第2話 最低の滑り出し

『病院の手続きって長いのね』

「そうだな」

『それにしても、あんたのお母さん美人だったわね!きっと高校生でもイケるわよ!』


 いや、絶対無理だよ!

 てか、制服姿の母親を想像しそうになる発言はやめてくれ。


「母親のべた褒めは息子としては返答に困るわ。てか、お前オレ以外には見えてないのな」

『声も聞こえてないし、なんだったら壁もすり抜けられるわよ』


 そう言うとトーカはするりと壁をすり抜けて見せる。


「その特徴は幽霊では?」

『天使だって言ってるでしょ!』


 事故の後遺症がないか朝一で検査した後、オレはこれから3年間お世話になる私立翁草おきなぐさ高等学校こうとうがっこうへと向かう。

 制服や荷物などは母親に持ってきてもらった。

 まさか、高校初日を病院から通うことになるとはな。人生わからんもんだ。

 それと、人間の慣れというものは恐ろしいもので心臓が飛び出るほど驚いた頭上を飛び回る女の子が、今は多少鬱陶しいくらいで特に気にならなくなっていた。


『ちょっと!早くしなさいよ!早く高校に行かないとターゲットが減っちゃうじゃない!』

「だから走ってるだろ!て言うか、別に恋に落ちる瞬間にその場に居合わせなくちゃならないわけでもないんだろ?初日から初恋を実らせられる奴は高校生まで恋してませんなんてならねーよ。それに恋を手伝わなきゃならないんだろ?その場にいても意味ねーんじゃねーの?」

『そうとも限らないじゃない!』


 朝からトーカと言い合いをしていると泣き声が聞こえてくる。


『あっ!ちょっと、どこ行くのよ!』


 泣き声の主は女の子であった。

 黄色の学童帽を被ってるってことはおそらく今日初登校の小学生だろう。

 道にでも迷ったかな?

 周囲の人は可哀想な視線を向けはするが助けようとはせず、道を急ぐ。

 当然だな。

 みんな学校や仕事があるのだ、他人の面倒事に関わっている暇はない。それに、小さい子に声を掛けて事案扱いされたらそれこそ面倒だ。

 それよりも女の子の頭上に円錐状の矢印のようなものが浮いている。


「なあ?あの子の頭の印みたいなのなに?」

『あれは初恋マーカーよ。初恋がまだ叶う可能性のある人にはああやって目印が付いてるの』


 なるほど。よくよく周りを見渡すと付いてる人と付いてない人がいるな。

 そして、やっぱり比較的若い人の方が初恋マーカーが多い。

 なんかゲームみたいだな。

 まぁどうせすぐ慣れるだろ。


「どうしたの?」


 オレは泣いてる女の子にしゃがんで声を掛ける。

 ギャン泣きになるのは頼むから勘弁な~。

 オレの願いが通じたのか、女の子は必死に涙を止めようとしゃくりあげながらオレの顔を見る。

 涙で視界が歪んでるのが幸いしてるかな?オレの顔はあんまり優しくないからな……。


「みんなと……はぐれちゃって……ひっく……学校の行き方……ひっく……わかんなくなっちゃった……ひっく」

「そっかそっか。そいつは不安だったな。そうだな~学校の名前わかる?」

「……わかんない」


 そうだよな~。小学生が初登校で学校名覚えてるわけないよな~。

 この辺にある小学校は2ヶ所。

 あまりいい方法ではないがやむを得ん。


「じゃあ、どっちの方から来たかわかる?」

「あっち」


 ふむ。なるほどこの角度だとおそらく第一小だな。


「ちょっと待ってね」


 オレは鞄から紙とペンを取り出すと簡単な地図を描く。

 我ながら素晴らしい記憶力と芸術力だ。これであれば問題なく辿り着けるだろ。


「はい。どうぞ」


 地図を手に取った女の子は地図とにらめっこしている。

 が、オレの顔を見て首を振る。


「わかんない……」


 そうだな、いくら素晴らしい地図であっても地図が読めなければ意味がないな。

 しょうがない。


「そっか、じゃあ兄ちゃんが案内するよ」

「ほんと!」

「ああ。ちゃんとついておいでな」


 オレが歩き始めると女の子は素直についてくる。

 あまりにも危機意識が低いような感じがするが大丈夫なんだろうか?

 歩行速度をかなり落としているんだが、これでちょうどいいとは……こりゃ初日からかなりの遅刻だな。

 しばらく歩いていると女の子がもじもじと声を掛けてくる。


「あ、あの……」

「どうしたの?」

「手……」


 みんなとはぐれて一人迷子になるという怖い思いをしたからな、手を繋いで安心したいのだろう。


「どうぞ」


 オレがスッと手を差し出すと、嬉しそうにパッと明るい表情を見せ遠慮気味に制服の袖を摘まむ。

 かわいい。

 これが父性というものなのだろうか?

 それにしても、小学生でありながらこの魔性、末恐ろしいな。

 オレがロリコンだったら危なかった。

 仲良し兄弟とでも思われているのだろうか?周囲の微笑ましいものを見る目が少しこそばゆいな。

 まぁ、不審者として怪しい目を向けられるよりは何十倍もマシだが。



 オレは無事に女の子を小学校に届けるという任務を遂行した。

 先生たちにあれこれと詳しく聞かれたがそれはしょうがない。関係ない人間が小学生女児の手を引いて学校にやってきたのだ、警戒しなければ職務怠慢というものだろう。

 どこぞの堕天使のように。

 それなりの時間も奪われ、入学式には100パーセント遅刻だが、それも含め甘んじて受け入れるとしよう。

 あのまま見捨てていたら今晩スッキリとした気持ちでベットに入れないからな!

 それに、幼女様より「お兄ちゃんありがと!」のお言葉をいただけたのだ、むしろプラスであったと言っても過言ではない。


『名前聞かなくてよかったの?』

「は?聞くわけないだろ」

『なんで?』

「なんでって、無意味に小学生女児に名前聞いたら完全に事案だろ!それにもう関わることはないだろうから覚えておく必要ないしな」

『なーんだ。てっきり攻略対象にするのかと思ったのに。ただ助けただけなんて、あんた想像以上にお人好しね。そんなんだと損するばかりよ』


 お人好し、損な性格、この15年間何度も聞いた言葉だ。

 だが、オレは周囲の思うような人間じゃない。

 オレは、気分よくありたいから、モヤモヤした気分になりたくないから人助けをしている。言い換えれば、自己満、偽善である。

 そしてはオレはそんな自分を間違っていると思っていない。


「オレの座右の銘を教えといてやる。やらない善よりやる偽善。情けは人の為ならず。オレはそういう生き方をするって決めてんの」

『……知ってるわよ』


 予想外の出来事で時間を食ったオレは走って高校へと向かう。

 高校ではすでに入学式が始まっており、生徒の姿はもちろん先生の姿も見えない。

 確か入学式は体育館でやるって言ってたよな。

 オレは息も整えず、体育館の扉へ手を掛ける。


「あれ?開かない?」


 鍵がかかってる?そんなわけないよな?

 そんなことしたら緊急時に速やかな行動ができないもんな。

 しかし、オレがいくら手で押しても引いても体育館の扉はビクともしない。

 痺れを切らしたオレは扉に足を掛ける。

 開けつってんだろーーーー!!


 バンッ!


 完全にやってしまった。

 超が付くほど大きな音を立てて扉が派手に開く。

 体育館内にいた全員が大きな音に驚き、オレを方を見ている。

 偉い人のお話し中だったかな?異様に静かなうえに、壇上に立っている白髪のおじさんはポカンと口を開けてフリーズしている。

 今のオレはバラ色の高校生活の開幕を告げる晴れやかな入学式に遅刻をかまし、あろうことか扉を蹴り開けて乱入したやばい奴にしか見えていないだろう。

 くそぅ!この静寂、火力が高いぜ!


「なんだお前は!こっち来い!」


 オレは体育教師と思われる屈強な体躯をした二人組に体育館の外へ摘まみだされ、職員室にてこってりと叱られた。

 トーカに出会った時点でオレの運が下降線を辿っている気がしていたが、これほどだとは……。

 オレのバラ色の高校生活は開始早々モノクロスタートが確定してしまった。

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