第4幕 邂逅
そうしてまたしばらく月日は流れ、王位継承とパレードが行われる日がやってきた。次に王位につくのは、幼い頃より神童と呼ばれた聡明な人物で、町中その話題で持ちきりだった。
その日は朝から出店もたくさん出ていて、人々の表情は明るかった。よその国での戦争の噂は誰もが知るところだったが、今日くらいはそれを忘れて騒ぎたい…そう思っている人が多かった。町の人が警戒を緩める分、兵士達は内外へ向けて警戒を強くしていた。
「この町には、こんなにたくさんの人がいたんだね、リムネッタ…もっと前に行こう!」
「ルシア、待ってよぉー…」
澄み渡った空の広がる、いい天気だった。ルシアはリムネッタの手を引き、パレードがよく見える最前列へと人ごみをかきわけていく。リムネッタは今日は少しおめかししたドレス服だったので、少し歩きにくそうだった。
「あの人が、新しい国王なんだね」
「うん」
二十半ばと思われるその青年は、噂どおりの凛とした出で立ちで、観衆に手を振っていた。多くの兵士がその周りを警護しながら、大通りを闊歩していく。そしてその先頭には、他とは違う煌びやかな鎧を身に着けた二人の少女が肩を並べて兵士達を率いていた。
「すごい…」
わぁっと声があがり、ルシアは思わず声を漏らす。二人の少女は、このブルーメ国の現在の騎士団長二人だった。長く綺麗な金の髪を風に揺らし、威風堂々と歩く少女。もう一人は、黒い髪を後ろで束ね、眼鏡をかけた知性的な少女だった。
「あの二人が、今の騎士団の長だよね」
ルシアが確認すると、リムネッタはうん、と頷く。
「リューブルク家のヘンリエッタさんと、シモン家のアニエスさん。私もあまり話したことは無いのだけど…お二人とも、とても尊敬できる立派な人たちだよ」
金色の髪の人がヘンリエッタさんね、とリムネッタは付け加える。
「リムネッタとわたしも、いつかはあんな風にみんなの前で歩いたりするのかな」
ルシアは、その日のことを想像する。リムネッタはそんなルシアを見つめていた。
「……」
「ルシアー! 今、少し失礼なこと想像したでしょ…!」
「あっ、ごめんね! リムネッタが転ぶシーンが…」
「もう、ルシアったらー!」
「ごめんってば~…」
ぷんっと頬を膨らませるリムネッタを、ルシアがなだめる。こうして話すのも、二人にとってはとても楽しい時間だった。
「あっ、国王様があんなに遠くに…リムネッタ、追うよ!」
「ちょ、ちょっと、ルシア…!」
「ほら、早く行こうよ!」
「もう、ルシアったら…」
まごつくリムネッタの手を引き、ルシアは駆け出す。頬を膨らませていたリムネッタの顔にも、自然と笑みがこぼれたのだった。
夜、パレードはお祭りへと移り変わっていった。中央広場では大きく火が焚かれ、満月の光と相まって、幻想的な祭りの雰囲気を醸し出している。人々は自由気ままに歓談して踊り回り、弦楽器や打楽器の音が流れてくる。少女たち十数名が、踊りの輪の中心で模造の剣を手に取り、激しい剣舞を見せていた。
「あれが騎士団の娘たちか」
「若いのにすごいのねぇ」
人々の声が聞こえてくる。ルシアとリムネッタも、その騎士団の少女達の舞に目を向けた。
「すごい…」
ルシアは思わずその舞に見とれてしまった。昼間見た二人もいる。昼の凛々しい鎧の姿とは裏腹に、神秘的な光沢を放つ白い絹の服を着た少女たちは、剣を手にしながら激しいリズムを刻み、幻想的な舞を見せている。その場にいる皆がとても楽しそうで、ルシアもリムネッタも場の空気に飲み込まれてしまった。
「リムネッタ…みんな踊ってるよ。わたし達も、踊ろう?」
ルシアが手を差し伸べると、リムネッタは小さく頷いて、遠慮がちに手をとった。魔法のようなひと時…というのがあるのならば、二人にとって今がその時だった。絶え間なく流れる音楽…幻想的な光景…踊りはまだそんなに上手くなくても、二人は皆の輪の中に入って、楽しく踊っていた。二人の頬が上気し、顔が近づく。時が経つのも忘れて、二人は踊り続けたのだった。
そうしてしばらくした後、二人は踊りの輪から離れた。少し人の少ないところに移動する。
「やっぱりこういうのはリムネッタの方が上手だね」
「そんなことないよ。ルシアも上手だったよ」
二人の頬はまだ赤かった。まだ踊り続けている人はいたが、少しずつ人も減ってきていた。
「リムネッタ、喉が渇いたよね。ちょっと待ってて。向こうで飲み物、買ってくるから」
「あ、待って、私も…」
「ううん、リムネッタはここで待ってて。すぐ戻ってくるから」
「…うん、分かった、待ってる」
ルシアは軽く手を振ると、タッタッタッとすぐ近くの露店に向かっていった。
「これと…これ、ください」
「あいよ」
「はい、お金」
「ちょうどね、ほれどうぞ」
気前のいいおじさんが、二人分の飲み物を渡してくれた。ガラスのビンに入ったその飲み物を受け取って、ルシアはリムネッタのところに歩いて戻る。
「リムネッタは葡萄が好きだったんだよね」
ルシアがそう言って人ごみから少し離れた石段の上に目を向けると、そこには同い年くらいの一人の少女がいた。
「あの子…」
ウェーブがかった金色の長い髪に、キリッと少しつりあがった目。細部までこだわった立派なドレスは、まるでその少女だけのために作られたように馴染んでいた。満月を見上げ、手をかざすその様子は、他の何者も寄せ付けないような、神秘的な雰囲気を漂わせている。
「……」
ルシアは少しの間、その少女に見入ってしまった。少女の周囲だけ、時間の流れが緩やかになり、風もゆっくりとかき消えていく…ルシアには、そう感じられた。
「あっ」
不意にその時、少女と視線が合った。少女は何か表情を浮かべるわけでもなく、ルシアを見つめる。とても綺麗な瞳だった。ルシアには大分長いこと見つめ合っていたように感じられたが、実際はほんの数秒のことだったのかもしれない。二人の視線が、ふっとほつれてズレていく。
「あ! そうだ、早くリムネッタのところに戻らないと!」
飲み物のことを思い出して、ルシアはその場から離れた。ふと、ルシアがもう一度少女に目を向けると、少女はさっきまでと同様、空を見上げ、月の光を浴びていた。
(本当に、綺麗な人を絵に描いたような娘だな…)
ルシアは不思議な気持ちになりながらも、その場を後にしたのだった。
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