第2章 騎士になるために
第1幕 訓練
モント国滅亡後、各国を巡る情勢は刻々と変化を見せていった。旧モント国民のある者は他国に移住し、ある者は放浪の民となり、ある者はシュネー国に隷属した。シュネー国はその矛先を大陸へと向け、内陸の国をその傘下に収めていきながら、国富・軍事力ともに拡大を続けた。ルシアの所属するブルーメ国では、シュネー国を警戒し、ますます緊張が高まっていったのだった。
そして、ルシアとリムネッタが出会ってから五年後。ルシアが十三歳の時、現国王が引退し、王位の継承とそれを盛大に祝うパレードが行われることになった。
その日も、ルシアはリムネッタの家に向かっていた。騎士になる…そのための訓練をするためだった。
「おはよう、リムネッタ!」
リムネッタの家は、よく手入れされた広い庭のある、大きな館だった。朝の日差しの中、草花が太陽を求めて空を仰ぎ、きらりと光を反射させている。
「おはよう、ルシア。今日も頑張ろうね」
リムネッタは、館の外でルシアを待っていた。動きやすいように、お嬢様のイメージとは離れた皮の防具を身につけている。
「早速、始めよう」
「うん!」
言葉を交わして、ルシアとリムネッタは軽い細身の木刀を手にすると、庭の中央に向かった。
「……あっ」
不意に、とてっという擬音がぴったりなくらいに見事にリムネッタが転ぶ。
「リムネッタ!」
ルシアが声をかけると、お尻をついたままリムネッタはえへへと笑った。
「大丈夫大丈夫、さ、頑張ろう、おー!」
「本当にリムネッタは目が離せないよ…」
言いながら差し出すルシアの手をリムネッタは握り返したのだった。
「ありがとう、ルシア。頑張ろうね!」
「うん、頑張ろう」
太陽が横から差しこみ、二人の横に影を落とす。ルシアとリムネッタは、無言で木刀を向かい合わせた。周囲の温度がすっと下がっていく。ルシアは口元をきゅっと結んで呼吸を落ち着かせ、リムネッタは眼光鋭くルシアの隙を窺う。そうして、静かに静かに集中力を高めていく。始まりの合図も特に無く、先に仕掛けたのはリムネッタだった。刀をわずかに揺らし、ルシアの意識を逸らした上で重心を前に傾け、一瞬にしてルシアの懐に飛び込んでいく。ルシアは体勢を崩しながらも、辛うじて攻撃をいなすと、一歩下がった。
「くっ…」
リムネッタはすぐに体勢を立て直すと、ルシアを見据える。稽古の時のリムネッタは、普段のゆったりした雰囲気とは一変して、ルシアに僅かでも隙があれば果敢に攻めてくる、攻撃的なスタイルだった。ほとんど動きが無いにも関わらず、リムネッタの姿がぼやけ、曖昧になっていく。リムネッタと対峙する時、ルシアはいつも幻覚に囚われたような気分になるのだった。
「……」
不意にフッとリムネッタの姿がブレて、ルシアの左右から連続して斬撃が飛んでくる。ルシアはそれらを受け止め、さらなる追撃を軽く身を翻してかわすと、その勢いを利用して攻撃の出所…リムネッタのいると思われる場所に迷わず木刀を振り下ろす。ざっと地面に木刀が振り下ろされ、リムネッタが一歩後ろへ下がる。ルシアは木刀を戻そうとしたが、それよりも早く、リムネッタは再びルシアの懐に飛び込んできた。
「…っ!」
急ぎ体勢を立て直し、ルシアが攻撃に身構えたその瞬間…。
「あにゃ…っ!」
つんのめりになったリムネッタは、奇妙な声とともにどさっとその場に倒れこんだ。
「…また転んじゃった」
照れ笑いを浮かべながら、リムネッタはルシアに笑いかける。
「リムネッタ…肝心なところでドジするんだから…」
ルシアは小さくため息をつく。ルシアが手を差し伸べると、リムネッタはくいっと手を握り返した。ぱっぱっとリムネッタは土を払う。
「それじゃあ、もう一回!」
リムネッタの言葉で、二人は再び構えて向かい合ったのだった。
訓練は夕刻まで続き、疲れた二人はその場に座り込む。
「リムネッタはそのドジなところをもう少し何とかなればね…」
「うふふ…反論できないな」
騎士になるには、剣術は最優先だった。騎士団長ともなれば、騎士団をまとめる司令塔でありながら、最前線に於いて騎士団の先陣を切って戦う。通常指揮官は後方から指示を出すものだが、ことブルーメ国に於いてはそれが建国以来、ずっと貫かれてきた。他国との小さな小競り合いはあるものの、大きな戦にはならず、国を堅持できたのも、騎士団あってのものだった。
「そろそろ部屋に行こうよ」
周囲が暗くなってくる頃、リムネッタが提案した。
「うん、そうだね」
この後はリムネッタの部屋で書物を読むがいつもの流れだった。そうして、二人は腰を上げると、館の中へ入っていった。
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