第14話:事件解決に乗り出すカモ

 食事を終えて警邏へと戻ったカモは、ふとその足を止めた。

 一人の女がいた。何の変哲もない、至って普通の人間の女性である。

 強いて言うなれば、なかなかの美人といったところだろう。

 そして右往左往する彼女を見やれば、何かがあったと察するのは至極当然だった。


「何かあったのか?」


 女がハッとした顔をする。


「あの、新撰組の方々ですか!?」


 と、女がヒシッとカモの腕にしがみついた。


 羽織をぎゅっと強く握る力は、とても弱々しい。

 体格にも大きな差があって、振りほどくことなどカモには造作もない。


(こりゃあ、ただごとじゃあないな)


 と、カモは不意にハッとした顔をした。


「…………」

「おい、どうしたキヨミツ」


 カモが振り返った先、そこで目にしたのはあからさまに不機嫌なキヨミツだった。

 頬をむっと膨らませて、鋭い眼光はあろうことか女性をしかと捉えている。


「いえ、別に。僕はこの女の人がカモさんにべったりくっついているのが気に食わないとか、そんなのこれっぽっちも思っていませんから」

「いや、めちゃくちゃ思ってるじゃねぇか……」


 ふん、とキヨミツはそっぽを向いてしまった。


(ガキかよ、こいつは……)


 ひとまず、カモは女性から事情聴取をすることにした。

 これは、予感であった。

 これよりなにか、とてつもなく面白いことが起こりそうだという、そんな予感である。

 新撰組の隊士としてこのような考えは不謹慎極まりない。

 だが、退屈し刺激を欲しているカモにはそのことについておもんぱかる気持ちはこれっぽっちもなかった。


「それで、いったい何があったんだ?」

「ウ、ウチの子供が突然どこかに消えてしまって……!」

「どこかに遊びに行ったとかじゃないのか?」


 年頃の男児は、多感であるが故にわんぱくである。

 多少、親の目から離れたとしてもそれはなんら不思議ではない。

 かくいうカモも、幼少期はとにもかくにも好奇心旺盛だった。

 それこそ、修行だと宣って森の奥深くに行ってしまい大人達を大変困らせた経験だってある。


「そんなことはありません! あの子は、私達に黙ってどこかへ行ってしまうような子じゃありません!」

「となると、誘拐されたって考えるのが妥当か」

「そんな……あぁ、どうしてこんなことに! お願いです、どうかウチの子供を探してくれませんか!?」

「落ち着け。とりあえず、最後にアンタの子供を見たって言う場所はどこだ?」

「こ、こちらです!」


 ヤマシロの町から南の森は、真昼であるにも関わらずどんよりとして薄暗い。

 そのために昼間から提灯――懐中電灯を手にした時のカモは、いたく驚いてしまった――を用いるという、ちょっとした異質な光景が自然とできあがった。


「それにしても、本当にこんなところにさらわれたガキ達がいるのか?」


 そう口にしたカモは、町を出てからずっといぶかし気な表情だった。

 被害者は、あの女性だけではなかった。

 数多くの子供達が忽然と、それも同時に姿をくらましたのである。

 単体であればともかく、多数でそれも同じ時となると普通の事件とは言い難い。


(こりゃあ、単なる誘拐ってわけじゃあなさそうだな)


 明らかに人間による仕業ではない。

 もちろん、そう断言するにはカモの手元には情報が極めて少なすぎる。

 そうと断言したのは、あくまでも単純に勘にすぎない。

 いずれにせよ、少しは面白くなりそうだ。カモはわずかに口角を釣りあげた。


「――、おいキヨミツ。お前はいつまでそうやって拗ねてるんだ?」


 と、カモは後ろを振り返った。


「別に、拗ねてなんかいませんよ」


 と、あっけらかんとキヨミツが返答した。


「嘘つけ。拗ねてない奴がそんな面するかっての」

「ふーんだ」


 キヨミツの機嫌は、未だ不機嫌なままである。

 すべての母親の対応をしていた時から、ますます不機嫌さを露わにしていったのをカモは知っている。

 とは言え、これは立派な事件であるし新撰組として対処すべき案件である。

 いちいちキヨミツの機嫌を取る必要はないし、なによりカモ自身がそれをする気が更々なかった。

 結果、不機嫌なキヨミツと共に事件となにかしらの関係があろうこの森へとやってきた次第である。


「この森を抜けた先にある、イブキ山……そこに最近住み始めた妖怪が怪しいんじゃないかって話だが」


 妖怪とは、タカマガハラに住まう種族の一つである。

 超人的な力を有し、妖術を自由自在に操る。

 古来よりそれらは存在し、時代によっては人類と長く戦ってきたともいう。

 現在では表立った争いこそすっかり消失したものの、妖怪による被害が完全に消えたわけではない。

 新撰組の使命は、ヤマシロとそこに住まう人々の平穏を守ることにある。

 その敵が例え妖怪であろうとも、仇名すのであれば例外にもれることは決してない。


(妖怪と一戦交える……か。いいね、これはこれで面白くなってきた)


 と、カモは内心で不敵な笑みをくっと浮かべた。


「妖怪の仕業……か。まぁ確かに、可能性としては捨てきれませんね」

「妖怪っていうのは、みんな狂暴な奴らばかりなのか?」

「全部とは言いませんよ。中には友好的な種族が多いですし。でも、妖怪は基本気まぐれで唯我独尊。自分第一主義者ですから、なにをしでかすか未だにわからないですね」

「……ちなみに、妖怪は人を喰らうのか?」

「まぁ、昔はそうだったって聞きますけどね。でも今は僕らと同じ食事をしてますよ」


 なんだそれは、とカモはここで違和感を憶えた。

 妖怪が人を喰らうのであれば、犯行の動機はおのずと一つに絞られる。

 妖怪とて、一つの生命にすぎない。生きるからには当然、食事は必要不可欠である。

 だが、食人をしないのであれば誘拐をした動機がわからない。


(どっちみち、確認しないことにはなにもできそうにないな……)


 と、カモはそう判断を下した。


 程なくして、山道が見えてきた。

 人の手は一切施されておらず、険しい獣道がずっと上に続いている。

 この先に今回の事件の元凶であろう、妖怪がいる――という噂だ。


(妖怪が住み着いたって話なのに、どうしてこうも情報が少ないんだ?)


 件の妖怪についての情報は、特にこれといってなし。

 何故ならば、真に妖怪の姿を目にした者は誰もいなかった。

 それ故に妖怪の仕業である、というのはあくまでも町民らによる憶測にすぎない。

 しかし、唯一の情報がたったこれだけしかないのが現状である。

 とにもかくにも、確認しなければどうすることもできなかった。


「カモさん、あそこに洞窟がありますね」


 中腹の辺り、そこにはぽっかりと大きな竪穴があった。

 高さは見積もっただけでも、軽く二間約360cm程度はあろう。


(大きいな……巨大な妖怪でもいるかもしれないな)


 と、カモは懐中電灯で中を照らした。


 人工灯だけでは奥までは照らせず。相当深く続いているらしい。


「とりあえず、ここを調べてみるか」

「ですね。幸い、広さも十分ありますし刀を振るうのも問題なさそうです」

「……キヨミツ、俺が言うことじゃないが」

「油断はするな、ですか? 大丈夫ですよ、僕は強いですから」

「……それこそ言われなくてもわかってるよ」


 からからと笑うキヨミツに、カモは不貞腐れたようにそう返した。


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