第2幕 叙任式
国王交代後すぐに、騎士登用に関する身分制限は撤廃された。そして二年の年月が過ぎ、ルシアがが十五歳になった頃。シュネー国は内陸をある程度制圧し、一旦休止期に入っていた。ルシアのいるブルーメ国とも、緊張関係にはありつつも、国交はあり、貿易も行なっていた。ブルーメ国王の代替わりにより、外交関係にも変化が見られ、シュネー国と同じく緊張関係にある諸国と同盟を結ぶ兆しも見えてきていた。大きな戦争こそ無いものの、ルシアとリムネッタが騎士になったのは、そのように情勢が移り変わっていく只中であった。
騎士の通知が来てからの日々はあっという間だった。慌ただしく準備をして、城に入り、叙任式の準備を進めていく。今回騎士に選ばれたのはルシアとリムネッタの二人だけであり、さらには二人揃って第一騎士団、第二騎士団、それぞれの団長補佐として副団長に指名された。それは二人の剣術、実学が現時点で既に頭一つ抜きん出ていたことに加え、来るべきシュネー国との戦争に備えるための育成措置であった。
騎士になるための叙任式前夜。月の光が町を照らす夜。ルシアとリムネッタは、礼拝堂で自らが手にする剣を祭壇に祭ると、身を清めるために二人で奥の沐浴場に向かった。
「ルシア…」
リムネッタがルシアの手を握る。
「行こう」
繋がれた手をぎゅっと握り返してルシアは言った。部屋の中に入り、服を脱ぐと、丁寧に畳んで入り口の籠に入れる。天井に近い窓からは、月の光が浴室の中を青白く照らしていた。
「わたしが先に入るね…」
ルシアがゆっくりと右足のつま先から膝までを浴槽の水に浸していく。ひんやりとした水がルシアの足を伝い、少しずつ思考も冷やしていく。右足が慣れると、左足もゆっくりと浸していった。浴槽の中に足をつけると、膝より少し上まで水に覆われる。ルシアはそのまま狭い浴槽の中央まで一歩前へ進んだ。
「さ、リムネッタ…」
ルシアが手を差し伸べると、リムネッタはその手をとり、ゆっくりと足を水に浸していく。
「ありがとう、ルシア…」
そう言ってリムネッタは半歩ルシアに近づく。
「私達…明日から、もう騎士なんだよね…」
「うん…」
ルシアは頷いてリムネッタの瞳を見る。リムネッタも正面からルシアを見つめる。
「ルシアと出会ってから、本当に、いろいろあったよね…」
「うん…あの像の下で出会って、毎日遊んで…騎士になるための訓練もして…そして、こうして騎士になろうとしてる…」
ルシアの脳裏に、今までの出来事が次々と浮かんでくる。楽しかったことも、辛かったことも、嬉しかったことも、大変だったことも…全部、リムネッタと二人、支えあいながらここまでやってこれたのだった。
「だから、ありがとう、リムネッタ」
青白く照らされたリムネッタはとても神秘的で、ルシアは思わず抱き寄せる。
「ルシア…私も、ありがとう」
リムネッタもルシアの背中に手を回す。そこは、世界から切り離された二人だけの空間だった。ほの暗い月光が二人を包む、静かで沈んだ世界だった。
「ねぇ、リムネッタ…。わたしには、まだ戦争のことなんて分からないよ…戦争で人を殺してしまうことだって…まだ、決意もつかない…」
「ルシア…」
ルシアはそれまで一度だって弱音を吐くことはなかった。いつも前しか見てなくて、誰よりもまっすぐ前へ前へと進んでいく、そんな子だった。
「ルシア…私達はこれから騎士になるんだよ。これから騎士として心構えだって身につけていけばいいよ…今は大丈夫、まだ大丈夫…一緒に、乗り越えていこうね…」
リムネッタはそう言ってルシアの頭を撫でる。執事に出された命題について、二人は未だに答えが出せずにいるのだった。
「ごめんね…何でだろ、今までこんなこと無かったのにね、ちょっとだけ弱気になっちゃった…」
ルシアは努めて笑顔でリムネッタに顔を向ける。
「今夜は特別だもの…うふふ、私も不安だったけど…ルシアを見てたらそんな気持ちどっかに行っちゃった」
リムネッタは穏やかな笑顔で言う。
「リムネッタってば…」
それは二人のためだけに用意された時間。時には支えて、時には支えられて…そんな二人だけの空間。これから騎士になるにあたって、大切な区切り。空が、光が、風が、水が、空気が、二人を包み込む森羅万象が、二人を祝福する特別な儀式。そんな甘いまどろみの世界に、二人は身を委ねていったのだった。
月光差し込む礼拝堂に戻ってきたルシアとリムネッタは、新調した騎士装備に身を包んでいた。
「……」
「……」
祭壇に置かれた二本の剣。ルシアもリムネッタも、黙って膝をついて指を組み、祈りを捧げる。静かに耳を澄まし、目を閉じて、ひたすら祈りを捧げる。静かな夜だった。永遠とも思える時間だけが、少しずつ過ぎていく。
太陽の光が差し込むころになって、礼拝堂の扉がゆっくりと開き、司祭服に身を包んだ女が入ってきた。ゆっくりとした足取りで祭壇の前まで移動していく。
「汝、ルシア・イルバスター」
「はい」
ルシアは祈りのポーズをとったまま、目を開いて司祭を見上げる。
「汝、リムネッタ・フォン・スタンドーラ」
「はい」
リムネッタも同じく目を開ける。
「神々の恩恵を受けし此の剣が、国を守れるように」
司祭が二本の剣を一つずつ丁寧に鞘に収めていく。
「神々の加護を賜りし此の者達が、民を護れるように」
司祭は一本の剣を手にすると、ゆっくりとルシアの前に移動する。
「此の剣を、騎士・ルシアへ」
ことり、とルシアの前に剣が置かれる。そしてゆっくりと祭壇へと戻ると、もう一本の剣を手にしてリムネッタの前へ移動する。
「此の剣を、騎士・リムネッタへ」
リムネッタの前に剣を置くと、司祭は再び祭壇へ戻っていく。
「ルシア、リムネッタ、両名を騎士に任命する」
ルシアとリムネッタは、再び目を閉じて祈りを捧げる。今、この時、二人揃って騎士になれた瞬間だった。
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