第48話 千載一遇

 体育祭も終わり、季節は夏。7月に入った。

 ミッションの方はあれから全く進んでいない。

 日菜の奴は相変わらずオレの家に入り浸っているが、彩夜に会いに来ているといった感じで、オレとの会話はほとんどなく初恋相手をまだ聞けていない。

 高校に入ってから結構の人数に告白されたと話には聞いているが、まだ初恋マーカーは付きっぱなしだし、成就もフラれたわけでもないんだよな。

 お目当ての奴、どこのどいつだよ?

 と言うか、日菜の奴かなり奥手なんだな。正直、かわいいのだから自信持ってアプローチすれば勝率高いと思うのだが……そうすれば、オレも気を揉まなくていいのに……。

 桔梗律とは最近顔も合わせていない。

 どうも、ほとんど教室から出てきてないようで、接触の機会がこれっぽちもない。

 トーカの情報では、ますますクラスで孤立傾向にあるみたいだ。

 問題を抱えてくれている状況は心の隙間に入り込みやすいから、攻略としてはありがたいことなんだが……とは言え、孤立があからさまになっているわけでもないみたいだし、現状だと部外者のオレでは首を突っ込みづらい。


「はあ~」

「はあ~」


 オレのため息と村雨のため息が被る。


「なんや?湾月も料理苦手なんか?」

「料理?別に苦手じゃないけど?なんのこと?」

「なんや、ちゃうんか。ほな、じゃあなんのため息やねん」

「いや、ちょっとな」


 オレが黒板に視線を移すと、家庭科の先生が次の授業の調理実習で作るカルボナーラの注意点を説明をしている。

 ああー。料理ってそう言うことか。


「では、調理実習の班ですが──」

「先生ー!好きな人と組みたいでーす!」

「私もー!その方が授業頑張れまーす!」


 調理実習の班決めに際して、クラス内から自由に班を組みたいとの声が上がる。

 おいおい!キミらは悪魔か!

 班決めで最後の最後まで残り続ける惨めさを知らないから、そんな残酷な提案ができるんだぞ?

 頼む、先生!その提案はブーイング覚悟で却下してくれ!

 しかし、オレの願いは聞き届けられなかった。


「じゃあ、そうしましょうか!では、みなさん四人一組になってくださーい」


 ……うわぁ。

 今から寝たふりは遅いよな……。

 とりあえず、詞と村雨と……あと一人は……圷は無理だろうしな。


「瑠璃花ー!一緒に組もうぜー!!」

「え!?でも……」


 終わった……オレも村雨も他に友達がいないから、詞にあと一人を連れてきてもらおうという作戦だったのに、まさかその詞が引き抜かれるとは……。

 これは地獄確定か。


「ねえ湾月くん、わたしと組んでもらえるかしら?」

「へ!?」


 絶望していたオレに声をかけてきたのは、桜ノ宮真姫であった。

 え!?なんで!?なんで桜ノ宮が!?

 桜ノ宮の行動にクラスも静まり返り、動向を注目している。

 無理もない、クラスカースト一軍の連中が苦手としていると噂の二人が唐突に接触したのだ。


「クラスで孤立気味なんだから、どうせ組む約束してる相手もいないでしょ?」

「まぁ、そうだけど……」


 なんだこの女!?

 すげー心抉ってきたけど!?しかも、上から!!


「じゃあ、決まりね。後のメンバーはあなたが選んでいいわよ」

「いや、だから相手がいないんだって……」

「あら、そうだったわね!」


 こいつ……。

 オレは助けを求めるようにチラリと村雨の方を見る。

 目が合った村雨はものすごく嫌そうな顔をした後、大きくため息を吐く。


「ええよ。どうせ、うちも組む人おらんし」

「すまん」

「よろしくね、村雨さん」

「よろしく」


 あと一人か……。

 と言っても、オレと桜ノ宮が動いたことにより、他の奴らは巻き込まれないように慌てて誰かと組もうと動いている。

 詞も連れてかれちまったし……。


「なぁ、桜ノ宮さん。オレは村雨を誘ったんだ。あと一人は桜ノ宮さんが誘ってくれていいぞ」


 仕返しじゃ!


「あら、あの声も出さず、ビクビクと目で懇願するのがあんたの誘い方なの?随分、男らしい誘い方ね」

「うぐぅ」

「まぁいいですわ。まだ、決まってないという方、わたしたちの班に入っていただけますか?」


 桜ノ宮はクラス全体に堂々と声をかけた。


『完敗ね』


 ぐうの音も出ん。

 威風堂々ぶりでは桜ノ宮とオレでは月とスッポンだ。

 だがしかし、桜ノ宮の余りものを炙りだすような誘い方では名乗り出づらいだろう。

 実際、誰も名乗り出ていない。

 気遣いではオレに軍配が上がりそうだな!


「ほら、あんた行きなよ!!透たちもう四人だし!」

「え!?あ、そ、そうだね……」


 桜ノ宮の呼びかけに誰も応えないでいると、一軍の連中から藍川楚麻理が押し出された。

 うわー。わざとクラスの注目を集めて断る選択肢をなくすために、派手に追い出したのか?

 姫路透のやり方えげつねーな。

 あんなん見せられたら取り巻きの連中も姫路に逆らえないだろうな。こえー、こえー。

 生け贄が差し出されたことで、クラスの連中はホッとしている。

 そんなにオレらの班に入るの嫌なことなのか……地味にショックだな。


「あの、えっと……」

「よろしくね、藍川さん」

「よろしゅう」

「うん。よろしくね」


 なにこの笑顔を張り付けた三人衆。

 押し付けられましたって雰囲気全開だった藍川は、そら顔が引きつるよな。村雨が初対面の人にぎこちないのはいつも通りだし。

 ただ、桜ノ宮のその笑顔はなに?怖いんですけど?

 もしかして、藍川が渋々参加することになったことよく思ってなかったりします?

 調理実習、不安しかないんだが……。

 って、あれ?もしかして、クラスのターゲット候補全員と同じ班なのか!?

 これは、ミッション達成の絶好の機会では!?


「じゃあ、調理実習の時に──」

「待て待て!」

「なにかしら?」

「基本的な材料は学校側で用意してくれるみたいだけど、隠し味とか付け合わせとかは持ち込んでいいらしいぞ?どうする?」

「なに持ってくるか内緒にするのはどう?楽しく授業できそうだし!」

「構わないけど、おふざけはなしでいいかしら?わたし、できるだけ美味しいものが食べたいの」

「わかった!じゃあ、各自本気で選んで持ってくるってことで!村雨さんもそれでいいかな!」

「ええよ」


 オレは!?

 まあ、いいけど。


「みんなアレルギーとかないのか?持ってきても食べられませんじゃ意味ないだろ?」

「そっか!そうだよね!私はないよー!桜ノ宮さんと村雨さんは?」

「わたしも特にないわ」

「うちも」

「じゃあ、なんでも大丈夫だね!なに持ってこようかなー!あっ、そうだ!ねえ、桜ノ宮さん、村雨さん、せっかく一緒の班になったんだし、仲良くなるためにも名前とかあだ名で呼び合ったりしたいなーって思うんだけど……どうかな?」

「名前呼び……わたしは構わないけれど」

「ほんとー!村雨さんは?」

「ええよ……」

「やったー!」


 オレは!?

 まぁ、いいんだけど!

 それにしても、藍川ってすごいグイグイ距離詰めるんだな。

 もしかして、この班に参加することに乗り気じゃない態度取っちゃったから挽回しようとしてるとか?

 ……いや、女子高校生的にはこれが普通なのか。思えば、瀬流津も桔梗も雷歌先輩も、ついでに楓もこんなもんだったしな。

 藍川のおかげで、三人はある程度打ち解けたようだ。

 調理実習は気まずい空気の中やらなくて済みそうだな。



『初恋マーカー付いてる人が三人とも同じ班ね!』

「トーカなにかしたか?」

『なにが?』

「オレとあの三人が同じ班になるように」

『なにもしてないけど?』

「じゃあ、マーカーが付いてる人はオレと接点ができやすいとか?」

『さあ?そんなことないんじゃない?それよりも、これってチャンスなんじゃない!』

「……そうだな」


 チャンスは間違いなくチャンスである。

 しかし、調理実習のイベントなんてゲームで見たことないぞ?

 と言うか、そもそも調理実習なんてイベントで好感度を稼いだりできるんだろうか?

 ダメだ。全く好感度を稼げるビジョンが思い浮かばん。

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