第11話 1on1

 放課後に瀬流津とバスケの練習をしようと約束したオレはそれから毎日、体育館に足を運んだ。

 初めは軽い運動のつもりで制服で練習していたのだが、瀬流津から「体操服でやろうよ!」と言われたので毎回体操服に着替え、それなりにハードな練習もするようになった。

 おかげで授業のバスケがかなり楽だ。


「体育の授業、湾月くんすごいってちょっと話題になってたよ」

「瀬流津さんの教え方が上手いおかげだよ」

「そうかな~、えへへ」

「それに、瀬流津さんも授業中かなり話題になってるよ」

「私はバスケ部だからね!みんなより動けるのは当然だよ!」

「それでも、女子からもかっこいいって評判だよ」

「え~。なんか恥ずかしいな」


 まぁ、それ以上に男子からの注目がすごいんだが……。

 瀬流津はグラビアアイドル顔負けのナイスバディだからな。

 ただでさえ、男子の目を引くというのに、それが飛んだり跳ねたりするバスケともなれば、正常な男子が気になってしまうのは致し方ないだろう。

 高嶺の花過ぎるのとバスケ一筋のせいで、男子陣が手を出しづらくなってるのが、追い風だな。


「湾月くん、結構動けるようになってきたでしょ?」

「そうだな」

「今日はちょっと1on1して見ない?」

「1on1?」

「そう。お互いに三回ずつオフェンスして多く決められた方が勝ち。どう?」

「いいぜ!師匠越えのチャンスってわけだ!」


 オレが呼吸を整えてると、普段興味なさげなトーカがスーッと寄ってくる。


『気合い入れてるけど、勝ったら放課後の練習無くなっちゃうかもだし、手抜いた方がいいわよ?』

「逆だよ。下手に手抜きしたら失望されかねん。それに本気でやっても勝てやしないよ、歴も努力の量も違う」


 オレの予想通り全く持って歯が立たず、結果は惨敗であった。


「まさか、一本も取れんとは……」

「何年も頑張ってきたんだもん!そう簡単には負けられないわ!」

「最後のあの動きなに?結構上手く守れてたと思ったのに」

「あれはターンアラウンド・フェイダウェイって言って、私が一番好きなムーブなんだ。私より背が高かったり、ディフェンスが上手い選手にも有効でね、この技があると選択肢が増えるから相手も守りにくいの!それから──」


 すごい楽しそうに語るな。ほんとにバスケが好きなんだな。


「あっ!ごめんね。私ばっかりしゃべっちゃって、面白くないよね?」

「そんなことないよ。それにオレは瀬流津さんが楽しそうに話してる話聞くの勉強にもなるし好きだよ」

「そ、そう。……も、もう時間遅いねっ!今日は終わろっか!」


 オレは時計を確認する。

 いつもよりちょっと早いが、まぁ瀬流津にも用事があるかもだしな。

 そう言えば、瀬流津とはバスケのことしか話したことないな……。

 ちょいと雑談でも振ってみるか。

 オレは体育倉庫の中で着替えている瀬流津に、扉越しに話しかけてみる。


「ねぇ瀬流津さん、気になったこと聞いていい?」

「なっ、なに?」

「瀬流津さんってバッシュをローテーションしてるよね?」

「うん。その方が長持ちするって聞いたし、それに匂いも……」


 やっぱりな、激しい運動をする以上匂いは気にするよな。

 ただ、それだと──


「そのシューズ入れは?市販のシューズケースって感じじゃないし、お気に入りとか?」

「実はこれね、私が中学の頃に初めて全国大会に出場できるってなった時に、妹が「頑張れ!」って言って作ってくれたものなの」


 妹さんが作ってくれたものなのか!?そいつは大切な物だな。

 やはりプレゼントしたものは使ってもらえるほうが嬉しいのだろうか?

 オレは彩夜がくれたものは、全て大切に保管しちゃってるもんな。


「そっか、だから毎日そのシューズ入れなのか?」

「うん。一番大切な物かな?」


 瀬流津さんにも妹がいるのか。

 どおりで教えるのが上手いはずだ。

 姉妹仲も良好そうだし、今度は妹談議でも振ってみるかな。

 ん?

 って結局雑談の内容もバスケに関してのことじゃん!何やってんだオレ!

 オレがやらかしに気付いたところで、着替え終わった瀬流津が体育倉庫から出てくる。


「お持たせ」

「ん。今度さ、さっき言ってたターンアラウンド・フェイダウェイ?ってやつ教えてよ!それで次こそ瀬流津さんから一本取るから!」

「ふふ。楽しみにしてる!」


 まぁいっか!バスケ以外の話はまた今度だな!

 いつものように体育館の鍵を用務員室のポストに戻し、オレは帰路につく。

 ふー。命が懸かっているとは言え、毎日毎日夜遅くに帰って朝早起きする生活はさすがに疲労が溜まってきたな。


「……しんどい」

『あんたがこのやり方選んだんでしょ?頑張りなさい!それに今のところ順調なんじゃない?』


 また、声に出てたか……。


「だといいんだがな……。正直バスケ以外の話はしてなし、ベクトルがオレに向いてきてんのかわからんのよな……」

『なに弱気になってんのよ!そのネガティブな感じアタシ以外の前で出さないでね!幻滅されちゃうわよ!』

「へいへい」


 実際、愚痴を溢せるトーカがいてくれてよかったな、このミッションは精神的にも肉体的にも参ってたかもしれん。

 ……いや、こいつがいなければこんな大変な目には合ってねーよ!危ない危ない!

 人はこうやって詐欺やら何やらに引っ掛かるんだな。オレも気を付けよ!


「ただいまー……ってお客さんか?」


 彩夜の友達が来てるのか?


『彼氏だったりして』

「ほう。ニワトリの飼料にでもするか」

『冗談よ!ほら、これってあんたの学校の靴よね?」


 確かに。

 オレはリビングへ顔を覗かせる。


「日菜?」

「あっ!やっと帰ってきた!彩夜ちゃんほったらかして何やってんの、鏡夜!?スマホにも出ないし!」

「日菜こそなんでいんの?」

「最近、あんたの帰りが遅いって彩夜ちゃんがうちに来たのよ!」


 彩夜が?彩夜はあんまり日菜と仲良くなかったと思うんだが……。


「だって、そこしか思い浮かばなかったんだもん」

「そっか。心配かけてごめんな?」

じゃ、鏡夜行ってたの?ここ最近ずっとらしいじゃない!」


 やべー。どうしよう。

 前回は誤魔化せたけど日菜がいる以上今回はそうはいかねーよな……。

 うおおおおおおお、オレの頭よ回れ!!!


「ねぇ?なに黙ってんの?もしかしてわたしには言えないとか?」

「いえ、そんなことないです」

「じゃあ、今の沈黙はなに?」

「その~この時間まで遊んでいたので言い出しにくくって……はい……」

「誰と?」

「え?」

って聞いてるの?その匂いの人物は誰?」


 匂い!?

 全然気付かなかった……てかどんな嗅覚してんだよ?


「もしかして女?」

「そうなの、アニキ!?」


 オレの危機管理センサーがビンビンに反応してる。

 これは、慎重に答えないと間違いなく惨事になる。


「る、瑠璃花詞です……」


 すまん詞!!


「つかさ?それ男?女?」

「確か鏡夜のクラスの男の子よね?すごいかわいいってうちのクラスでも話題になってたわ」

「ふーん」

「あの~、男とか女とか関係ある?」

「あるに決まってるでしょ!?こんな夜遅くに異性といたら問題って、いくらバカなあんたでもわかるでしょ!」

「だったら今の日菜はどうなんだよ……」

「わ、わたしはいいでしょ!!彩夜ちゃんに相談されたんだし例外よ!!」


 また、いらんとこで心の声が漏れたか。

 トーカのせいか最近こういうの多いな。


「とりあえず、もう遅いし日菜も帰れよ。幼なじみの家とはいえご両親心配するだろ」

「そ、そうね」


 ふー。嵐は去ったな。

 日菜が帰ったことで我が家に静けさが戻る。


「彩夜、ごめんな。心配かけて?」

「別に心配してないし」


 ごふっ。

 それはそれでダメージあるな。


「そっか……」

「ねえアニキ。もし……もしアニキに彼女ができたら、隠さないでちゃんと紹介してね……?」

「わかった。約束する」


 まぁそうだよな。

 オレが彩夜に彼氏がいるのかいないのかでヤキモキするんだ。彩夜だって当然気になるよな。


『日菜さんめっちゃ怖かったわね。目にハイライトがなかったわ!』

「まぁ外ではしっかり猫被ってるし、初恋は問題ないだろ」

『だといいんだけどね』


 ただ、怒らしちっまったからな、初恋相手を教えてもらえるのはまだ先になりそうだな……。

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