第3幕 早朝訓練

 叙任式の翌日から、忙しい毎日が続いた。一般の騎士ではなく、副団長としての仕事も覚えなければならない毎日。ルシアもリムネッタも、過去を振り返る間もないくらいに忙しい生活の中に身をおいた。幸いにも戦争が起こることもなく、民にとっては平穏な日々が続いた。


 そうして叙任式から数ヶ月が経ち、慌ただしい毎日がようやく落ち着きを見せ始めた頃。まだ陽も出ない早朝に、ルシアは城の中庭で剣を振るっていた。腰まで届く紅の長い髪を束ね、激しい動きながらも落ち着いた雰囲気を醸し出している。

「まだまだ…!」

 通路に面した、奥行き十ヤードほどの中庭。隅には観賞用の植物が整然と置かれ、奥には、中央広場にあるのと同じヘレナ・ランカスターの像と、初代国王の像が安置されている。ルシアは、その像の前で素振りをしていた。

「おはよう、ルシア」

 通路から、のんびりとした声がかかる。

「リムネッタ! うん、おはよう」

「今日も早いのね。私も一緒していい?」

 長い栗色の髪を三つ編みにし、桃色を基調とした軽めの兵装をしたリムネッタがにっこりと笑う。

「もちろん」

 ルシアは脇に置いてあった柔らかめの木刀を手に取り、一本をリムネッタに手渡す。

「昨日は、負けちゃったけど…今日は負けないからね」

 ルシアはすっと構える。騎士になる前から今もずっと続いている、リムネッタとの剣技の練習だった。リムネッタはどちらかと言えば夜型の生活リズムだが、昼の訓練とは別に、ほとんど毎日ルシアの早朝訓練に付き合っていた。

「……」

 始まる前の静寂。二人とも互いを見据えて、初手を誤らないよう、互いの間合いを測っていた。

「っ…!」

 掛け声も無く、二人の攻防が始まる。最初に仕掛けたのはルシアだった。ルシアの攻撃は当たりそうでなかなか当たらず、リムネッタはひらりひらりとかわしていく。途中で繰り出されるリムネッタの弧を描く反撃をルシアは木刀で防ぎ、少し間合いをとる。その機を逃さず繰り出されるリムネッタの攻撃をルシアは一つ一つ防いでいく。昔は防戦一方になることも多かったルシアだが、今では日々の訓練の成果が出ており、リムネッタとも対等に渡り合い、攻守目まぐるしく入れ替わる一進一退の攻防を繰り広げていた。

「そこっ!」

 ルシアが木刀を振り下ろすも、リムネッタはわずか後ろに跳躍して紙一重でかわす。リムネッタの姿が一瞬霞んだが、ルシアは見失わなかった。

「…んっ!」

 リムネッタが着地した瞬間を狙い、ルシアは木刀を素早く逆手にして横に振ると、リムネッタの脇腹に当たる直前でぴたりと止める。ルシアの勝利だった。

「やった! 今日はわたしの勝ちだね」

 ルシアが満面の笑みで言う。

「負けちゃった…ルシア、本当に強くなったね」

 そのまま二人は中庭の奥にあるヘレナと国王の像の下に腰を下ろす。リムネッタも当然、昔よりはずっと強くなっていた。それでも、二人の実力は拮抗していたのだった。

「私が強くなったのも、騎士になれたのも、全部リムネッタのおかげだよ…ありがとう」

「うふふ、照れちゃうな…明日は負けないからね?」

「わたしだって!」

 そう言って二人で笑い合う。昼間は二人一緒にいられない時間も多かったが、朝のこの時間は二人だけでこうして一緒の時間を過ごすことが出来たのだった。

「私達、ヘレナみたいな強い騎士になれるかな…」

 ヘレナ像を見上げながら、リムネッタがぽつりとつぶやく。

「なれるよ、きっと」

 ルシアも見上げる。ヘレナ像は、いつもと変わらぬ力強く優しい眼差しで遠くを見ていた。

「今でも思い出しちゃうな…剣術大会でのルシア、とってもすごかった…ヘンリエッタさんには一歩及ばなかったけど、見てて憧れちゃった」

「またあの時の話? 照れちゃうよ~」

 剣術大会は、ルシアとリムネッタが入団した直後に行われたもので、騎士団長以外の現役の騎士は全員参加し、優勝者が騎士団長へ挑戦するという内容だった。

「ルシアが私を追い越しちゃうんじゃないかっていうのは思ってたけど…大会という大舞台で優勝しちゃうなんて、ルシアは本当に本番に強いタイプなんだなって思っちゃった」

「あの時は偶然だよ」

 ルシアは照れ笑いを浮かべる。

「ううん、実力だよ。あの大会の後から、私がドジしなくても私に勝つようになって…いつか、私ルシアに勝てなくなっちゃうのかな、なんて…」

「リムネッタ、そんな弱気になっちゃダメだよ! リムネッタだって、決勝まで残れたんだし…仕事でもわたし、リムネッタみたいに要領よくこなせないし…人望だって、リムネッタはたくさんある…うまく言えないけど、わたしにとって、リムネッタも憧れだから…リムネッタはもっと胸を張っていいと思うよ…」

「うふふ、ありがとう、ルシア…」

 気がつくと、城の中庭に太陽の明るい光が差し込んできていた。

「…そろそろ行こっか」

 リムネッタは立ち上がると、くるりと一回転して手を差し伸べる。ドジだけど前向きで、笑顔で周りを元気にしてくれる…いつものリムネッタだった。

「うん、ありがとう、リムネッタ」

 ルシアは丁寧にその手を取る。今日もこうして、二人の一日は始まるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る