第17話 桔梗律との勉強会

 やばい!!

 ついに運命の定期テストが始まってしまった。

 土日のうち、土曜日は勉強会の予習のためゲームに使ってしまったので、勉強できたのは日曜日だけ。

 加えて、ここ二日間ほとんど睡眠をとれていないから睡魔が限界だ。


「それでは始めてください!」


 ギリギリの集中力を保ちながら、オレはテスト用紙をめくる。

 これは──



 ──終わった……。

 まぁ、一夜漬けなんて無理に決まってるよな。

 一夜漬けで問題ないとか言ってる奴は、まず間違いなく毎日コツコツ勉強していると、どの国の歴史書にも書いてある。


「鏡夜!テストどうだった?」

「それは残酷な質問やよ、瑠璃花。テストが終了した瞬間の湾月の崩れ落ち方すごかってんから」

「お前らは余裕そうだな」

「当たり前やろ。そもそも一学期の中間テストなんて範囲狭いんやから、一週間前から勉強しとったら普通は問題にならんやろ」

「ボクも毎日、予習と復習してるから大丈夫かな?」


 オレもミッションに対しては予習復習を真摯に取り組んではいるんだけどね。


「そうか……オレはもうダメだ……」

「あはははははは!!」

「だ、大丈夫だよ!まだ初日だし!明日以降の科目をがんばろ?」


 ああ~、弱った心に天使の優しさが沁みるぜ。

 それに比べてあの自称天使は!『テスト中はやることなくて暇だから、校内を散歩してくるね~』とか言ってどっか行きやがって!

 オレが絶望していると、詞が提案をしてくる。


「そうだ!もしよかったらこの後一緒にテスト勉強しない?」

「あー、うちはパス。明日の教科持ってきてないねん。それに人と一緒やと集中できんのよね」

「そっか、鏡夜は?」


 したい!まじで詞と勉強会したい!

 しかし……しかし……。


「すまん。実はこのあと用事があって……まじでごめんな」

「ううん。全然いいよ!急だったしね!」


 二人と別れるとオレは図書室に向かう。


「今日は来てないのか……まぁテスト期間中だし委員会も休みか」


 図書室には珍しく陰浦が来ていなかった。

 と言うか、テスト期間中でも図書室は人気がないな。


「こっちこっち!」


 桔梗が前と同じ席に座り、オレを呼んでいる。

 テストは散々だったが、こっからはミッション攻略だ。

 切り替えろ、湾月鏡夜。

 勉強会にもポイントはいくつかある。

 教え合いによる肩と肩が触れ合うほどの距離、真剣な横顔、さらに図書室のような大声が禁止されている環境ではささやき声も有効だ。

 下を向くことで垂れる髪を耳にかける姿は……オレには無理か。

 本来はおバカ系ヒロインの勉強を主人公が見てあげることで好感度があるイベントだから状況的には逆になってしまっているが、そこは仕方ない。


「遅いじゃない!」

「いや、桔梗さんが早いでしょ」

「そ、そんなことないわよ!」


 声でけーな、風紀委員。

 ここ図書室だぞ。

 まぁ、オレたち以外誰もいないからいいけど。

 まずは隣の席に座るだったな。

 オレは迷いなく桔梗の隣の席に座る。


「ちょ、なんで隣に座るの?」

「勉強教えてくれるんだろ?隣じゃないと教科書とか見づらいじゃん。もしかして嫌だった?」

「別に嫌じゃ…ないけど……」


 あぶねー。

 ここで拒絶されたら、肩の触れ合う距離も真剣な横顔をご破算になるところだった。

 オレは胸を撫で下ろす。


「そ、それで今日のテストはどうだったの?」


 そっかー当然その話になるよなー。


「その顔、ダメだったのね?」

「はい」

「休みの日に勉強してたのよね?」

「はい」


 日曜日だけだけど。


「まぁいいわ。早速やりましょ!わからないところは遠慮なく聞いていいからね!」

「助かりまーす」


 オレは早速真っ白な問題集を開く。

 なんだ、思ったよりも解けるじゃん!

 最初の数ページをスラスラ解いていたオレだったが、すぐにペンが止まる。

 全くわからん……。

 応用って言ってるけど、基礎のどこをどう応用したらいいんだこれ?


「ペン止まってるじゃない!」


 オレが悩んでいると、桔梗が少し体を傾け覗き込んでくる。

 まずい!

 肩はオレから合わせに行かなくては!こういうのは肩を寄せられた方がときめくらしいからな。


「この問題教えてもらってもいいか?」


 オレは即座に椅子ごと体を寄せ、身体を密着させる。

 オレと桔梗が触れた瞬間、桔梗が椅子を倒しながら勢いよく立ち上がる。

 やっちまった……。

 勢い余って肩どころか腕ごとピッタリ密着しちまったもんな……こういう反応されて当然だ……。

 いきなり身体を密着させるとか、完全に変態だよな。

 オレが悪い……オレが完全に悪いんだが……拒絶されたのはシンプルに心に来るな……。


「ちょ、ちょっと!いきなりなに!?」

「ごめん……ほんとに……ごめん……」

「なんで落ち込んでるのよ」


 そうだな。

 オレが凹むのはおかしいわな。

 と言うか、地の果てまで落ちた好感度を何とか取り戻すためにも謝り倒さねば。


「不快な思いをしたのは桔梗さんだもんな!……よし!殴ってくれ!」

「へ!?いきなりなに?湾月ってMなの?」

「いや、Mじゃご褒美になっちまうだろ!嫌な思いをさせちまったからな!気が済むまで殴ってくれて構わんっつてんの!」

「別に嫌だったわけじゃないわよ。ちょっとびっくりしただけ」

「ほんとか!?ほんとにほんとか!?」

「もういいでしょ!どこがわからないの!?」


 桔梗は椅子を立て直すとオレの勉強を見てくれる。

 よかったーーー!!

 もうダメかと思ったが、なんとか許してもらえたようだ。

 ふーーー。

 今日は向かい風の日だな。

 下手な小細工は止めて、赤点を取らないようにちゃんと勉強しよう。



『鏡夜!……鏡夜!……鏡夜!!』


 トーカの声でオレは目を覚ます。

 寝てたのか……って勉強会中だった!!

 現在の状況を思い出したオレは慌てて体を起こす。


「わっ!?びっくりした!」

「ごめん!寝てた!?」

「う、うん。もしかして結構疲れてた?」

「寝不足と心地よさが重なってつい……」


 時計を見るとすでに3時間くらい経っている。


「結構寝てたな」

「ぐっすり寝てたから、少し寝かせてあげようかと思ったんだけど……起こした方がよかった?」

「いや、起こされても、またすぐ寝ちゃっただろうから。ありがと。それより、まじでごめん。せっかくオレのために勉強会を開いてくれたのに」

「ううん。気にしないで」


 やっちっまった……。

 一人すやすや睡眠とってヒロインを放置する恋愛ゲームがどこにあんだよ!


『お詫びになんか買ってあげれば?女の子はプレゼントに弱いってなんかで見たわよ!』


 確かにゲームでもプレゼントをあげると好感度が上がっていたし有効な方法か。

 ただ、あれってサプライズ的な何かだったよな?

 物で失態を帳消しにしてもらうのってどうなんだ?

 ん~。ここはふわっと。


「なぁ桔梗さん、その~寝ちまったお詫びがしたいんだが、なにかある?」

「え?別にいいわよ、そんなこと」

「いや、遠慮しなくていいぞ」

「えー。ちょっとだけ考えさせて」

「おう!」

『これは次に繋がるんじゃない!?アタシのファインプレーね!』


 はいはい。

 これで下がり切っているであろう好感度が少しでも持ち直してくれればいいんだが……。

 さて、明日の赤点はなんとしても回避せねば。

 それからオレと桔梗は陽が傾き、空が茜色に染まるまで並んでテスト勉強をした。

 土曜日をまるまる潰して予習したゲームの内容は全て失敗に終わったが、しょうがない。


「あのさ」


 帰り際の駅のホームで桔梗が話しかけてきた。


「ん?」

「あ、明日も勉強会しない?結構集中できたし!それにあんたも私がいると便利でしょ!どう!?」


 願ってもない提案だ。

 期せずして、今日のリベンジのチャンス!これを逃す手はない!


「ぜひ!こっちからお願いしたいくらいだ!」

「そう!じゃあまた明日ね!」


 桔梗は言い終わらないうちに走って行ってしまう。


「ホームこっちじゃなかったのかよ……」

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