第4章 祭りの夜に
第1幕 団長の日常
状況は、停止していた。これといって大きな戦争もなく、シュネー国も沈黙を守ったままで、表面上は平和な日々が過ぎていった。
ルシアとリムネッタが騎士団長になってから半年以上が過ぎ、生活も落ち着いてきた頃。国王就任三周年を祝うパレードが催されることになった。それは、ルシアとリムネッタにとって、騎士団長就任後初めての晴れ舞台でもあった。一方で、シュネー国の使いの者が何度かブルーメ国に出入りしており、水面下では緊張が続いていた。
「振り下ろす時はもっと思い切って!」
「はいっ!」
ルシアの声に、元気のいい返事が返ってくる。ルシアは城の庭で、数人の騎士の少女たちと剣術の練習をしていたのだった。
「一、二、三、四…!」
騎士団の少女達も、ルシアに倣って木刀を振る。
「次は、二人一組で模擬戦ね」
「はい!」
少女達は二人一組になって散り散りになると、向い合って木刀を向け合う。ルシアは、少し離れた樹の下に移動すると、立ったままその様子を見守った。
「ルシアさん、お疲れ様です」
ルシアの後ろから声がかかる。シャルロッテだった。
「あれ? そっちの仕事はもう終わったの?」
「はい、つつがなく終えまして、報告に参りました」
「流石シャルロッテ、早いね」
「お褒めにあずかり光栄です」
やんわりと笑みを浮かべるシャルロッテ。ヘンリエッタが褒めるだけあって、何でも卒なくこなしてしまう優秀な子だった。
「最近は平和ですね…怖いくらいに」
シャルロッテがぽつりとつぶやく。不意に訪れた凪のように静かで争いもなく、当たり前の毎日が過ぎていく。周辺諸国の戦争の噂もここ最近は途絶えていた。
「近々、大きな戦争がある前触れなのかもしれません…」
「……」
ルシアは模擬戦を行う少女達を見つめる。純粋で、まっすぐに国を守るために研鑽を積む少女達。ルシアよりも年上の人もいる。後から入ってきて副団長から団長にまでなったルシアを歓迎して、支えてくれた大切な仲間だった。その一人だって、ルシアは死なせたくはなかった。
「ルシア将軍、お相手お願いしまーすっ!」
一人の少女が大きく手を振りながらルシアに声をかける。ルシアと同い年で、最近入った活発な子だった。
「うん、オッケー。今行く!」
ルシアは一歩踏み出し、一瞬立ち止まった後シャルロッテを振り返る。
「今は…一つ一つ、今出来ることを積み重ねていくことにするよ」
ルシアが言うと、シャルロッテは軽く手を振ってルシアを見送ってくれたのだった。
「ま、参りました、ルシア将軍~…」
少女はその場に座り込む。
「お疲れ様、大分腕を上げたね」
ルシアが手を差し伸べると、笑顔で握り返してくる。
「えへへ、ありがとうございます。でもいつか、絶対ルシア将軍から一本とってみせますからね!」
少女は服についた汚れを払うと、ルシアに向き直った。
「それではルシア将軍、ありがとうございました!」
「こちらこそ、ありがとうございました」
お互い一礼して別れる。ルシアが駆け足で離れていく少女の後ろ姿を見ていると、シャルロッテが近づいてきた。
「ルシアさん、お疲れ様でした」
「ありがとう、シャルロッテ」
「次は、私とお手合わせお願いできますか?」
シャルロッテは軽い兵装を身につけ、練習用の木刀を手にしていた。
「うん、いいよ。それじゃあ早速…よろしくお願いします」
ルシアはそのままシャルロッテに向かって構えをとる。
「よろしくお願いいたします」
シャルロッテが構える。シャルロッテも剣術には非常に長けていて、ルシアやリムネッタを除けば、騎士団の中で一二を争う強さだった。剣術スタイルは徹底した静のタイプで、風のない水面に浮き立つように静かに静かに構えをとる。向かい合っていると、シャルロッテがさらに深く神経を研ぎ澄ますのが分かり、呼吸すらしていないのではないかと思ってしまうほどに気配がなくなっていく。
シャルロッテは時間が経つごとに集中力が高まっていき、隙が無くなっていく。こうなると、ルシアでも迂闊には手が出せなかった。それでも、シャルロッテの集中が極限に達する前にルシアは自分から仕掛けていく。最初に右前方へ足を一歩踏み出し、一気にシャルロッテとの距離を詰める。シャルロッテはそのルシアを見逃さず、横からの攻撃を試みる。しかし、ルシアは二歩目で若干不安定になりつつも急激に左側に倒れこんでシャルロッテの攻撃をかわすと、そのまま力強くシャルロッテの懐に踏み込む。目にも留まらぬ一連の動作が終わった時には、シャルロッテの脇腹にルシアの斬撃が見事に決まっていた。
「……っ!」
「勝負あり、だね」
一瞬だけ、何が起こったのか分からないといった表情を見せたシャルロッテだったが、徐々にいつもの表情に戻る。
「…私、負けたんですね」
シャルロッテはようやく事態が飲み込めたようだった。シャルロッテから見れば、ルシアを完全に捉えて勝ったと思った瞬間、自身に斬撃が入れられていたのである。
「二人とも、すごいすごーい! カッコいい~!」
急に声があがったと思ったら、いつの間にか他の少女たちも集まってきていた。
「ほらほら、みんな、練習に戻って」
「はーい!」
ルシアが言うと、騎士の少女たちはそれぞれまた散り散りになって練習を再開したのだった。
一方、リムネッタは団長室で仕事をしていた。
「ねぇねぇ、リムネッタ。パレード中の巡回当番はこっちで決めるの?」
短髪の少女がリムネッタに尋ねる。
「そうね…ヘンリエッタさんからは、一応こちらで当番表を作るように言われてるから、早めに作ってチェックしてもらわないと。お手伝いお願いできる?」
「もちろん! 頑張っちゃうよ!」
「ありがとう、ニコ。私が第一騎士団の方を作るから、あなたは第二騎士団のをお願いね」
「了解でーす! えっと、西の平原側が第一騎士団の持ち場で、ボク達第二騎士団の担当は北の森側なんだよね」
「うん、その通りよ。お願いね」
ニコと呼ばれた少女はリムネッタよりも一つ年上であり、第二騎士団の副長を務めていた。二人は仕事机を挟んで向かい合い、せっせと書類を作ってまとめていく。二人が作業していたのは、数日後に控えたパレードの準備だった。
「終わったよ、リムネッタ。こんな感じでどうかなぁ?」
「早いのね…うん、大丈夫、お疲れ様。あとは買い出しなんだけど、リストは…」
「大丈夫! 全部覚えてますぅ! それじゃ、行ってきまーす」
ニコは得意げに笑みを浮かべると、たたたっと慌ただしく部屋から出ていく。
「行ってらっしゃい、気をつけてね…って、もう聞こえないね…」
嵐のように出ていくニコを、リムネッタは苦笑交じりに見送る。
「本当に、怪我とかしなければいいけれど…」
ニコはモント国の出身であったが、国が滅びた後で母親と二人で逃げ延び、ブルーメ国に住むことになった、いわば難民であった。その後必至の努力を積み重ね、他国出身者でありながら異例とも言える騎士登用の門を突破したのだった。これも、騎士登用における身分制限撤廃の一環だった。
「さて、私は続きをやらなきゃ…ルシアも今頃頑張ってるでしょうしね、うふふ」
リムネッタは一人、作業に戻ったのだった。
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