となりの猫の猫目さん
僕、
同じクラスの女子生徒、
ホームルームでの席替えで、なんと……
猫目さんと隣同士になってしまった!
「にゃむにゃむ……」
窓際の席の彼女は、授業中だというのにスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。
「……」
耳だけは先生にかたむけつつ、視線は寝ている彼女に向ける。
綺麗なショートボブの黒髪に、尻尾みたいな長めの
机に突っ伏してはいるが、腕で隠しきれていない幼げな横顔がちらりと見えて、庇護欲をそそられる。
まるで陽だまりで丸まっている猫のようだ。
(可愛いな……)
うっかり彼女の寝顔に見惚れていると、
「次、猫目さん。ここ読んでください」
ほぼ熟睡中の猫目さんが指名されてしまった。
「……ん」
彼女は目を覚ましたが、寝ぼけていて教科書のどこを読めばいいのか分からないらしい。
「猫目さん、ここだよ」
僕がどこを読めばいいのか教えてあげると、猫目さんは無事に読み終え事なきをえた。
「好野、ありがと」
猫目さんは朗読を終えると、僕に寝ぼけまなこなままで微笑みかける。
「う、うん……」
僕はその愛くるしい笑顔に、胸を高鳴らせた。
思いもよらぬハプニングだったけれど、彼女との距離が少し縮まった気がして、嬉しくなった。
◇
キーンコーンカーンコーン、と昼休みを告げるチャイムが鳴る。
さて、お昼ご飯にしよう、と弁当箱を取り出す。
今日のメニューは何だろうかとワクワクしながら包みを開けようとしていると――
「じー」
隣から何やら視線を感じた。
見てみると、猫目さんがうらやましそうに僕のお弁当を見ている。
「猫目さん?」
「……」
「お昼、食べないの?」
「……」
聞いてみたけど、彼女は黙り込んだままだ。
「もしかして、お弁当忘れちゃった?」
「うん」
猫目さんはこくりと小さくうなずきながら言った。
言葉は少ないながらも、こういう日常の仕草がいちいち可愛くて仕方ない。
僕はちょっとした下心も兼ねて、彼女に提案をしてみることにした。
「もしよかったらさ、一緒に食べる?」
猫目さんは名前の通りの大きな猫目をさらに大きく見開いた。
「……いいの?」
「うん。僕が育ち盛りだからって親がたくさん作ってくれてるから、半分くらい食べてもらってもへいきだよ」
僕が言うと、猫目さんはぱあっと顔を明るくした。かと思えば……
「こっち」
「え!?」
彼女は僕の手をつかんで教室の外に歩き出した。
僕は彼女の奇行と、はじめて触れた猫目さんの小さくて柔らかな手の感触に、どきどきしっぱなしだった。
◇
猫目さんに連れて来られたのは、日当たりの良い校舎裏。
(な、なんでこんなところに連れてこられたんだろう? もしかして告白とか? そんな、いきなり……?)
僕はわけも分からず混乱していた。
「あのさ、猫目さん、ここって……?」
「うん。そう」
えっ、やっぱり告白!? と心臓が跳ねた。が、
「私のお気に入りの場所。ここでお昼食べる」
続いた彼女の言葉に「なんだ、そういうことか」と肩を落とす。
「おひさま、きもちい……」
猫目さんは人の気も知らずに、草っぱらの上に腰かけて伸びをした。
気持ちよさそうに目を細めるのも、身体をぐんと伸ばしている姿も、やっぱり猫みたい。
「……!」
けれど、伸びをしたことで強調された、しっかりと人間の女の子だと分かる部分が目についてしまい、僕はふいっと目を逸らした。
(猫目さんって可愛いだけじゃなくて、スタイルも良いんだよな……そんな美少女が今まさに隣に居て、その子と今からお昼だなんて……)
急展開について行けず、ジェットコースターな感情を落ち着けるために、しばらくそっぽを向いていると。
「ねえ。食べよ?」
伸びを終えた彼女に、くいっと手を引かれた。
座れということらしい。
「う、うん」
僕は彼女の隣に腰かけて、お弁当を広げる。
目の前に並べられたそれを見て猫目さんはクンクンと鼻を鳴らした。
「いいにおい」
「でしょう? ウチの親、料理がうまいんだ。さあ、どれでも食べてよ」
……と言ったところでハッとする。
(おはしが一人分しかない……!)
ご飯はラップで包んだおにぎりだから手で持てるとして。
おかずまで素手というわけにはいかない。
こうなったら、おにぎりだけで我慢してもらうか。
「猫目さん、やっぱり――」
「たまごやき、ちょうだい」
「ごめん。おはしがひとつしか――」
「あーんすればいい」
(いやいやいや、平然と言うな―――ッ!!)
そんなツッコミが届くはずもなく、猫目さんはすでに可愛い口を開いて「あーん」している。
こうなったらもうやるしかない。
「じゃ、じゃあ……」
そう言って彼女の口元までたまごやきを運ぶ。
「あむ……おいひい」
猫目さんは感想を述べると、ふにゃんと顔を緩ませた。
(やばい、可愛すぎる)
僕まで顔をほころばせていると、彼女が何かハッとしたように眉を上げる。
「それ、なに?」
「ああ、これね」
猫目さんが見つめたのは、保温ボトル。
「味噌汁だよ。飲む?」
こくりとうなずく猫目さん。
カップを取り外し、味噌汁をそそぐ。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
カップを受け取った猫目さんが味噌汁をすすると――
「あつつ」
(猫舌かい)
もはや安定の猫っぽさに、生えているはずのない猫耳を彼女の頭部に幻視する僕だった。
◇
それからしばらく。
「おいしかった」
「それはよかったよ」
満足そうにお腹をさする猫目さんを見て、僕も一緒になって満たされた気分だったのだが……
(この後、なにを話せば……?)
女性経験皆無な僕は、会話のネタをひねり出すのに必死になっていた。
ああそうだ、と、やっとのことで思い立ち口を開く。
「猫目さんはどうしてここが好きなの?」
この場所は彼女のお気に入りの場所だと言っていた。
ならば、その理由が何かしらあるはずなのだ。
「おひさまがきもちい。あと、」
そう言って彼女は辺りを見回した。
僕も一緒になって見回すと――
「ニャー」
「! 猫?」
一匹の黒猫が僕らの方へ向かってきた。
「この子と遊ぶ」
どうやら猫目さんは、この黒猫と仲が良いらしい。
「なでなで」
彼女は黒猫の頭を撫でると、天使のような優しい笑みを浮かべた。
(尊い……)
僕はその光景を、心のシャッターで連写して永久保存した。
しばしその様子を眺めていると、今度は僕の方に黒猫が寄ってくる。
「おっ……?」
黒猫は僕の膝の上で丸くなり、ゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らした。
「可愛いね……」
僕がそう言って黒猫を撫でると、隣から強い視線を感じ、振り向く。
「むすーっ……」
そこにはジト目で僕を見る猫目さんがいた。
どうやら仲良しの黒猫をとられて怒っているようだ。
「ずるい。私も」
「ご、ごめん。ほら」
このとき僕は、膝を開いてわずかに猫目さんの方を向いた。
あくまでも彼女が黒猫を受け取れるようにするために。
しかし猫目さんは立ち上がり、猫を僕の膝から抱き上げると――
「よいしょっと」
(!!?)
猫を抱いたまま、僕の両膝の間に腰を下ろした。
これにより、猫を抱く猫目さんを、僕が抱きしめているかのような姿勢になった。
(いや、あんたが抱かれたかったんかーい!!)
猫目さんがうらやましがっていたのは「猫を抱く僕」ではなく、「僕に抱かれる猫」の方だったのだ。
猫目さんは背中を僕の胸に預け、黒猫をなでなでし続けている。
(はあ、めっちゃいい匂いする……)
猫目さんのうなじからは、思わず顔をうずめてすんすんしたくなるような、おひさまの香りがした。
(って、いかんいかん!)
僕はうなじを嗅ぎたいという欲求を必死で抑えようとした。が、それを妨げるように猫系美少女は――
「んうー……好野のにおい、すき。安心する」
そう言ってさらに背中を密着させてきた。
猫目さんの華奢な体が僕の両脚の間にすっぽりとおさまり、彼女の小さな頭は僕の顎下にある状態に。
(こちらはまったく安心できないんですが!?)
僕は心臓の鼓動を抑えるのに必死になりつつも、手や足が彼女の身体に変に触れないように細心の注意を払っていた。
しばらくそのままでいると。
「すう……すう……」
満腹感とぽかぽか陽気に眠気を誘われたのか、猫目さんから小さな寝息が聞こえてきた。
(これでしばらく安心か)
ふう、と一息つきながら、彼女の寝顔を盗み見る。
少しだけ日焼けした肌。ゆるくカールした長めのまつげ。幼げながらも整った目鼻立ち。幼子のような小さな寝息。
そのすべてが可愛くて、守りたくなる。
(ずっとこうしていたいな。明日も、明後日も――)
なんて考えていると。
「んん……好野、なでなでして……」
突然、頭なでなでをせがまれてしまった。
(寝言かもしれないけど……。撫でるくらいなら、いいよな……?)
彼女の要望に応じ、僕は猫目さんの頭を撫でた。
(きれーな髪)
黒くてつやつやで、さらさらの髪を撫でると、「んー、きもちい……」と小さな声で猫目さんが言う。
(ああ、このままぎゅっとしてしまいたい!)
とてつもない欲求に駆られ、手が伸びかけたその時。キーンコーンカーンコーン、と予鈴が鳴る。
それで目を覚ましたのか、猫目さんが膝に抱いていた黒猫は起き上がり、すたすたと歩き去って行った。
「……ん、授業」
猫目さんも目を覚ましたらしく、すくっと立ち上がる。
身体の前面に感じていた彼女の体温が急に失われ、名残惜しい感覚に襲われた。
「ん~~~っ……」
ひとつ大きな伸びをする彼女を見て、ふと思う。
(こんな風に過ごせたのは、今日だけだったりするのかな……)
なにせこの子は気まぐれな猫。
今日みたいなのは単なる気まぐれに過ぎないのかもしれない。
そう考えるとちょっと寂しくなってしまう。
けれど、それはどうやら杞憂だったらしい。
「ん」
降ってきた声に頭を上げると、目の前に小さな手が差し伸べられている。
「好野。いっしょに行こ」
猫目さんは何の気もないような顔で言ってのけた。
「……うん」
僕はその手を取り、彼女に引っ張られるようにして立ち上がる。
「明日も、ここね」
「う、うん」
僕が照れくさそうにうなずくと、「ふふん」と彼女が笑った気がした。
僕が彼女に抱くこの気持ちを何と呼ぶべきかは分からないけれど……
(誰にもゆずりたくないなあ)
そんな気持ちを持っているということだけは、明らかだ。
(どうあれ、きっとこれからも振り回されるんだろうな……)
気まぐれな猫系美少女に手を引かれ、教室へ歩いていく間。
二人のこれからを夢想する僕だった。
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