第13話:ヤンデレを垣間見たカモ

 ふと、カモは男の手から離れた太刀を見やった。

 ぼろぼろの太刀だ。もはやこれに斬る能力は皆無に等しかろう。


「もったいないな」


 ひょいと、拾ってカモは納刀する。

 確かに切れ味は皆無に等しい――このまま放置していれば、の話ではあるが。

 辛うじてではあるが、この太刀はまだまだ生きている。

 むろん生命活動的な意味合いではなく、あくまでも刀としての機能的な意味だ。


「それ、どうするんですか?」


 なぜか、キヨミツの言霊が刃のように鋭利である。


「とりあえず、この町に鍛冶屋のところに持っていこうと思う。それか研師のところだな」


 今からでもきちんとした修繕を行えば、再び本来の力を発揮しよう。

 この太刀にとっての不幸は、仕手に恵まれなかったことにある。

 自分であれば、まずこんな風にぞんざいに扱ったりなど絶対にしない。

 物を大切にする性分のカモだからこそ、太刀を放置してはいけなかった。


「それに、こいつ刀身は確かにボロボロだか装飾とかを見る限りじゃあ数打(※量産目的の刀)じゃあない。きちんとしてやれば、それなりの業物になってくれるだろう」

「……僕がいるじゃないですか」


 と、キヨミツがじろりと睨んだ。


 彼女の視線はカモ、ではなく彼が手にしている太刀を終始捉えている。


「どうしたんだ、急に」

「カモさんにはこの僕……加州キヨミツがいるじゃないですか」

「いや、だから突然何を言ってるんだお前は」


 まるでわけがわからない。カモははて、と小首をひねらざるをえなかった。


「そんなボロボロの刀の方が、僕なんかよりもいいんですか?」

「は?」


 と、カモは素っ頓狂な声をもらした。


 同時に――


(こいつ……何か悪い物でも食ったのか? でも、同じ食事処で飯を食ってるわけだし……)


 と、カモはますます眉間を疑問に歪めていく。


 キヨミツはとにもかくにも不機嫌であった。

 加えて彼女の言動は、明らかにカモの右手にある太刀に対して妬んでいる。

 付喪神で、元々が武器であるが故の感情なのだろうか。カモは再びはて、と小首をひねった。

 だからと言って、カモがキヨミツの機嫌を取るなどということはなく。


「お前はお前で、こいつはこいつだろう。阿呆なこといってないで、さっさと飯を食え」

「ご飯なんか今はどうでもいいんです。僕はカモさんに聞いてるんですよ――イエスかノーで応えてください」

「……その、”いえす”と”のぉ”がなにかは知らないが、俺の答えは変わらないぞ」


 カモの判断は、今後のことを考えてのものであった。

 武器とは消耗品である。如何にそれが名刀であろうとも、物である限りは必ず限界がくる。

 そして買い替えようとなれば、もちろんそこにはそれ相応の費用が必要となろう。

 カモは無一文である。着の身着のまま異世界へと放流された以上、安定した収入はしっかりと確保しなければならない。


(カエデが言っていた俺の“すきる”……【重宝】はあくまでも物を長持ちするだけの能力。俺が大事にすればするほど効力が上昇するとは言っていたが……)


 それは決して、永遠ではない。あくまでも他より長持ちするだけ。

 だからこそ最悪の事態を常に想定するのは必然であるし、使える物であればなんだって使う。

 新撰組という組織に身を置くのであれば、武器は尚更必須なのだ。


「僕がいるじゃないですか」

「お前はそれしか言えないのか?」

「とにかく、僕はそんなの認めません。その刀こっちに貸してください」

「……何をするつもりだ?」


 正しく、神速である。

 瞬きが終えた頃には、カモの右手からは太刀が忽然と姿を消した。

 もちろん、本当にこの世から跡形もなく消滅したわけではない。

 実際、太刀はキヨミツの手中に渡っている。


(こいつめ……俺と仕合った時以上の速さをしてるじゃないか!)


 と、カモはつっと脂汗を頬に流した。


「……カモさんはこんなボロっちぃ刀の方が僕よりもいいって言うんだ」


 と、そうもそりと呟くキヨミツ。太刀を見下ろす彼女の瞳は、明らかに普通ではない。


 例えるとすれば、深淵の闇……これほどしっくりとくる表現以外で、カモは言葉が思いつかない。

 泥のようにどろどろとドス黒く濁った瞳で、ただジッと太刀を見やるキヨミツ。

 そこには普段よく目にする、小型犬のごとき人懐っこいキヨミツはどこにもなかった。


(こいつ、なんて目ぇしやがるんだ……!)


 と、さしものカモもこの時はひどく戦慄した。


「……こんなもの、カモさんにはいらないですよね」


 ぼそぼそと呟くそれは、もはや呪詛である。

 食事処は再び殺伐とした空気に支配され、店員も来客者も事の行く末を固唾を飲んで静観している。

 そんな中で、ふらふらとした足取りで真っ先にキヨミツが外へと出て行ってしまった。


「お、おい無銭飲食するつもりじゃないだろうな?」


 と、カモは大いに困惑した。


 新撰組の一員ともあろうものが、食い逃げなどという恥さらしな行為をするなど絶対にあってはならない。

 しかし、キヨミツの耳にカモの問い掛けは一切届かない。

 ふらふらとした足取りは、幽鬼のようですらあり不気味だった。

 ぎゃんぎゃんと大泣きした幼子は、不幸としか言いようがない。


「こんな刀いらない……こんな刀ナンテひつようナイ……カモさんにはボクがいるから。だれにもうばわせたりしない」

「お、おいキヨミツ……!」


 次の瞬間、けたたましい金打音が反響した。

 さながら硝子細工が砕けてしまったような音でもある。


「おいおい……」


 カモは思わず、頬の筋肉をぴくぴくと痙攣させた。


(こいつ……自分の刀で、あの太刀を破壊しやがった)


 武器破壊――それは一見するととても簡単なことのように映るだろう。

 特に素人の目には尚更、そう強く映るに違いあるまい。

 間違っても、誰でも簡単にできる――などと思うのは愚の骨頂である。

 加州キヨミツだからこそはじめて、可能とする業なのだ。


「いや、お前いきなり何やってるんだ!?」

「なにって、この太刀が邪魔だから壊したんですけど」


 と、さも平然とキヨミツが答える。


「だって、カモさんには僕ら……僕がいますから。だから余計なものはいらないですよね?」

「だ、だからってそこまでのことをするほどか!?」

「本音を言えば、カモさんの腰にあるそれだって邪魔で仕方がないんですから」

「おい、こいつに手を出してみろ。その時は絶対にお前を許さないからな」

「えぇ、だから仕方なく我慢してます――でも、この先どうなるかわかりませんけどね」


 ためらいが一切なかった。

 単なる脅しではなく、現在のキヨミツには実行するだけの覚悟も気概もあった。

 放たれる凄烈な殺意に客はすっかり怯えて逃げてしまった。

 あまつさえ店員や店長までもが、己が命かわいさから逃げる始末である。

 ぽつんと二人っきりになった状況に、カモは大いに狼狽した。


(いったい、なにがこいつをこんな風に駆り立たせるんだ……? これが、付喪神の本性ってことなのか!?)


 と、カモはすこぶる本気でそう思った。

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