第20話 家庭の事情
「兄ちゃん……兄ちゃん……兄ちゃん!」
彩夜の声でオレはベットから飛び起きる。
「やっと起きた。アニキが寝坊なんて珍しいね」
制服姿の彩夜がオレの目に映る。
やはり似合っているな!────じゃなくて、寝坊した!?
「今何時!?」
「もう7時半過ぎてるよ。学校大丈夫なの?」
「7時半!?大丈夫じゃない!!」
オレは大慌てでベットから出ると、急いで制服に着替える。
そして、財布を開けて五千円札を取り出す。
「ごめん、彩夜!朝昼晩はこれで何か買って食べて!」
「わかった。もし負担なら無理して弁当とか作んなくていいからね。……高校入ってからアニキ忙しそうだし……じゃあ、行ってくるね!!」
「いってらっしゃい!」
彩夜を見送りながらオレも急いで学校に行くための支度を整える。
すると、一階のリビングの方から焦げ臭いにおいがしている。
「もしかしてガスつけっぱなし!?」
しかし、においの原因はガスではなかった。
流し台に真っ黒の謎の物体が捨てられている。
「料理失敗したか……」
『彩夜ちゃんって不器用よね』
「そうな」
時間は遅刻ギリギリだが、このままこれを放置したら帰ってきた時に、家の中に悪臭が充満しているって事態になりそうだ。
オレは手早く流し台を掃除する。
『ねぇ?彩夜ちゃんが言う通り、無理に弁当とか……家事とかしなくていいんじゃない?そうすれば、ミッションに割く時間や寝る時間が増えるじゃない!』
「そういうわけにはいかない。彩夜は栄養管理してあげないと、好きな物ばっかり食べて不健康児一直線だからな」
『それは彩夜ちゃんが改善す──』
「それに、うちは両親が家にいないからな。
昔、彩夜はそのことでよく泣いていた。「なんでお父さんがいないんだ!」「なんで授業参加とか運動会とかに来てくれないんだ!」「なんで余所と違うんだ!」ってな。
誰が悪いってわけでもない。でも、母さんも泣きながら、ずっと彩夜に謝ってた。
そんな光景を見たから、オレが彩夜の親代わりになるって決めたんだ。もうあんな光景は見たくない、絶対に彩夜を悲しませないってな。
これはオレのためでもあるんだ。
だから、トーカには悪いが、もし仮に命を失うことになっても、彩夜を優先させてもらう」
『そこまでマジで言われたら、もう何も言えないわ!で?学校はいいわけ?』
「行きたくねーなー」
『ダメに決まってるでしょ!派手にやらかしたばっかなんだから!』
「だから行きたくねーんだよなぁ……」
オレは初日ぶりに走って学校へと向かう。
ふー。朝は遅刻かと思ったけど、これなら間に合いそうだな!
そう思った矢先、小学生のイジメの現場に遭遇してしまう。
タイムリーな……。
まぁ、イジメというよりは男の子が好きな女の子にちょっかいを出したという感じだろうか……。
このくらいの男の子にはありがちだな。
『あらら~、アピールしたいのはわかるけど、やり過ぎちゃったのね!』
ああー女の子は今にも泣きだしそうだし、男の子は男の子でどうしたらいいかわからずオロオロしちまってるな。
しょうがない。
『ちょっと!また、助けるの!?遅刻するわよ!』
「見て見ぬふりはできないだろ!」
『もう!』
オレは屈んで泣きそうな女の子に目線を合わせる。
「どうしたの?」
だが、オレの質問に返答したのは男の子だった。
「俺がこいつのランドセルを投げたら、木に引っ掛かって取れなくなっちゃって」
「なるほど……」
上を見上げるとランドセルが木のかなり高いところに引っ掛かっている。
よくあんなところまで投げたもんだ。
「よし!兄ちゃんに任せろ!」
「ほんと!?」
「ごめんなさい……」
女の子には明るさが戻ったな!
男の子もちゃんと謝れて素直じゃないか!
こいつは失敗できねーな!
「ちっと離れてろ」
オレは小学生たちの安全を確保すると、鞄を置き、助走距離をとる。
そのまま一気に加速して、木を蹴り、三段跳びの要領でランドセルに手を届かせる。
よっし!一発!!
「お兄ちゃんありがとー!!」
「ありがとうございます!」
「おう。次は気を付けろよ!」
「はい!……ごめんね?」
「いいよ」
うん。謝罪もできて偉い偉い!
もうアプローチの仕方間違えんなよ~。
声には出さないけど。
『やっぱ小さい子は素直に謝れて、すぐに許してあげられるからいいわよね~。微笑ましい。大人になると無駄にプライドが高くて謝れない人、山ほどいるものね~』
「オレは謝れるけどな」
小学生を助けていたオレは無事に遅刻した。
遅刻したオレは昼休みに職員室へと呼び出された。
「入学式と合わせてこれで三回目だぞ!」
「すんません」
「遅刻理由はなんだ?」
「小学生を助けてました」
「なんだその言い訳は!?」
先生の怒声が職員室の外に聞こえるほど大きな声で響く。
もうちっとボリュウーム抑えてくんねーかな?これじゃあ注目の的だよ!
オレが恥に耐えていると、そこに救世主が現れる。
「先生、湾月くんの言ってること本当ですよ。私見てました」
「藍川か。それ本当か?」
藍川?
オレは後ろを振り返る。
そこには同じクラスの藍川楚麻理が立っていた。
「はい。本当です。木に引っ掛かったランドセルを湾月くんが取ってあげてました」
「そうか……。なら今回の遅刻は不問とする」
「あざます!」
「ただ、今度からもうちょっと余裕をもって登校するように」
「はい」
藍川のおかげでオレは早々に職員室から釈放された。
「助かったよ、藍川さん!ありがと!」
「気にしないで、本当のこと言っただけだから!」
「それでもだよ。きっと藍川さんがいなかったら、オレの言い分を信じてもらえなかったし!そうだ、よかったら今度お礼をさせてよ!」
せっかく固く閉じこもってた攻略対象者と繋がりができたんだ。ここは多少強引にでも次に繋げないと!
「え?いいよ!いいよ!そんなの、ほんとに大したことしてないし!じゃ、じゃあ私行くね?」
それだけ言い残すと藍川は走って行ってしまった。
『振られたわね!…と言うか、かなり警戒されてるんじゃない?』
「みたいだな……」
『できるだけ会話もしたくないって感じだし、これはなかなか厳しいわね』
藍川にオレ嫌われるようなこと何にもしてないよな?
クラスで浮き気味ってだけで、そんなに警戒されんの?
これはガチで、攻略対象にしない方がいいな。
ただ、助けはしてくれたんだよな……。
うーん。オレ本当になんもやってないよね?忘れてるだけ?
あー、ゲームみたいに心の声が聞こえるようになってほしい。
いや、切り替えろ!
今は瀬流津に集中するべきだ!!
放課後、オレはいつもと違い屋上で時間を潰す。
どういうわけか、テスト期間でもないのに、桔梗が図書室に陣取っていたのだ。
トーカは『せっかくのチャンスなのに、なんで声掛けないの!?』と騒いでいたが、そういうわけにはいかない。
確かに、桔梗律の好感度を上げるチャンスではある。
しかし、あそこには陰浦栞がいるのだ。
ここ1か月の調査で、初恋がまだの奴は人間関係になんらかの問題を抱えている奴が多いことがわかった。
そして、陰浦栞は重度のボッチ!どう見ても人間関係に問題を抱えている。
つまり攻略対象になり得るということだ!
そんな陰浦の前で、桔梗と親密度を上げる愚策は取れない。
と言うことで、オレは屋上で時間を潰している。
『バスケ部終わったわよ!』
ゲームに興じていると、トーカからバスケ部の活動が終わったと報告が入り、オレは体育館へと移動する。
『前と変わってなかったらほぼ必勝、変わってたらやばい、よね?』
「ああ」
『来ないってこともあるんじゃないの?』
「それはないだろう。練習のため毎日努力してた奴だぞ」
しかしこの日、瀬流津は体育館に現れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます