだ。
イゼルの父であるセシラムは、国の宰相を務めている男だ。
中肉中背で目立ったところはない。しかし、長年酷使した眼の視力は低下していて、息子と同じように分厚い眼鏡をかけている。
ひょろりとして折れてしまいそうな息子と体格は違うが、どことなく病弱そうな雰囲気だけはよく似た親子である。
なお、セシラムは度重なる徹夜で顔色が悪く。イゼルの方は生まれつきの白い肌故に、血食が悪く見えるだけであった。二人とも日々の仕事に精を出すことが出来る程度には健康である。
父の代わりに領地に収めている母親からは、会うたびに「なんで似たらいけないところだけ、似たのかしら」とため息をつかれていた。
似ていることは親子の証明なので、その欠点も認めて欲しいと思うセシラムとイゼルであった。
食堂で朝食を取っていたセシラムは、息子が朝の挨拶に訪れた途端にため息をついた。
昨日の事件の記事のことを思い出しているのであろう。よくみれば、セシラムの隣には数社の新聞が置かれていた。
きっとさっきまで控えていた使用人が、新聞を音読して主人に聞かせていたのだろう。時間のないセシラムが考え出した信じられない時間の短縮方法である。
それにしても、何社もの新聞を読ませる必要はないであろう。
宰相の父ならば部下を通して王子の婚約破棄の真実を知っているだろうに、とイゼルは考える。本来ならば、イゼルから話を聞く必要すらない。
息子の口から改めて真実を知りたい、と父は思っているのかもしれない。なんにせよ、これも父の要領の悪さ故の行動なのか。
「無論、違います」
イゼルは、しっかりと否定しておいた。
「卒業パーティーで王子が婚約破棄などしたから、話題を逸らしただけです」
にこり、とイゼルは笑った。
もしも、イゼルが話題を提供しなかったら『アティカ王子が男爵家の令嬢と婚約した』と大見出しで新聞に書かれていたことだろう。
国民に広く周知されてしまえば、その分だけ撤回は難しくなる。王家の信用に関わる問題に発展するからだ。
今ならば、ユアの代わりに新たな婚約者——もちろん、相応しい身分の——を据えるだけでいい。公爵家の面子も潰さずに大団結を迎えるには、これしかなかったとイゼルは考えている。
なにせ、片想いをしていると告げたのはイゼルの方だ。ユアは潔白である。
ユアをアティカ王子の婚約者に戻したいならば、ユアの心はやはり王子の元にあったとでも周囲に弁明すればよいのである。
国内の混乱を望んでいない人間は、喜んで嘘に飛びつくだろう。愚かな王子一人の婚約破棄で内戦が起こることは、誰も望んではいないのだから。
イゼルは、己に言い聞かせる。
ここは、劇場。
己は、役者。
国を良くするためならば、道化になれとイゼルは父に教わった。昨晩は、その教えに従ったに過ぎない。
己の秘めた思いは、何時だって押し殺していた。
今回だって、それを繰り返すだけである。
「父上の言葉通りに行動しただけですよ。結局、王家はどのような対応を取ることに決めたのですか?」
イゼルは、ユアがアティカ王子の婚約者に戻ると思っていた。それが最も王家にとって得になる話であるからだ。
「まずは、アティカ王子とカリアナ嬢の婚約は認められた」
その話に、イゼルは目を見開く。
その話が信じられなかったのだ。気持ちは分かると言うように、セシラムは再びため息をついた。
「何故ですか?カリアナ嬢とアティカ王子の結婚では、王家に旨味などないでしょうに」
セシラムは、忌々しそうにウィンナーにフォークを突き刺した。
ウィンナーから肉汁が飛び出るが、首から垂らしたナプキンのおかげでセシラムの服が汚れることはない。
我が父ながら品がない食べ方だ、とイゼルは思った。昨日のユアとは大違いである。
「カリアナ嬢は、すでに妊娠している。医者も確認していることらしい」
イゼルは、目眩がした。
平民を妊娠させたならばともかく、カリアナは男爵家の娘である。曲がりなくとも貴族の娘を妊娠させてしまえば、もみ消すのは難しい。
王家は、アティカ王子を切り捨てる気なのかもしれない。
王家には三人の王子がおり、アティカ王子は王位継承権一位である。しかし、下に弟が二人もいることもあり、切り捨てたとしても問題はないと判断したのであろう。
今回のアティカ王子の自分勝手で迂闊な行動は、そのように判断されてもおかしいものではなかった。
それにしても、よりにもよって王子が婚前の貴族女性と子供となすだなんて。とてもではないが、考えられない失態だ。
国によっては来るべき日に向けて王子に初夜の教育を施すこともあるが、この国では行っていない。行うのは座学のみだ。
「アティカ王子は終わりですね」
せっかく庇ったのに、とはイゼルは思わなかった。イゼルがユアに告白をした事によって、サブリナ家の面子は辛うじて保たれたかもしれないからだ。
イゼルが咄嗟に動かなければ、ユアは一方的に婚約破棄された令嬢として新聞によって傷物にされていたことだろう。
女性にとって婚約破棄は不名誉なことだし、そこで新聞によって大々的に発表されるなど恥でしかない。
普通の令嬢ならば、世をはかなんでいたっておかしくはなかった。そこまでの事態になっていたら、ユアの実家のサブリナ家であっても黙ってはいないだろう。
「それでは、ユア嬢の新たな婚約者だが……」
セシラムは言い淀み、改めて息子のイゼルの方を見た。
「ユア嬢の婚約者は、イゼル……お前になった」
その言葉に、イゼルは呆然とした。
予想外の展開であったからだ。
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