第6話:スキル確認するカモ

 コテツらが付喪神であった。

 この信じ難い事実を、カエデはあまりにもあっさりと言い放ってのけたのである。

 さしものカモも、こればかりはひどく驚愕した。よもや変わった人だ、と思っていた者達が人外の類であるとは果たして、誰が想像できよう。


「コテツたちが……付喪神ですって?」

「えぇそうよぉ。わたくしがこう、術でちょちょいってやったのぉ」

「まさか妖狐ではなく、神仏の類いだったとは……」

「えへへ~こう見えてもカミ様ですからぁ」


 驚愕するカモに、カエデは相変わらずほわほわとした反応である。


(人は見かけによらないとは、よく言ったものだなぁ)


 と、カモはまじまじとカエデを見やった。


 目前の相手が神仏の類いであるとは、例え僧侶であってもきっと気付くまい。カモはすこぶる本気で、そう思った。


「――、何故コテツらを生み出したんですか?」


 カモは疑問をカエデへとぶつけた。

 神仏がいるのであれば、わざわざかような組織は必要ないのではないか。と、言うのがカモの考え方である。如何に妖怪が手合いであろうと、神仏の前にはその存在は赤子にも等しいはず。それなのに、何故わざわざ付喪神に任せるのか。

 カモはここが、どうしてもわからなかった。


「カミ様にも色々と事情があるのよぉ」


 と、そう口にするカエデは溜息をそっともらした。


「と、言いますと?」

「なんとなくカモちゃんもわかるとは思うけど、【禍鬼まがつき】はいろんなところに出現するのぉ」

「【禍鬼まがつき】……」


 昨日斬った、あのおそろしい化け物のことだ。


「【禍鬼まがつき】は人々の負の感情から生ずるもの……恨みや嫉み、怒りや憎しみ――これらは時に凄まじい力を発揮する。それがいくつも集まって実態を成す……それが禍鬼まがつきの正体なの」

「なるほど……人の荒魂あらみたまがあの化け物共の正体だったのか」

「それを祓ってヒトを守護し平和を守るのがわたくし達、カミの役目なのぉ」

「神……ね」


 カモはもう一度、カエデの方をいぶかし気に見やった。


(やっぱり、このカミさんはどう見たって神様らしくないんだよなぁ)


 と、カモは思った。


 むろん、本人に面と向かって口にするほど彼も愚かな男ではない。

 口は災いの元だ、とはよく言ったものである。

 かつて、それが祟って手痛い目に遭った経験がこのカモには何度かあった。

 人間とは、痛みを知ってはじめて理解できるという愚かしい一面を持つ。

 それ以降より、カモは軽率な発言を極力控えるように心掛けた。

 とは言え、ごく稀にぽろっと口に出してしまう時があるのだが……。


「でもぉ、カミ様は基本すっごく忙しくてなかなか自分から対処することは基本ないのよぉ」

「まぁ、それはなんとなくわかります」

「だから、他の誰かを代わりに任務に就かせたりするのが一般的なのよねぇ。わたくしの場合だったら、コテツちゃん達みたいな付喪神を使役してるしぃ」

「なるほど」


 カモは小さく頷いた。


「でもぉ」


 と、カエデが不可思議そうな顔をしてはて、と小首をひねった。


「カモちゃんはどうして【禍鬼まがつき】を祓うことができたのかしらぁ」

「…………」

「ねぇカモちゃん。何か心当たりってあるかなぁ?」

「それは……俺もわかりかねます」


 カモは静かにかぶりを振った。

 何故、かの化け物を祓うことができたのか。

 それは当の本人がまったくわかっていない。むしろ答えを欲しているぐらいであった。

 特別なことは一切していない。それだけはカモは絶対の自信を持って言えることだった。

 ただ目前の敵手をいつものように斬った。

 稲妻のように鋭く鉄槌のように重々しい強烈な太刀筋でこそあるが、元を正せばなんの変哲もない斬撃である。


(どうやらカエデの反応から察すると、普通の人間じゃあ【禍鬼あいつら】には対抗できないみたいだな……)


 ならば何故、自分は斬れたのだろうか。カモははて、と小首をひねらざるを得なかった。


「――、まさか……」


 と、カモはふともそりと呟いた。

 一つだけ、心当たりがないわけではない。

 しかしそれは、あまりにも信憑性が高く仮説の域にすら達していない。

(俺がこの世界の人間じゃあないからか?)

 やがて、カモは内心で自嘲気味に笑った。

 いくらなんでもそれはありえない、と彼自身がこの考えを即座に否定する。


「生まれ持って何かしらの力を持ったヒトやぁ、カミ様の恩恵を受けたヒトならまだわかるんだけどぉ」

「生憎、生まれも育ちも大層なものではございませんよ」


 カモはふっと苦笑いを浮かべた。


「ん~……ちょっと待ってねぇ」

 カエデが手をそっと前にかざす。

 しばらくして――


「……なるほどぉ。そういうことだったのねぇ」


 と、ひとしきり納得したようにうなずいた。


(なにがそういうことなんだ……?)


 と、カモは内心ではて、と小首をひねった。


「カモちゃん、あなたすっごくレアケースよぉ。わたくしも生きてきて超久しぶりって感じだわぁ」

「は、はぁ……って、その“れあけぇす”っていうのはいったいなんですか?」

「一言でいうとすっごく珍しい事例ってことねぇ。カモちゃん、あなたにはスキルがあるわぁ」

「す、“すきる”……ですか?」


 果たして後、どれぐらい南蛮語を憶えなければいけないのだろう。

 そう考えた時、カモの顔色は著しく悪くなった。

 ただでさえ、今日に至るまでに耳にした単語すら満足に憶えてすらいないのが現状である。

 そこに絶えず南蛮語が津波のようにドッと押し寄せてくる。

 カモの処理能力はもはや、限界に近しい状態だった。


(とりあえず、その”すきる”っていうやつのおかげで俺はあの【禍鬼まがつき】と戦えてたってことなのか?)


 よくわからない。とにもかくにも、カモはスキルに関する情報を彼女へと求めた。


「スキルって言うのはねぇ、言ってしまえばその人だけにしか扱えない超能力とか異能なのぉ。基本は先天性なんだけど、すご~く稀に後天性で発現したりすることもあるのよねぇ」

「えっと、つまり俺は後天性でその“すきる”っていうのに目覚めた……ということですか?」

「そういうことになるわねぇ。おめでとうカモちゃん~」

「あ、ありがとうございます……?」


 スキルとは、その者のみに許された特殊技能である。

 発現する条件については、実は未だに解明がされていない。

 血筋が関係するとも言われれば、培った経験によるもの――これらはあくまでも仮説にすぎない。

 果たしてどれが真実であるかは定かではなく、しかしカミに近しき者として古くより彼らはアラヒトガミとして呼ばれてきた。


(古来よりごく自然に存在しているカミ。そしてその存在に近しいアラヒトガミ……ね。この俺が、か)


 と、カモは自嘲気味に小さく笑った。


「というか、どうして俺がスキルを持っているってわかったんですか?」


 と、カモは何気なく疑問を口にした。


「あ~それはねぇ。わたくしもスキルを持ってるのぉ」


 と、カエデがあっけらかんと答えた。


「そうなのですか?」

「ふっふっふ~だってわたくしカミ様ですからぁ」

「は、はぁ……」


 とりあえず、よくわからないがそういうことらしい。

 カミとは、もとより全知全能の存在として広く信仰されている。

 相手を見通すことも、彼女らにすれば造作もないのだろう。

 とは言え、心の中が見透かされているようで決して気持ちがよいものではない。


「それはさておき。俺は、いったいどういった“すきる”を持っているのですか?」


 カモは、己の未知なる力についてその詳細を知る術がわからない。

 肝心のスキルがどのような力であるか。わからないのであれば、猫に小判も同じ。

 だからここは、唯一知る術を持つカエデの力をカモは借りる他なかった。


「えっとねぇ……カモちゃんのスキルはざっとこんな感じかしらぁ」


 次の瞬間、カモはあっと声をあげて驚いた。


「な、なんだこれは……!?」

「カモちゃんにもわかるように可視化してあげたのぉ。口頭で説明するよりらくちんでしょ~?」


 何もなかった空間に、突如として文字が浮かび上がった。

 世間ではそれは、俗に言うステータス表である。

 むろんカモの知識に、ステータスなどという概念は一切存在しない。

 そのため突然画面が出たことにカモはひどく驚いてしまったのである。


「えっと……なになに?」


 カモはジッと、ステータス表を眺めた。

(……南蛮語で数字とか、いったいなんのことかさっぱりわからないが。なんとなく全体的に悪くはない、とは思う)


 あくまでも、勝手に自己評価しただけにすぎない。

 そこにカエデがまじまじとステータス表を見やった。

 程なくして、カエデが静かにその口を開く。


「カモちゃん、本当に人間なのか怪しいぐらいよぉ」

「と、言いますと?」


 よもやこのカミは、人を化け物だと言いたいのだろうか。

 だとするのであれば、いくらなんでも誇張しすぎだろう。

 どれだけ剣の腕が立とうと、人は所詮人でしかない。

 人である以上、その域を脱することは不可能なのだ。

 とはいえ、悪い気はまるでしない。怪物のようだ、という評価はむしろ最高の誉め言葉でもある。



==========


スキル名:|禁卦獄定【きんかぎょくじょう】

対  象:一人

効  力:スキル保有者の所持するあらゆる道具が長持ちする。

補  足:物を大切にすればするほど、長持ちする期間が伸びる。

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霊力MATとかが低い……というか皆無に等しいのはともかくとしてぇ。スキルとしてはぁ……う~ん」

「……言いたいことがあるのならはっきり言ってくださいよ」

「う~ん、地味だし弱いなぁって」

「言われなくても」


 どのようなものかと期待するだけ無駄だった。

 とは言え、まったく役に立たないというわけでもない。

 何事も、要するに物は使いようである。

 一見すると約無意味なものでも、その使い方次第ではとんでもない効力を発揮する。


(長持ちするっていうのは、ありがたいな)


 カモの中で、これまでの出来事が一本の線となった。

 カモはこれまでに、数多くの剣客とその刃を交えてきた。

 当然ながら皆、強者ばかりであり無傷での勝利などほぼ皆無に等しい。

 時には、生死の境をさまよったことさえもあった。

 それほどの死闘を演じておきながら、カモはこれまでに刀を買い替えたことがほとんどない。


「ずっと、俺が大切に扱ってきたからだ……って思ってきたのは、この“すきる”とやらのおかげだったのかもしれないな」


 と、カモは内心でほくそ笑んだ。


 いずれにせよ、武器が長く使えるのは大きな利点である。

 得物で実力が左右されるようでは、まだまだ三流としか言いようがない。

 だが、やはり使うのであれば一番馴染みのあるものが断然よいに決まっている。


(……って、待てよ。それじゃあ食料とかの状態がなんか妙に長くもつなぁって思ったのもこいつのおかげなのか?)


 これは儲けものだ。カモはそう思った。


「そういえば」


 と、カモは改めてステータス表をまじまじと見やった。


「この、妙な印みたいなのがいっぱいあるのはなんなんですか?」


 と、カモはカエデに尋ねた。


 スキルの一部分が、?と記載されており肝心の中身がわからない。


「う~ん……これはちょっと、わたくしにもわからないかもぉ……」


 と、カエデが困り顔を示しながらそう言った。


 神様でもどうやらわからないことがあるらしい。

 だからとそれを直接、本人に言うつもりもカモには毛頭ない。

 反対に、神という存在も万能ではないという事実にどこか安堵さえもしていた。


「わからない、というのは……」

「言葉のままの意味よぉ。この?……あ、これはクエスチョンマークって言うのよぉ。なんだったらはてな、でもいいわぁ――で、その?なんだけどぉ、なんて言うんだろう……強力なプロテクトがかかっていてわたくしの力でさえも踏み込めないみたいねぇ」

「えっと……つまり?」


 南蛮語は、いつか日ノ本もこのように侵食されていくのだろうか。

 ずきずきと痛む頭を抱えながら、カモはそんなことをふと思った。


「要するにぃ、ここから先はカモちゃんが自力で解き明かしていくしかないってことねぇ」

「そう、ですか」


 カモは、内心で小さく溜息を吐いた。

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