5分後に【キュン!】なラブコメコレクション

こばなし

クラスの彼女はツンデレラ

 ぱちぱちぱち、という打鍵音が放課後の部室に響く。


「彼女は氷のように冷たい視線で……いや、違うな」


 僕——山江和喜やまえかずきはノートPCのキーボードから指先を離した。


「突き刺すような視線で……いや、ジト目で……うーん、そもそも……」


 更には腕を組み、ひとりごとをブツブツと漏らしている。


「は~、どう書けば伝わるのか全然わからん」


 最後にはそう言って頭を抱えた。

 そんな僕を見かねたのか、なぜかこの部屋にいる部外者があきれた様子で口を開く。


「だらしのない男ね。もうちょっと根気強くがんばれないのかしら?」


 冷たく言い放った彼女の名は仲野なかのののか。

 文芸部ではないくせになぜかこの部屋に居座っては、僕にやたらとウザ絡みしてくるクラスメイトだ。

 理由は分からないが、教室では誰にでも優しく振舞っているのに、僕に対してだけはツンとした態度で接してくる。

 部室に来だしたのはここ最近で、今日も今日とてスマホ片手に堂々と居座っている。


「僕の執筆ペースなんてこんなもんさ。……っていうか、なんでまたいるんだよ?」

「恋愛小説を書いているのでしょう? 素敵な異性が近くにいた方がインスピレーションが湧くはずよ」

「は、はあ……どうなんだろうな」


 ……なーんて回答を濁した僕だが、実は仲野の存在は確かにありがたかったりする。

 それというのも今書いている小説のヒロインは、典型的なツンデレだからだ。

 初めは完全にオリジナルでキャラクターを作っていたが、仲野がここに来だしてからは彼女をヒロインのモデルにし、想像を膨らませて書いている。


「山江くんはろくに交際経験も無いようだし」

「やかましいわ」


 ひとこと多い部外者の発言をさておき、僕はスマホを取り出して一息つこうとする。


「ちょっと、何してるの?」

「休憩」

「そんなこと言って。どうせソーシャルゲームでもして時間潰しちゃうんでしょ?」

「違うよ。ちょっと小説の反応見るだけ」


 僕はそう言って、スマホの通知を確認した。

 マナーモードにしていて気づかなかったが、小説投稿サイトからの通知がいくつか来ている。


(ふむふむ……。あ、のののさんからだ。『じれじれな感じだけど、ちょっとずつ確実に近づいていく二人の様子が尊いです!』か……フフフ)


 嬉しいコメントに思わず口元がにやける。

 ちなみに、のののさんは、いつもコメントをくれる人のハンドルネームだ。


「なににやけてんのよ、キモイわね」


 僕の様子の変化に、またもや辛辣な発言を飛ばしてくる仲野。


「小説にコメントがついててさ」

「ふうん。……そういうの、うれしい?」

「当たり前だろ? 飛び跳ねるくらいうれしいんだぜ、こういうの」

「そ、そう」


 僕の本音を聞いた仲野は、なぜか口元をもにょもにょさせ、恥ずかしそうにしていた。

 どこか嬉しそうにも見えるのだが――


「じゃあ、早く続きを書きなさい?」

「へえへえ。言われずとも」


 彼女に促され、僕は再びぱちぱちとキーボードをたたき始めた。




「ねえ」


 しばらく執筆を続けていると、仲野から声をかけられた。


「なんだよ?」

「山江くんって、全部想像で書いてるわけ?」

「あ? ああ――」


 彼女が先ほど言った通り、僕に交際経験は無い。

 しかし、ヒロインのモデルは実在の人物……今でいうと仲野をモデルにしているので、100%想像と言えなくもない。


「全部が想像って訳でもないかもな」

「へえ。じゃあ、ヒロインは山江くんの好みが反映されてたりとか?」


 仲野はセミロングの綺麗な髪をくるくるといじりながら言った。

 なんだよ、まるで恋する乙女みたいで可愛いなあなどと思いつつ、回答する。


「まあ、多少はそうかもな」

「そ、そう……!」


 仲野は先ほどよりも高速で髪をくるくるいじりだした。

 犬が喜んでしっぽふってる仕草みたいで、どことなく愛嬌を感じてしまう。


「でも、交際経験はないんでしょう? だとすると、ちょっとリアリティにかける部分があると思うの」


 またこいつは遠回しに僕の童貞を馬鹿にして……

 とは思うがしかし、彼女の理論には一理ある。


「まあ、それは否めない」

「でしょう? そこで私から提案よ」


 そう言って彼女はずびしぃっと僕を指さした。


「私と恋人のふりをして、デートするのよ!」

「はあ?」


 いや、確かにそういうのは説得力ある描写に繋がるかもしれないけど――


「君はそれでいいのか? 僕と一緒にいる姿を見られる危険性があるが」

「構わないわ。私のような美しい女性とあなたではどう見てもカップルだとは思われないから!」


 そういうこと自分で言うかって感じだが、確かに仲野は綺麗で可愛い。

 クラスどころか学年、学校内でも指折りの美少女と言っても過言ではない。


「それに、私のようなおしとやかな少女をヒロインに据えれば、読者にウケること間違いなしよ!」


(まあ、あなたを参考にしてそれなりにウケているのは間違いないですね。おしとやかではありませんけれど……)


 と僕は内心でツッコみつつ、苦笑いを浮かべる。

 しかしまあ、なんで仲野って教室では明るくて素直なのに、僕の前でだけやたらとツンデレなんだろう?

 そんなことを考えていると――


「きっと作品もヒットして、書籍化のオファーとか来たり――」

「いや、」


 仲野は楽しそうに想像を膨らませたが、僕はそれに対し風船を割る針のような意見を刺す。


「それは難しいよ。僕ごときではまだまだ、底辺もいいところだ」


 ほぼ毎日読んでくれている人も一定数いるし、ランキングにも掲載されるほどの人気は獲得できている。

 しかし上には上がいて、中には一人で何作品も書籍化している作家さんがじゃんじゃかいる。


「本当に作家になるためには一作品面白い程度じゃだめさ。一人から毎日感想もらえるくらいでは、到底……」


 自信無さげに僕がうつむくと同時、ばん! という音が部室に響く。

 仲野が机を勢いよく叩いた音だった。


「そんなこと、ないっ……!」


 仲野は突然、先ほどまでとは打って変わった熱い空気をまとい、真剣なまなざしで僕を見る。


「毎日コメントをするのって、本当にそれだけ感動していたり、続きが楽しみ! ってことだと思う……」


 彼女は語調を強めて語った。しかし普段の辛辣な発言とは真逆の、あたたかな熱を持った言葉だ。


「きっと感想をくれた人は、あなたの作品に救われたり、助けられたりしているはず。一人でもそういう風に思ってくれたのならば、もっとたくさんの人に感動を伝えられるはず……!」


 興奮気味に語った仲野のことを意外に思いつつ、僕はふと違和感を覚えた。

 彼女の今の一連の言葉に、どこかで聞き覚えというか、見覚えというか……何かそういう既視感的なものを感じたのだ。


(もしかして)


 何かに思い至った僕は閃き、仲野に声をかける。


「ありがとう、のののさん」

「いえいえ! ……っ!?」


 仲野は急いで口元を抑え、赤面した。


「……やっぱり、君がのののさんだったのか」


 仲野は僕の問いかけに「……ひゃい」と小さな声で返す。

 これで仲野が僕に絡んでくる理由にも思い至った。

 僕はペンネーム=実名で活動しているため、彼女は僕=読んでいる小説の作家と思い至り、近づいたというところだろう。


「なんで隠してたんだよ?」

「えっ、それは……なんか、気持ち悪がられるかもしれないって、怖くて」


 仲野は口元を、手にしたスマホで隠しながら答えた。先ほどまでとのギャップがすごい。


「やけに僕に冷たいのは?」

「い、いま山江くんが書いている小説のヒロインが、ツンデレだから……だから、そういう子がタイプなのかな、って思って……」


 仲野はそう言葉を紡ぐ間にも、どんどん顔を赤らめていった。

 ……というか、彼女は頑張って僕の好み(?)に合わせようとしていたってことで、つまり……?

 いや、これ以上は考えないでおこう。

 彼女にも踏み込まれたくない部分はあるだろうし。


「仲野、ありがとう」

「え!? う、ううん……」


 仲野に感謝を伝えると、彼女はひときわ嬉しそうに微笑んだ。

 僕は可愛いことこの上ない少女の表情を見て、邪念を消し飛ばすために執筆を再開しようとしたのだが。


「あ、あの!」


 その目論見は仲野にすぐに打ち破られることになる。


「私、病気で入院してた時に、山江くんの小説に助けられたの――」


 彼女曰く、一時期入院していた時に、たまたま僕の書く小説を見つけたのだとか。

 もともとは小説を読むことなんてなかったらしいが、それを機に読書にはまったらしい。


「退屈な入院生活も楽しく過ごすことができたし、退院したらもっと色んな小説読んでみたいって希望ができたの。だから……」


 仲野はそこで言葉を区切り、再び口元をスマートフォンで隠す。


「山江くんは私のヒーローで……私は山江くんの、大ファン、です……」


 超絶かわいらしい美少女にそんな嬉しい言葉を直接ぶつけられた僕は、とうとう我慢の限界だった。


「仲野……」

「ひゃいっ!?」


 気づけば彼女の手を握っていた。


「頼めないかな、僕とのデート。……作品のために」


 放った言葉は先ほどの提案への回答。

 伝えたのはぼかした好意。


「……う、うん! 喜んで……じゃなくって。ふん、いいわ。仕方ないわね!!」


 言うや彼女は自信気に笑って、それから。


「私が付き合ってあげるんだから、面白い作品書いてくれないと許さないんだからねっ!!」


 こうして僕は文芸部の活動を早めに切り上げ、オレンジ色の景色の中に彼女と共に繰り出したのだった。



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