第4幕 仕事

 二人の一日は、朝の自主訓練から始まり、午前中は騎士に課せられた政務、財務、諸々の雑務、そして団長業務の補佐に当たる。

「リムネッタ、調子はどう?」

 調理室の入り口に立ったルシアが声をかける。騎士団長からは城の仕事に当たるように言われ、政務や財務など重要な仕事を終えた二人は、城の手伝いをして回っていたのだった。

「ルシア、来たのね。好調だよ」

 リムネッタは小皿にとったスープを少し味見する。

「うん、バッチリ」

 可愛く手で丸を作ってルシアに向ける。

「いい匂いだね!」

 ルシアはリムネッタに近づき、リムネッタが手にしていた小皿をひょいと手に取る。

「うん、流石リムネッタ! きっといいお嫁さんになるね!」

「うふふ、ありがとう、ルシア」

 リムネッタは笑顔になって答える。

「お二方、仲のよろしいのはいいけど、ちゃんとお仕事してくださいな」

「は~い」

 恰幅のいい中年女性に言われて、ルシアとリムネッタは一緒に返事をする。雑務の中にはこういった料理の手伝いも含まれていて、たまにではあるけど、ルシアとリムネッタもお手伝いをしていた。


 団長室の部屋の前。ルシアはトントントン、とドアを叩く。午後の重要な仕事についてはひと通り終わったため、団長へと報告に来ていたのだった。

「どなた?」

「ルシアです」

「入って」

 ルシアは一礼して部屋に入る。少し広めの部屋の中央には来客用のテーブルと椅子がある。奥には仕事机があり、そこに座っていた女性はルシアに目を向けた。

「城の仕事はもう終わったのかしら?」

 部屋の奥で仕事をしていた女性──ヘンリエッタ・フォン・リューブルクは顔を上げると、ルシアに問いかける。

「重要なものは終えてきました」

「はい、頑張りましたね」

 ヘンリエッタはねぎらいの言葉をかけると、再び口を開く。

「今、お茶淹れるわね」

「あ、お茶ならわたしが淹れます!」

 立ち上がったヘンリエッタをルシアが呼び止める。

「そう…それじゃあお願いしようかしら」

 そう言ってヘンリエッタは来客用の椅子に腰を下ろす。ルシアは部屋の備え付けのお茶入れの前に行くと、慣れた手つきで二人分のお茶を用意した。

「どうぞ、ヘンリエッタさん」

 ことり、とお茶を来客用のテーブルに置く。ほんのりとした紅茶の香りがルシアの鼻をくすぐった。

「ありがとう。さ、ルシアも座って」

 ヘンリエッタは自分の向かい側にルシアを促す。

「ありがとうございます」

 ルシアも椅子に腰を下ろす。大変な仕事の合間の小休止だった。陽の光が部屋に差し込み、中を明るく照らす。耳を澄ますと、遠くから町の音が聞こえてくる。お茶の芳香が二人を包み、少し酸味の強い紅茶を少しずつ口にする。そうしてしばらく言葉も無く、この時間と空間を共有していた。

「城の仕事は、もう全部覚えたかしら?」

 紅茶も半分くらい無くなった頃、口を開いたのはヘンリエッタだった。

「ある程度は覚えたけど、今日も明日もその次も、頑張ります」

「うん、その意気込みなら大丈夫ね」

 にっこりと笑みを浮かべると、ヘンリエッタは続ける。

「リムネッタはどうしてるかしら?」

「んっと、リムネッタも団長室に向かうと言っていました」

「そう…あの子も、とっても頑張り屋よね」

 紅茶をこくりと口にしてヘンリエッタは続ける。

「もうすぐ私も引退だけど…その後は、ルシアにリムネッタ、お願いね…」

「ヘンリエッタさん…」

 ヘンリエッタは現在十九歳。一ヶ月後には騎士団長の任を降りることが決まっていた。

「私の妹が入れ替わりで入ってくるから、よろしくね」

「妹さん、いるんですか?」

 ルシアには初耳だった。

「えぇ…あなたより一つ下ね。シャルロッテって言うのだけど…ちょっと変わったところもある子だけど、とても賢くて優しくていい子だから」

「シャルロッテ…」

 ルシアにはシャルロッテがどんな子なのか想像出来なかったが、ヘンリエッタがここまで言う子に早く会ってみたいと思った。

「…さて、そろそろ休憩も終わりにしましょうか。ルシア、この後は私の仕事を手伝ってもらえるかしら?」

「はい、もちろん」

 紅茶を飲み干した二人は、そうして仕事に戻っていったのだった。

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