いつまでも輝く母へ

長月瓦礫

いつまでも輝く母へ


「おはよう、京也。今日の夕飯は何がいい?」


母の優しい挨拶、テレビの代わりに流れるラジオ、いつもの朝だ。

子どもの頃の穏やかな朝だ。これは夢であることにすぐ気づいた。


品のよさそうな女性が豆知識を披露しているのを聞きながら、歯を磨いていた。

シロクマは左利きで、実は肌が黒い。このままだと絶滅するかもしれないと話していた。誰かに自慢しようか。そうだ、隣の席の奴にでも話してみよう。


学校の準備をしている間、母はいつもタンスの上に飾っているポストカードを見ていた。鱗がごつごつとした黒い竜が描かれており、端のほうに浅羽晋太郎と書かれてあった。

ポストカードを見る母の視線は悲しく、険しいものだった。

その竜が嫌いなのかと聞けば、そんなことはないと答えた。


険しい顔をしていた母の顔が少しゆるんだ。


浅羽晋太郎は伝説上の生き物を描く画家で、この絵もその人に頼んで描いてもらったらしい。それが何なのか、よく分からなかった。

絵を描いた浅羽晋太郎が顔の知らない父親なのかとも思ったが、話を聞いているとどうも違うようだ。


父はすでに死んでいる。それも事故や病気じゃない。誰かに殺されたらしい。

母がいつもより恐い表情をしていたから、何かとんでもないことがあったのだろうと思っていただけだ。


他の人に詳しく聞こうにも、仲のいい親戚はいなかった。


母は人を避けているように思えたから、親戚と仲良くなることはなかった。

ずっと二人きりの生活だったから、迷惑をかけるようなことはしたくなかった。


だから、いつもどおりに生活をする。

平和が一番だと学校の先生も言っていた。


「それじゃ、いってきまーす」


「行ってらっしゃい」


黒のランドセルを背負って学校に行く京也の影を母は最後まで見送ってくれた。

優しいあの時間、楽しいあの日々、たまに夢に見るのはなぜだろう。


「……」


天井は何も答えてはくれない。京也を見つめ返すだけだ。

母は何をしているだろう。最近、連絡もロクに取っていない。


たまには電話でもするか。

ぼやけた考えは目覚まし時計に一掃された。

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いつまでも輝く母へ 長月瓦礫 @debrisbottle00

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