第3話 最初の攻略対象
オレが職員室から解放された頃には、すでに入学式は終わり新入生たちはそれぞれの帰路につき始めていた。
校舎二階の窓から見下ろした校門付近には人だかりができている。
顔見知り同士ではしゃぐ人、親が迎えに来ている人、記念写真を撮る人、さまざまな人で校門は非常に賑わっている。
早く解散してくれないだろうか?今日のやらかしを考えると人で込み合ってるあそこを通るのはかなりハードルが高いのだが……。
オレは誰もいない静かな廊下で一人、校門前から人がいなくなるのを待つ。
まぁ、こういう空間のこういう時間も乙なものだな。
『まさかあんたがこれほどバカだとは……』
「うるせー」
そうだこいつがいた。
今のオレはどこに行っても一人になれないんだった。
『ここそれなりの進学校なんでしょ?どうやって受かったの?』
「今回のやらかしと頭の良さは関係ないだろ!」
『いーや、行動と学力はある程度比例するわ!地頭がいい人は学力も高いもの。で、どうやって受かったの?まさか、裏口!?』
「うちにそんな金もコネもねーよ!……マークシートだったんだよ」
受験で全ての運を使い果たしたか、ちくしょう!
トーカの小言を聞き流しているうちに、校門の前から人が散った。
思ったより早かったな。
オレが人気のなくなった校門から帰宅しようとすると、トーカに止められる。
『ちょっとだけ校舎を探索しましょ!』
「いや、帰ろうぜ。いらんことして初日に二度も怒られるなんて真似したくないんだけど」
『怒られるのと地獄行きどっちがいいのよ!今のうちにいい感じになれるスポットを探しとけば、目標達成に有利でしょ?』
「いい感じになれるスポットってなんだよ?」
『そりゃ、空き教室とか保健室とか体育倉庫とか音楽室とか』
「音楽室?そのチョイスで?」
『そうよ。グランドピアノの上で──』
「ねーよ!」
天使の発想ってこんなんなの?随分と俗だな。
「はあ~、まぁ校舎の構造知っといて損はないし、いいか」
『やったー!』
こいつが見て回りたかっただけじゃないよな?
オレはトーカに従って校門を出ずに、校舎裏に続く脇道に入る。
「そう言えば聞いてなかったけど、目標達成てどうやって判定されるんだ?」
『説明したでしょ。初恋ポイントを貯めて脇腹のハートマークが──』
「そうじゃなくて。初恋ポイントはどの段階で貯まってくんだ?告白?交際?結婚?」
『そういうことね!初恋ポイントはターゲットの女の子が初恋が成就したと思ったら貯まるのよ。だから、勘違いや、洗脳でもオーケー判定になるはずよ』
「洗脳て、物騒な……」
『一番わかりやすいのはキスじゃない?キスって人前でも問題ないわりに幸福度高いみたいだし。初恋のゴールって感じするじゃない?』
「初恋のゴールがキスね……」
オレがボソッと呟いたタイミングで背後からパキッと枝が折れる音が聞こえる。
やっば、トーカとの会話を聞かれた!
オレが慌てて振り向くと、そこには翁草高校の制服に袖を通した一人の少女が立っていた。
少女の名前は
家が隣通しであり、親同士が仲良かったことから物心ついたころから傍にいた、いわゆる幼なじみという存在である。
その日菜の目にはオレの見間違いでなければ、うっすらと水滴が溜まっている。
「ひ、日菜……」
トーカとの会話聞かれてたか?
「大丈夫なの?」
「え?」
「トラックに轢かれたんでしょ!?大丈夫なの!?」
「おおう。大丈夫だぞ。ピンピンしてる!」
「そう。ならいいんだけど」
セーーーーーフ
事故のこと心配してくれていたのか……。
中学に上がった頃くらいから若干疎遠になっていたから、これは予想外だったな。
「なんか久しぶりにしゃべったな……」
「そ、そうね。……その~誰と喋ってたの?」
「え?あ、いや、別に…独り言だけど……」
「ふーん。じゃあ、初恋とかキスって?」
聞かれてた~~~~!
どうする、どうやって誤魔化す!?
あん時のオレのラストのセリフは「初恋のゴールがキスね……」……。
くるしいいいいいいいいいいいいいい!独り言にしては恥ずかしすぎるだろーーーー!!
やばい、穴があったら今すぐにダイブしたい!
いや、恥ずかしがってる場合ではない、なんとか言い訳を──。
『鏡夜!鏡夜!』
うるせーな、この天使!今は頭の中フル回転中なんだよ!茶々入れんな!
『鏡夜!この女の頭の上!!』
あ?日菜の頭の上?
なっ!?
オレが日菜の頭上に視線をやるとそこには円錐状の矢印、初恋マーカーが浮かんでいる。
「まじか……」
「えっ!?なに!?」
まさか本当に高校生で初恋がまだの奴がいるとは……。
しかもこんな身近に!
正直、小学生くらいを当たらなきゃダメかな~とか思っていたから、こいつは
となると、さっきの日菜の質問、オレが協力関係になるためには誤魔化すのではなくある程度真実を伝えてしまうのが吉。
「実はな、
初恋マーカーが出ている以上、解答がノーということは当然わかっている。
だが、これでいい。
ここで、協力姿勢を見せておくことで、のちのち日菜に好きな人ができた時、オレに協力を仰ぎやすくしておく。
我ながら頭が冴えてるぜ。
「な、なんでそんなこと聞くの?」
えーい、まどろっこしいな。
理由なんてなんでもいいだろ!
「まぁ、気になるからかな」
「ふーん。わたしの好きな人気になるのか……」
「ん?えっ!?好きな人いるの!?」
「え!?あ、まぁ、その~……いるけど……」
「そ、そうか……」
オレは動揺がバレないように日菜に背を向ける。
聞いてた話と違うじゃねーか!
初恋まだの奴にマーカーが出るんじゃなかったか!?
日菜は現在進行形で恋してるじゃん!
動揺で声を震わしながら、オレは小声でトーカに確認を取る。
「おい、どうなってんだ?初恋終わってんじゃねーか」
『終わってないわよ!彼女は今絶賛初恋中ってことだもの!だから、これは千載一遇のチャンスよ!気張りなさい!』
なるほど……。ってこれオレの勘違いか?こいつの説明不足じゃねーの?
まぁいい。段階が早まっただけだ、なんの問題もない。
オレは日菜の方へパッと振り返る。
「よし!その恋オレが協力しよう。で、相手は誰だ?」
「それは……まだ内緒」
は?なんだそれ?
まぁいい。今の言い方的に協力関係は受領してもらえているんだ。結果を急いて協力関係が崩壊することの方が愚策。ここは見に回ろう。
「わかった。話してもいいと思ったら教えてくれ!力になるから!」
「えっ?あ、うん」
オレは握手を求め手を伸ばす。
その手に応え、日菜がオレの手を取る。
<ターゲット登録完了。リセットポイントが設定されました>
「は?」
「なに?」
しまった。唐突なことでつい声が出てしまった。
「ああ、いや。なんでもない」
「なんでもなくはないでしょ?なに?鏡夜から手を差し出しといて手を握られるのが嫌だったとか?」
シンプルな誤魔化しは無理か……。
こういう時の日菜は引かないんだよなぁ。
しょうがない。相手を傷つけず、それでいて納得のいくような理由を──。
「手を繋いだのは小学生ぶりだったから……その~……まぁいいだろ」
「そ、そう……」
はい完璧!
男子高校生としては当然の理由。女子としてもキモさはともかく納得はできるだろ。
やはり、今日のオレは冴えている。それよりも──。
オレが睨むとトーカはサッと顔を背ける。
こんのクソ天使……。
「鏡夜はこのあと用事とかあるの?」
「特にないけど?」
「じゃあ、一緒に帰らない?」
「おう」
入学式の日からド派手にやらかして地獄行き回避は絶望的だと思っていたが、いきなりターゲットと接触できるとは。
オレの運もまだまだ捨てたもんじゃないな!
それと──説明不足のポンコツ天使は後でこってり絞ってやる。
オレは校舎チェックを中断し、日菜と帰宅する。
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