第23話 阿雲姉妹

 無事、補習を終えたオレは、今度は会議室へと足を運ぶ。

 会議室では現在、再来週に迫った体育祭の準備が体育祭実行委員により行われているはずなのである。

 そしてオレは、テスト最終日に女子更衣室でやらかしたことのみそぎをするために、体育祭実行委員の手伝いをしなくてはならない。

 つまり放課後のオレの予定は、補習→体育祭準備→瀬流津との秘密の練習である。

 なんだこのタイトなスケジュールは……。

 普通であれば体育祭実行委員でもない人間が、体育祭準備なんぞに駆り出されたら、文句が止まらないところであっただろう。

 しかしこの状況、オレにとっては都合がいい。

 なぜなら、この委員会にはターゲット候補が一人、それに瀬流津がいるのである。

 オレが会議室の扉を開けると、当然オレに注目が集まる。

 なんとなく気まずい……。

 すると、三年生だろうか?大会に出れそうなマッチョがオレに挨拶しに来た。


「君が準備を手伝ってくれる湾月くんか!待ってたよ!俺は体育祭実行委員長の岩筋いわすじ勇造ゆうぞうだ。よろしく!!」

「どうも」


 岩筋委員長はガッチリ握手してくる。

 なんか、ターゲット設定とか言う枷のせいで、握手に躊躇する体質になっちまった気がする……。

 委員長は挨拶だけすると、他所へ行ってしまった。

 体育祭準備は備品チェックや種目の選定、進行のリハーサル、さらに実行委員は応援団も務めるなどやることがかなり多いらしい。

 そのため、先週すでに顔合わせを済ましていたようで、委員会内には結束が出来上がっていた。

 部外者が後から入りにく過ぎるだろ、これ……。


『みんな随分気合入ってるわね』

「まぁ、こういうイベントは学生時代にしか味わえないからな。全力で青春を謳歌した方が後悔せずに済むってもんだ」

『それで?体育祭の準備ってなにすんの?』

「さあな?」


 と言うか、なんの指示もなかったんだけど?オレから指示を仰げってこと?

 何をしていいかわからず、周囲を観察していると、不意に話しかけられる。


「あー。助っ人って君なんだ!」


 オレが振り返ると、顔は瓜二つだが雰囲気の違う双子が立っている。


『ちょっと!ちょっと!!』


 わかってんだよ!うるせーぞ、トーカ。


「オレのこと知ってるんですか?」

「そりゃ知ってるよ!一年の湾月鏡夜くんでしょ?入学式で派手な登場をしたとか、創業以来初の全教科赤点とかで、学校一の不良として結構有名人よ!」


 いや、国語は赤点じゃないから!!

 てかなに、学校一の不良って!?オレそんな風に陰で呼ばれてんの!?


「あっ!自己紹介まだだったね!私、阿雲雷歌。二年よ!……ほら!挨拶しなさいよ!」

「阿雲風歌、二年です。よろしくお願いします」

「二人とも阿雲だから雷歌、風歌って呼んでね!」

「了解っす」


 知ってるけど。


【阿雲雷歌】

 ・二年二組

 ・一卵性双生児の姉

 ・学力、運動ともに優秀であり、先生からの評判もすこぶるいい

 ・活発で明るく、誰とでも笑顔で接するため校内でも一二を争うほど、人気の高い生徒

 ・そして、初恋マーカーが付いている


【阿雲風歌】

 ・二年三組

 ・一卵性双生児の妹

 ・目立つ姉とは対照的に引っ込み思案で非常に地味

 ・容姿は同等であるのだが、地味な格好をしているため姉ほど目立たず、それ以外は成績も周囲の評価も全て姉に負けている


 妹の阿雲風歌は初恋マーカーが付いてるいるわけではないしどうでもいいのだが、姉の攻略に関わるかもしれないから一応調べた。

 それにしても、学年が違くて接点皆無だったからターゲットにしようかしまいか迷っていたのだが、まさか向こうから話しかけて来てくれるとは!

 こいつは攻略すべしとの天啓か?


「でも聞いてたよりも真面目なのね。自分から手伝いを名乗り出るなんて!」

「まぁ、体育祭は学生のころにしか楽しめないイベントですからね」


 実際はやらかしたせいでこの場に参加させられているんだが、やらかし自体はイジメが絡んでるということもあって、学校側が隠ぺいを決めたからな。

 オレは自主的に体育祭の手伝いを名乗り出た、殊勝な生徒と言うことになっている。


「だったらいっそ、体育祭実行委員になればいいのに!」

「実行委員になったら責任が伴いますからね。責任は負いたくないんすよ」

「ふーん。そういうところは噂通りなのね」


 雷歌先輩も風歌先輩も噂通りって感じだけどな。

 雷歌先輩はオレを不良だと思っているだろうに、少しも臆することなくガンガン距離を詰めてくる。

 逆に風歌先輩は挨拶以外まったく話しかけてこないな。


「もしかして今、手空いてたりする?」

「空いてますよ」

「備品チェックしに倉庫に行こうと思うの!手伝ってもらってもいい!?」

「了解でーす」


 オレは阿雲姉妹についてゆく。


「ちょっと待っててね!」


 そう言うと阿雲姉妹は空き教室へと入って行ってしまった。


『初日からラッキーなんじゃない!?』

「そうだな」


 問題はターゲット設定するかどうかだ。

 雷歌先輩の場合、どうしても妹の存在がついて来てしまうからな……リセットしても風歌先輩の方には記憶が残ってしまうから少し厄介だ。

 ただ学年が違う以上、体育祭が終わった後では接点を作るのも難しい。

 体育祭までにある程度の親密度を貯める必要があることを考えると、攻略するかどうかは出来るだけ早く決断しなくては。

 そうこう考えているうちに、空き教室の扉が開く。


「お待たせ!じゃあ行きましょ!」


 教室から出てきた阿雲姉妹は体操服に着替えていた。

 おいおい。

 着替えてきたってことは、汚れる作業があるってこと?

 それ教えてもらわないとオレ着替えられないけど!?

 まぁ、汚い格好で秘密の練習に参加するわけにもいかないから、いいんだけど。



 体育祭用具は一年に一度しか使わないため、埃が積もっている。

 うっわ。埃くさっ!

 こいつはマスク用意した方がいいだろ?


「もう!最悪ね!とっとと終わらせましょ!私、上の方の備品チェックするわね!」


 雷歌先輩は躊躇なく、埃まみれの台へと登る。


「キャッ!」

「危ッ──」


 用具入れに埃が舞う。

 高所にあるメガホンを取ろうと台に乗っていた雷歌先輩が足を滑らせたのだ。


「えほえほえほ……」


 瀬流津の時と違い、今回は割ときれいに受け止められたな。

 そしてわかったことがある。

 落下してくる人を立ったまま受け止めるのは無理だ。


「大丈夫!?」


 心配した風歌先輩が慌ててこちらへ駆け寄ってくる。

 そして、床に転がっている綱に引っ掛かり、つんのめる。


「──っ!?」


 オレは倒れる風歌先輩に手を伸ばすと、顔が地面にぶつからないように風歌先輩の体を引き寄せる。

 あっぶねー。

 姉妹揃ってずっこけるとか、二人して抜けてんのか?


「お二人とも怪我は?」

「大丈夫です」

「……大丈夫よ!」

「よかったです。じゃあ、すいませんが退いていただいても?」


 双子の肩を抱き、両手に花状態は男として非常に誇らしいが、埃臭くて堪ら──。


「お疲れ様です。遅くなりまし──た」

『ゲっ!?』

「瀬流津……さん……?」


 やばい!瀬流津が怒った日菜と同じ目をしている!


「お楽しみ中でしたか……。失礼しました」

「ちょ、ちょ!」


 ええい!

 阿雲姉妹、はよ退かんか!

 オレは決して失礼にならないよう、阿雲姉妹に立ってもらうと、「トイレに行く」と言って瀬流津を追いかける。


「トーカ!瀬流津を探してくれ!」

『任せて!』


 あの状況は間違いなく誤解を生む!

 しかも、よりによって今の状況の瀬流津に見られたのはまじでまずい!!

 考えられる瀬流津の行き先は三ヶ所。

 委員会に使われてる教室と外の体育館は後ででも回れる。ただ、下駄箱から帰られるのはまずい。

 オレは迷いなく下駄箱へと走る。

 いた!!

 周りには誰もいないな!遅い時間で助かった!


「瀬流津!!」

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