第10話 秘密の練習

 バスケ部の活動が終わったことを聞いて、オレは行動を開始する。


『それで?ここからどうするの?瀬流津さんが上級生にイジメられてるところをかっこよく助けて惚れさせるとか?』

「そんなことしねーよ。大体オレはヒーローじゃない。初恋とその記憶すら奪うコソ泥なんだぞ。悪いがイジメの解決はオレのやるべきことじゃない」

『そんなこと言って、ほんとは気にしてるくせに……』


 外はすっかり日が沈み、ほとんどの生徒がすでに帰宅している。

 これなら誰かに見られる可能性も低いな、上々上々。

 オレはそのまま職員室へと赴く。


「すんませーん」

「ん?湾月か。どうした?」

「外の体育館をちょっとだけ使いたいんですが」

「今からか?もう遅いぞ、何に使うんだ?」


 まぁ、いきなり「体育館を使わせてほしい」は怪しむわな。


「今、体育の授業でバスケをやってるんですが、放課後ちょっと練習したいんですよ!」

「おお!そうかそうか!不良生徒だと思っていたが、偉いじゃないか!?そういうことならいいぞ!終わったら鍵は用務員室のポストに返しておいてくれ!」

「了解でーす」


 これで鍵ゲット!

 あとは体育館で瀬流津が来るのを待つだけだな。


『鍵貸してくれるなんて、いい先生でよかったわね!』

「どこがだよ。普通教え子に面と向かって不良生徒とか言うか?」


 事実だけど。

 外の体育館は当然だが電気が消され、しっかり施錠されている。

 どうやらこの体育館を使っていた部活もすでに終了しているようだな。


「お邪魔しま~す」

『お邪魔しまーす!』

「真っ暗だな。電気どこだ?」

『ここよ、ここ!』


 トーカって夜目よめが利くのか?電気の場所に迷いがなかったけど……。

 ああ!瀬流津の監視してたから電気の場所把握してんのか!?

 あぶねー。言ってたらバカにされるところだった。


「トーカ、バスケットボールの場所ってどこだ?」

『確かあの倉庫の中よ。え?ほんとにバスケの練習するの?』

「当たり前だろ。何もせずにあなたを待ってましたなんてホラー過ぎて、瀬流津が逃げ出すだろ」

『確かに、アタシでも逃げるわ』


 オレはバスケの練習を始める。

 誰もいない体育館にダムダムとボールの跳ねる音が響き渡り、なんとも青春といった感じだ。


『へ~。結構うまいのね』

「そいつはどうも」


 運動は苦手ではない、むしろ得意なくらいだ。

 今回はその長所が活かせそうでよかったぜ。

 まぁ、最近ゲームばっかりしてたせいか、運動不足で体力的にはちょいきついが。


『鏡夜、たぶん瀬流津さん来たわよ!』

「オッケー」


 トーカの報告を受けてオレはわざとおぼつかないドリブルをし始める。


『なんで?下手な振りするの?』

「スポーツをやってる人間ってのは教えたがりが多いんだ。だから、下手だけど頑張ってる奴を演じれば瀬流津麗華も教えたくなるだろ。まずはそうやって距離を詰める」


 恋愛ゲームにはそう記されていたが、さあどうだ?


「…………」

『…………』


 入って来いよ!

 なに体育館の外でこっちの様子を窺ってんの!?隠れてるつもりかもしれないけど、バレてるからね!!

 瀬流津ってそんなに人見知りだった?

 いや、一度とはいえオレたち会話もしてるし、顔見知りだけどね!

 くそっ、情けない姿を増やすことになるけどしょうがない!

 オレは足元にボールをつくと、ボールに躓いて派手にコケる。


「いったっ!」


 くそぅ、振りのつもりがマジでイテー。


「だ、大丈夫!?」


 よーし!食いついてきた!


「ああ。大丈夫──って瀬流津さん!?どうしてここに!?」

「え?わ、私はいつもこの時間ここで練習してて……」

「そうなんだ」


 知ってるけど。


「湾月くんはどうしてここに?」

「いや~体育のバスケのために、ちょっと練習しとこうかと。実はあんま得意じゃなくて……」

「じゃ、じゃあ、もしよかったら私が教えてあげようか?」

「いいの!?」

「うん」

「ありがとーーー!!」


 オレは勢いに任せて瀬流津の手を握る。

 おいおいおい!「練習に付き合ってほしい」はこっちから切り出すつもりだったが、まさか向こうから申し出てくれるとは!まじでゲームの通りスポーツ好きは教えたがりなんだな!

 これはイケる気がしてきたぞ!!


「じゃあ早速頼む!」

「うん」


 瀬流津の教え方は想像以上にうまかった。

 オレは何となく感覚で体を動かしていたが、瀬流津の教え方にはきちんとロジックがあり、今までの努力の量が素人であるオレにも伝わる。

 段階に合わせて下手な振りをやめて、瀬流津の教え方がうまい!って方向でやるつもりだったが、こいつはオレがまじでド下手でも同じ状況になったかもな。

 瀬流津との練習は思ったよりも楽しく、あっという間に時間は過ぎていった。


「もう遅いしそろそろ終わりましょ!」

「そうだな。あのさ、迷惑じゃなかったらまた教えてもらってもいいか?」


 ここが最後の正念場。ここを断られたら、別の方法でアプローチするしかない。

 頼む!!


「もちろん!人に教えるって私の勉強になるし」

「ぃよっし!!……あ」


 しまったーーーー。

 正念場を乗り越えたことで、つい喜びの感情が外に漏れてしまった。


「いや、ごめん。断られるかもな~と思ってたから嬉しくてつい……」

「そそっ、そっか……。わ、私はこの時間毎日いると思うからよかったら来てね!」

「ああ。それと……」

「どうしたの?」

「できればこの練習のことは秘密にしておいてほしんだけど……」


 秘技「二人だけの秘密」。

 ゲームでも好感度を一気に上げることの出来る最強の技の一つだ。

 まぁ、その技抜きにしても、この後別の奴を攻略しないといけないことを考えると、瀬流津を攻略していることを他の奴にバレたくないしな。


「わかった。体育の練習ってちょっと恥ずかしいもんね」

「いや、できれば二人きりがいいな~って」

「あっ、えっと、うん……わかった……」


 よし!これで下準備は完了!

 これなら他にバレることもなく攻略を進められるだろう。

 後は徐々にオレを恋愛対象として見てもらえるようにするだけだな。


「じゃあ、後片付けはオレがやっとくから!」

「うん」

「ありがと!またな!」

「うん」


 オレは体育館に残り瀬流津を見送る。


『すごい演技力ね。役者になれるわよ。もう、一人攻略完了なんじゃない?』

「そんな簡単にいくかよ。恋心ってのはトランプタワーより崩れやすいんだ、慎重に進めるさ」

『まぁいいけど。それより、かなり遅い時間だけど、いいの?』

「あっ」


 オレは大慌てで自宅へ帰る。


「ただいま~……」

「遅いんだけどアニキ!!どこほっつき歩いてたの!?」

「すみません」


 彩夜が般若モードになっておられる。


「すみませんじゃなくて──!」

「とりあえず彩夜、リビングに行こ?風呂上がりのパジャマ姿で玄関にいると体に良くないよ?」

「わかった」


 今のうちに言い訳を考えねば。

 女の子攻略のために帰るのが遅くなりましたとか、素直に彩夜に言うわけにいかんし。

 というか、何とかこのまま誤魔化せないだろうか?


「夕飯どうする?」

「え?アニキ外で食べてきたんじゃないの?私適当に買って食べちゃったんだけど」

「あっそうなの。ちなみに何食べたの?」

「……」


 はあ~。しょうがない、ゴミ箱確認するか……。


「あっ!ちょ!」


 オレはゴミ箱を覗き込んで今日の彩夜の夕飯を確認する。

 うわ~。

 アップルパイにシュークリーム。夕飯のメニューじゃないだろ。

 彩夜は食事管理しないとこうなるんだよな~。


「たまにはいいでしょ!」

「そうだな。今回は兄ちゃんも勝手に遅くなっちゃたし、オッケーにしようか」

「やった!じゃあ、私もう寝るね!おやすみ!」

「おう。おやすみ」


 ふー。オレの帰りが遅くなった理由聞くの完全忘れてるな!

 明日から夕飯も朝用意して出よ。

 帰りが遅くなる報告も朝の時間に余裕のないタイミングの方がいいか。

 ただ、自宅で一人は彩夜寂しいだろうな……。


「ごめんな……」

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