第7話:死ぬほど愛されて夜も眠れないカモ

「ところでぇ、カモちゃんさっきの話なんだけどぉ」


 そう口火を切ったカエデの表情はどこか険しい。


「さっきの話、とは?」

「コテツちゃん達に自己紹介したんでしょう?」

「えぇ、まぁ……」


 それの何がいけないのだろうか。

 カモがわからず顔をしかめていると、カエデが困ったような顔をした。

 小さな溜息を一つ吐いた後――


「カモちゃんはコテツちゃん達のことは好きかしらぁ?」


 と、不意にこう尋ねてきた。


(好きかって……それはどういう意味だ?)


 質問の意図が、カモには皆目見当もつかない。

 好きという感情にも、たった一つの言葉でありながら実際意味は多種多様だ。

 男女間としての好きもあれば、単純な意味合いの場合もある。

 これに関して言うと、カモはそのどちらでもない。

 出会ってまだ間もない相手なのはもちろんだが、例え人違いと言えど自らを斬った宿敵には違いない。


(だからって嫌いってわけでもないんだが……よくわからないな)


 いずれにせよ、特別な感情はカモにはこれっぽっちもなかった。


「う~ん、困ったわねぇ」


 カエデがおっとりとした口調ながらも確かに、困った様子だった。


「何か問題があったのでしょうか?」

「カモちゃんは付喪神に真名を明かしちゃだめだって聞いたことがないかしらぁ?」

「……いえ」


 カモは、それについては素直にかぶりを小さく振った。

 知らないことについて、知ったかぶりをするような真似は言うまでもなく格好悪い。

 なによりカモは信心深い男ではない。

 仏教などの類の話を聞くぐらいであれば、一瞬でも多く剣に費やすような男である。

 それ故にカモは知らない、とそうはっきりと答えたのだった。


 それはさておき。


(どうして名前を教えちゃあいけないんだ?)


 カモは肝心な部分が、どうしてもわからない。


「付喪神はねぇ、一度気に入ったものにはとことん執着する傾向にあるのよぉ。カモちゃんだって気に入ったものは大事に私しようって思うでしょう?」

「はぁ……それはまぁ、確かに」

「コテツちゃん達、カモちゃんのことすっかり気に入っちゃってるわねぇ」

「まさか」


 カモは嘲笑するように鼻で一笑に伏した。

 コテツ達とは、昨日出会ったばかりなのをもう忘れてしまったのだろうか。

 彼がこう、思わずカエデの記憶力の有無について疑ってしまったのも無理はない。

 そうでなかったにせよ、いくらなんでもあまりにも浅い関係でしかないのに好意を持つなどというのはありえない。

 一目惚れしたのであればいざ知らず、コテツらにそのような様子は欠片さえもない。

 カエデの思い過ごしだろう、とカモはそう判断した。

 だが、肝心のカエデは彼の反応に対しては未だその端正な顔に難色を示している。


「……付喪神はねぇ、元は物だったから自分を大切にしてくれる人や使ってくれる人がとっても大事なのぉ。いくらすごい物でも、それを使ってくれる人がいなかったらなんの意味もない……だからずっと手元に置いておこうとするの。どこにも行かないように……自分達から離れないように、どんな手段を用いてでも必ず……」

「きゅ、急に怖いことを言わないでくださいよ」


 と、カモは頬の筋肉をひくりと釣りあげた。


 カモも決して愚かな男ではない。

 ここまでのカエデの説明にカモも、大まかではあるが予想がついた。

 それはとてつもなく悪い方向に進んでいて、言うなればもはや引き返せない段階にまでいる。


(これは……ひょっとしなくてもやばいやつか?)


 と、カモは内心で滝のような汗をドッと流した。


 そんなカモを他所に、カエデは言葉をさらさらと紡ぐ。

 彼女が発する言霊は、相変わらず重苦しい雰囲気をひしひしとかもし出していた。


「その手段として付喪神はそのヒトの真名をどうにかして聞き出そうとするのぉ。束縛するためにはどうしてもそのヒトを証明する名前が必要になる……カモちゃんはそれを、自分から名乗っちゃったってわけなのよぉ」

「そういうことか」

「わたくしの力で生んだ存在だといっても、コテツちゃんたちもカミ様の端くれだから。だからある程度の呪術は簡単にできちゃうのよねぇ」

「できちゃうのよねぇ、じゃないんですよ。え? これ、本当にまずいですよね?」


 カモは天井を仰いだ。

 彼のその顔色はお世辞にも良好であるとは言い難い。

 とんでもないことをしでかしてしまったのだから、彼がこう反応を示すのも無理はなかろう。


「どうにかならないんですか?」

「う~ん、無理ねぇ」


 と、あっけらかんとカエデが言った。


「まぁまぁ、コテツちゃん達はみんないい子だから大丈夫よぉ。むしろ逆に考えてみたらいいんじゃないかしらぁ、かわいい女の子にたくさん囲まれて死ぬほど愛されて夜も眠れなくてもいいやって、そう思って――」

「無理に決まってるだろ」


 カエデの言葉を遮るようににして、カモは口火を切った。

 この時言葉遣いはいつもの口調であったが、それをおもんぱかるだけの余裕は現在いまのカモには欠片さえもなかった。


(これは、本当に面倒なことになってきたな……)


 カモは、色恋沙汰についてはあまり興味がなかった。

 これは別段、彼が俗に言う衆道的な意味合いではなく単純に剣に没頭したかったからに他ならない。


(どうして――)


 と、カモは再び天井を仰いだ。


 何故こうも新撰組に関するものと因縁ができてしまうのだろう。

 カモはそれが、ただただ不思議であると同時に自らの不運をこの上なく恨んだ。

 どうやら新撰組という存在は、芹沢カモにとっては災いの火種であるらしい。

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