第15話:小鬼娘と邂逅したカモ
洞窟の中は、深くそして複雑に入り組んでいた。
地形に特に変化がなく、同じような場所がずっと続くかのような感覚。
正しくここは、自然の要塞と呼ぶに相応しい。
それだけに、これまでの情報の信ぴょう性が高まった瞬間でもあった。
「おい見てみろ」
しばらくして、カモはジッと足元を見やった。
その時のカモの表情は、いつになく険しく眼光も冷たく鋭い。
「なんですか?」
覗き込んだキヨミツがげっ、と表情をしかめた。
「人骨だ。それもつい最近のものがあるぞ」
「それに、この大きさって……」
「皆までいうな」
真新しい人骨の白さは、さながら雪のようですらある。
すでに子供達は犠牲となってしまっていた。
この悲劇とも言うべき事実に、カモはそっと手を合わせた。
信心深くはないが、冥福を祈るぐらいは誰にでもできる。
ましてやその犠牲者が子供であるのならば、彼らはさぞ無念だったに違いあるまい。
(どうか化けることなく、安らかに眠ってくれ。その代わり――)
仇は必ず取る、とカモはそう自らに強く誓った。
「カモさん、こっち来てください。明らかにここだけ雰囲気が違いますよ」
「進んでみるとしよう」
道なりに進んで、しばらくして大きな屋敷が二人の来訪を出迎えた。
屋敷がすっぽりと収まるほどの空間は、どこか心穏やかさすらあった。
天井部にいくつも開いた小さな穴からは、暖かく優しい陽光が差し込む。
時折吹く微風によって、湖より奏でられる
「まさか、こんなところに屋敷があったなんて……」
と、キヨミツが痛く驚いた様子で言った。
「お前も知らなかったのか?」
「はい。僕もずっとヤマシロにいますけど、ここの存在は今日はじめて知りましたね」
「なるほど。とりあえず、あの屋敷を調べてみるか」
「そうですね――というわけでカモさん。僕から離れないでくださいね?」
「なんでだよ」
と、カモはやや呆れたように返した。
「俺はお前に守ってもらうほど、弱くはないぞ」
「わかってますよ。でも、念には念をってやつですよ――もしものことがあったら、その時は……」
「ん? 最後、なにか言ったか?」
「いえいえ、なにも言ってませんよ~」
屋敷の内観は、立派の一言につきた。
洞窟内にあり、人の気配は皆無であるのに思いのほかきれいに整理整頓がされている。
板張りの床は鏡のようにぴかぴかと輝き、埃の一つすらもない。
加えて空気も、外と同じく平穏だった。とても鬼が住まう場所とは思えない。
「なんだか、すごい立派な屋敷ですねぇ……ウチのより立派なのがなんかむかつきます」
「しかし、どうしてこんな屋敷が洞窟の中にあるんだ?」
と、カモは小首をはて、とひねった。
人目を避けるようにあるのだから、むろんそこにはそれ相応の理由があるのは明白である。
だというのに、使用人はおろか人っ子一人さえもいないのが現状である。
中へと侵入してからもう一刻が経過しようとしているのに、未だ彼らに進展はない。
時間だけが、どんどんいたずらに経過していく。
「……どうする?」
「う~ん」
キヨミツは、うんうんと唸って難色を示した。
何も成果が得られないのであれば、これ以上は長居の無用である。
次の場所への捜索を視野に入れ始めた、正にその時であった。
「……なぁ」
「えぇ、聞こえますね」
まっすぐと続く長い廊下は、果てが見えない。
目の前に広がる深淵の闇より、カモは人の声をしかと捉えた。
とても楽しそうではある、加えて言うのであれば声質からしてどうやら女らしい。
若々しくて、どちらかと言えば幼い印象すらもあった。
「例の行方不明になった子供達かもしれないな」
「とりあえず、ここまできたなら調べてみましょう。人違いだったら、ごめんなさいで済ませればいいでしょうし」
「そうだな」
廊下の奥には、立派な扉がどっしりと待ち構えていた。
朱色の塗装に金で細工されたそれは、明らかに他とは異なる雰囲気をひしひしとかもし出す。
そして扉の奥からは、より鮮明に声がはっきりと鼓膜に響いた。
(やっぱりここに、子供達がいるのか……?)
と、カモはそっと腰の得物に手をかけた。
「――、それじゃあカモさん」
キヨミツはすでに、己の半身を抜いている。
「いきますよ」
「いつでもいいぞ」
「では――御用改めである! 神妙にしてください!」
けたたましい音と共に扉が蹴破られた。
室内は、言うのであれば殺風景極まりなかった。
特にこれと言った飾りなどがあるわけでもなく、ただとてつもなく広い空間がそこにあるのみ。
100人は余裕で収容できよう空間の中央に、それはいた。
(女の子? いや……)
と、カモはいぶかし気に見やった。
「ん? 何? わっちの屋敷にアポもなしにくるとか常識ないんじゃない?」
小鬼の娘が、ぐいっと手にした盃で酒を飲んだ。
腰まで届く髪は、紫苑色と極めて稀有な髪色である。
幼い見た目ながらに、その小柄な体躯より発せられる気は凄烈の一言に尽きよう。
白と赤を主とした着物は、南蛮物も取り入れたようなデザインだった。
頭より伸びた二本の角が、彼女が人非ざる存在であることを強く主張している。
(こいつが……これが本物の鬼なのか!?)
と、カモは魂を高揚させた。
御伽噺の世界でしか目にしたことがなかった存在が現在、目の前にいる。
鬼退治の逸話でもっとも有名なのは、やはり酒呑童子とそれを討伐した源頼光だろう。
あるいは、羅生門の鬼だろうか。
いずれにせよ、この手の物語は心躍らせる不可思議な魅力があった。
かくいうカモも、その魅力にひかれた一人である。
(鬼退治……か。鬼がどれほどの強さを秘めているのか興味深くはある。だが――)
と、カモは辺りとちらりと一瞥した。
広々とした空間にいるのは目前で酒をちびちびと飲んでいる小鬼娘のみ。
肝心の子供たちの姿は、影も形もなかった。
当てが外れてしまったのだろうか。だとすれば、これはとんだ無駄足である。カモはそう思った。
「というか、いきなり何? いきなり御用改めとか言われても、わっちなにもしてないんだけど」
「……町の子供達が忽然と姿を消したという事件が起きました。そこで目撃者の情報によると、このイブキ山に姿を消したと――なにかご存じないですか?」
「なんだ、あの子供たちを連れ戻しにきたのか」
と、小鬼娘があっけらかんと言った。
「やっぱり、あなたが誘拐犯だったんですね……!」
キヨミツの眼光が、ぎろりと鋭さを増す。
カモも同じく柄に手をかける。しかし抜刀はせず、あくまでも静観に徹した。
(こいつ……妙に落ち着いてるな。それにどうしてこうもはっきりと答えたんだ?)
カモは、どうしてもそこがわからない。
何も知らない、と小鬼娘がそう白を切ることはできた。
にも関わらず、包み隠さずはっきりと答えたその真意についてがわからない。
(なにかの策か? だとしたら、それはいったい……)
と、カモは改めていぶかし気な視線を小鬼娘へと送った。
「……どこにいるのか教えてもらいましょうか。それとあなたには屯所へと同行してもらいます」
「ん~……」
と、小鬼娘はしばし考えるような仕草をして――
「やだ!」
と、そうはっきりと答えた。
あどけなさが残るも端正な顔に浮かぶ屈託のない笑みは、とてもかわいらしい。
対照的に、キヨミツの顔は豆鉄砲を喰らった鳩のような表情だった。
(そりゃあ、あんな清々しいぐらいに嫌だって言われればそうなるわな)
と、カモは内心で苦笑いを小さく浮かべた。
「なんでわっちがお前のいうことを聞かなきゃいけないんだよーいやでーす」
あからさまに挑発する小鬼娘。
キヨミツの顔がたちまち、赤みを帯びていく。
拳がわなわなと震え、その度にチャキチャキと刀が金属音を鳴らした。
キヨミツがこの上なく怒っているのは、火を見るよりも明らかだった。
今にも斬り掛かりそうな雰囲気さえもかもし出すキヨミツだが、小鬼娘は依然冷静だ。
むしろ、あたかも最初からキヨミツが存在していなかったと言わんばかりに、酒をちびちびと飲んでいる。
「――、どうしてもわっちを連れていきたいっていうのなら」
と、小鬼娘がゆっくりと腰を上げた。
(空気が、変わった……!)
カモもここでようやく、腰の得物を抜いた。
「わっちと勝負して勝手からにしてよね!」
いつの間にか、小鬼娘の手には一条の十文字槍が携えられていた。
全長はおよそ
小柄な体躯である小鬼娘には、少々不釣り合いな得物であると言わざるを得ない。
果たしてあれを扱い切れるものなのか?
カモはそう怪訝な眼差しを送った。
(まぁ、愚問だわな)
と、カモは自嘲気味に鼻で一笑に伏した。
不釣り合いな得物をわざわざ選ぶなど、よっぽどの愚か者か手練れかのいずれでしかない。
そう言う意味では小鬼娘は間違いなく、後者である。
「言っておくけどわっち、手加減とかできないからね?」
蒼い瞳の奥底に宿る輝きは、とても強くギラギラとしている。
それは自信の表れでもある。小鬼娘は、己の敗北を微塵にも思ってすらいない。
「カモさん、こうなったらやるしかないですよ」
「そうみたいだな。まぁ、俺としてはこうなってくれるほうがありがたかったが」
と、カモは不敵な笑みをそっと浮かべた。
「へぇ、そこの男の人……いいなぁ」
「は? あげませんよ?」
キヨミツの眼光がより一層鋭さを増す。
「お前の物ではないんだが……まぁそれはそうとして」
「ふふふ……それじゃあ久しぶりの運動だから。思いっきりやっちゃうよ!」
小鬼娘がにしゃりと浮かべたその笑みは、紛れもなく鬼の笑みだった。
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