幼馴染は世界で一番

「あーもう。なんで幼馴染ばっかり負けちゃうのよ!!」


 俺の部屋でマンガを読んでいた幼馴染——秋元凜々花あきもとりりかは突然叫んだ。


「どうしたいきなり。負けない作品もあるだろ」


 部屋の主である俺、城野春太しろのはるたは眉をひそめつつ彼女をなだめようとする。

 しかし凜々花の怒りはおさまらない。


「はるくんの紹介するラブコメ、全部幼馴染がフラれるじゃん!!」

「いや、それは紹介した中から君が選んだ作品が、たまたまそうなだけで――」

「もういい」

「いや、話聞けよ」

「もう、自分でマンガ描く!!」

「やめとけ……」


 君、中学の時の美術の評価、1だっただろ……。

 それでも凜々花は画力の心配なんてお構いなしに、今にも作業を始める勢いだった。


「まずは勝ち方から調べないと。待っててみんな。私があなたたちを勝たせてあげるから……!」


 そう言って彼女は俺に背を向け、スマホで何やら調べ始めた。

 ちらりと目に入ったスマホの検索履歴には――


『幼馴染 勝ち方』『幼馴染 負けない』『幼馴染 有利』


(こいつ、いったい何をするつもりなんだ……!?)


 極めつけは『転入生 蹴落とす』というワードまで。

 この子、傷害事件とか起こさないよね……!?


 などと戦慄していると。


「っていうかさー、はるくん女の子たちと仲良くし過ぎじゃない?」


 彼女は手元のスマホをポケットにしまい込み、俺の方に向き直った。

 ギロリとした視線が、射貫くように俺の目を見る。


「……別に、特別仲良くしてるつもりはないが?」

「ふーん?」


 回答までの間で怪しまれたのか、凜々花は疑わしげなジト目で俺を見てきた。


「新学期からはるくんのクラスに転入してきた井波さんとは?」

「なんで井波なんだよ」

「こないだ校舎裏に呼び出されてたじゃん」


 思わず肩が跳ねそうになる。

 こいつ……なんでそこまで見てるんだ?


「……何もねえぞ」


 実際、校舎裏まで呼ばれて何もないはずはないのだが、うまい言い逃れが思いつかなかったので、シンプルに白を切る。


「へえー? じゃあ、書道部の後輩の弓ヶ浜ちゃんとは? 部員、あなたと二人だけでしょ?」

「……何もないって」


 本当は夕陽の差し込む放課後の部室でちょっとしたことがあったのだが、何もなかったことにしておく。


「たまに無駄に遊びに来る、OGの山根先輩とは? 学校に来るたびに呼び出されてるよね? こないだなんて、一緒にファミレス行ってたよね!?」

「だぁー! なんでそこまで知ってるんだよ!!」

「ぐ、ぐうぜん見かけたの!」


(絶対偶然じゃないだろ。俺のスマホのGPS設定いじって、現在地把握されてるのなんてとっくに気づいてるんだからな……!)


 内心でツッコむも、決して声には出さずにしまい込む。


「それで。山根先輩とはどうなの?」

「……」


 俺は無言で頭をかいた。

 さすがにここまで追及されると、言い訳が出てこない。

 しばらく無言のままでいると、俺の表情を見て彼女は何かを察したらしい。


「……なんか、あったんだね」


 そうぽつりとつぶやくと、凜々花は目に見えてしゅんとしてしまった。

 まるで白ユリが急速にしおれていくかのように。


(これもいい機会かもな……)


 凜々花の様子を見た俺は隠し通すことをやめ、正直に打ち明けることにした。


「彼女たちに悪いと思って黙ってたんだけどな。実は、三人から告白されたんだ」


 俺の告白を聞いた凜々花は「そっか」とさらにうつむいた。それでも俺はお構いなしに続ける。


「でもな、全員ふったんだよ」

「……え?」

「気持ちは嬉しいけど、俺のことはあきらめてくれ、ってな」


 俺がそう言うと、凜々花は信じられないものを見るように目を見開いた。


「ええ!? 三人ともめちゃくちゃ可愛いしキレイじゃん! 性格だってすっごくいいのに……どうして??」


 確かに凜々花の言う通り、三人ともとんでもない美少女ではある。


 同じクラスの井波は読者モデルでありながら学年一位の学力を誇る才色兼備な女の子。

 後輩の弓ヶ浜は書道だけでなく華道・茶道まで心得る大和撫子。

 OGの山根先輩はかつて学校中の人望と羨望を集めた麗しき生徒会長。


 そんな彼女たちからの交際の申し出を断った理由は、ただひとつ。


「俺には、他に好きな人がいるからだ」


 俺はまっすぐに目の前の凜々花を見つめて言った。


「はるくん……」


 それを受けた凜々花は涙目になりながらも、ゆっくりと口を開く。


「他にも仲の良い女の子がいたの……?」


 思いもよらぬ反応に、思わずずっこける。


「なんでそうなるんだよ……」


 俺はすぐさま体制を立て直し、花に手を添えるときのようにそっと凜々花の頬に触れた。


「じゃあ、誰が好きなの……?」


 目元をぬぐってもなお涙ぐむ分からず屋な幼馴染。


「君がよく知っている人だよ」

「そんなんじゃ、わかんない……」

「黒い髪がすっごく綺麗で、ほっぺたが赤ちゃんみたいに柔らかくて、くりくりした黒目の女の子」

「……そんな人、知らない」

「よく涙ぐんでて、不安そうな顔になって、しょっちゅう怒ってる負けず嫌いな女の子」

「……そんな人、知らないし。っていうか、そんな人可愛くない!」

「いいや、可愛い」


 俺は全力で彼女の言葉を否定する。代わりに――


「世界で一番、可愛い」


 全力で彼女の存在を肯定した。

 それに対して凜々花は頬を朱色に染めて、ぽつりとつぶやく。


「……うそつき」

「噓じゃないさ」

「じゃあ、なんで昔みたいに好きって言ってくれないの……?」

「そ、それは……」


 涙混じりの声で放たれた言葉に、俺は思わず回答をためらってしまった。

 けれど説明責任からは逃れられない。


「……ちっちゃい頃は、凜々花のことを幼馴染として好きだった」


 だから「好き」って気兼ねなく言えた。けど――


「今は、そうじゃない。もう俺は、何の考えも無しに好きだと言っていた頃みたいに、凜々花のことをただの幼馴染だとは思えないんだよ」

「っ……!」


 自分の顔が真っ赤になるのを感じつつも、俺は凜々花から目をそらさずに言葉をつないだ。


「なあ、凜々花。君とあの三人では、最初から勝負にすらなってないんだ。だって俺は君のことを世界で一番かわいいと思ってるし、宇宙で一番……大好きだから」

「はるくん……」


 見つめる凜々花の瞳が、蕩けていく。

 二人のくちびるが、徐々に徐々に近づいていく。

 そして互いに目を閉じた、その時だった。


「おにーちゃん、お母さんと一緒にケーキ買ってきたよ――……!?」


 声の方を振り向くと、そこには開け放たれた部屋の入口に、あんぐりと口を開けた中学生の妹、夏美の姿があった。

 俺と凜々花は肩を抱き合ったまま、顔だけを夏美に向けている。


「あ、え、お……!?」


 硬直した空気の中で夏美は言葉にならない声を発すると、


「おかーさーん! お赤飯たかなくちゃーーーっ!!!」


 そう言いながらバタバタと階段を下りていった。

 残された俺たちは向き直り、笑い合う。


「……とりあえず、ケーキ食うか」

「うん」


 俺は凜々花の手を握って、立ち上がった。


(キスはお預けだな)


 なんてすこし残念に思っていたところ、


「ちゅ」


 と柔らかな不意打ちを頬にくらってしまった。

 くすり、というひそやかな笑い声に振り返ると。


 世界で一番かわいくて大好きな女の子が、天使みたいなほほえみを浮かべて俺を見つめていた。

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