20.青葉賞 ー前編ー
そして迎えた4月最終週の土曜日。
東京競馬場メインレース 青葉賞・芝2400m。
1か月後に行われる最高峰のレース・東京優駿(ダービー)と同じコース、同じ距離で行われ、この青葉賞の1着・2着の馬にはそのダービーの優先出走権が与えられる。その権利を掛けてこのレースに出場してきたのは東西の厩舎から14頭の3歳馬と、14人のジョッキー達。その中の一組に、オレとリブライトのコンビは居た。
1番人気は3月の重賞・毎日杯で3着だった塩田厩舎のレーヴァテイン。その馬に跨るのは塩田厩舎所属の
2番人気に昨年引退したG1馬・マツリダブラックの弟で、鞍上にも兄の主戦だった名手・
ただオレにはそんな
ブループラネット。リブライトのデビュー戦で岩野未来が乗っていた馬だ。あのレースでは後半失速して8頭立ての最下位と大惨敗だったが、4月にもう1レース未勝利戦を使って勝ち上がってきたらしい。それに乗るのはやはり岩野未来。前回の負けを根に持ってるのか、騎手控え室でもずっとオレの事を睨みつけていた。
「なぁんか
「ちょっと千葉さん、聞こえますって」
パドックで馬に跨らせてもらった時、笑いながら千葉さんから話し掛けられた言葉に少しだけ慌てる。言ってる事は当たってるのだが、流石に『質の悪いクソガキ』発言は本人に聞こえたらレース中でも馬から落とされかねない。
「アイツここしばらく全然勝ててないらしいな。まだ未熟な癖に強引な競馬のツケが回ってるだけだと思うけどよ。それで最近勝ててるお前を見て逆恨み、とかな」
確かに、岩野の今年に入ってからの勝利数を見る感じでは【低迷中】と言っても過言ではないような数字が並んでいた。昨年の40勝近い成績から考えたら、この4月末までで10勝から15勝は上げていないと厳しいハズなのだが250鞍も乗って7勝と厳しい数字が並んでいる。
それに対してオレは3月までの3か月間では35鞍乗ってたった3勝だったのが大阪杯の後、北条オーナーや増田調教師の伝手もありメイン開催の裏で行われている福島での3週間で合計30鞍近い騎乗依頼を貰えて7勝。トゥルーロマンスでの福島牝馬ステークスも含めて今年通算10勝を挙げて、3月までに比べたら嘘みたいな成績だ。
これはさすがに岩野の性格を考えれば『自分は上手くいかないのに何であんな奴が上手くいってるんだ』くらい考えていてもおかしくはない。
「気を付けろよ。お前の成績に対する嫉妬もあるし、それ差し置いても向こうは塩田厩舎で2頭出しだ。何か奇策を打ってくる可能性もあるからな」
「分かってますよ。充分に気を付けるつもりです」
そう、相手は今回、岩野未来1人ではなく岩野の父も一緒だ。親子揃ってラフプレーすれすれの強引な競馬を仕掛けてくるのは事前段階で予想していた。岩野の父が乗るレーヴァテインは後方一気の脚を使う馬。だから敵が動き出すのに先んじて、直線のごちゃついた所を抜けていなければならない。
《さあ生涯一度きりの大舞台に繋がる切符を求めて、3歳馬14頭が繰り広げます第○○回青葉賞! 今一斉にスタートしました!! 》
大きな音と共にゲートが開くと、他の馬より前で競馬を進めたい馬たちは弾けるように前へ前へと飛び出していく。
《先頭を奪ったのは名馬マツリダブラックの弟ソルトクーンと滝登! それに続くのは逃げ宣言のスーパーファルコンと名手・高橋、ドリームキャストと
その一方でオレとリブライトは先行争いの様子を注視しながら後方から馬を進める。今は縦長の展開になっているが、逃げ馬の足が鈍って一斉にそれを捉えに馬が動き出すのは第3コーナーを廻って直線に入る手前、残り500mの辺り。そこでトップスピードに達して前の馬が邪魔にならない進路を切り拓くには、と脳内でシミュレーションを繰り広げる。
後方から勝負をかける【差し馬】は弓矢に例えられるが、まさにそのもの。仕掛けが早過ぎればゴールより先に馬が失速したり、あらぬ所で先行する馬が壁になって塞がれるし、遅ければ前の馬には届かない。ギリギリここだというタイミングで進路を狙い絞って、一瞬でも早くトップスピードで駆け抜ける事が何よりも重要だ。
《第3コーナー入り口を通過して、先行集団から少し離れて4番人気リブライト、その外にはこのレースを勝って幻のダービー馬と呼ばれた父の最後の産駒サマーアンビシャスが居ます。父が見せたあの末脚は炸裂するのか!? 1番人気レーヴァテインはまだ後方。ああっとここで後方待機の数頭が動いたか!? 後方から1頭、スルスルと内を伝って前の馬に襲い掛かる! 》
第3コーナーと第4コーナーの中間点、残り800mの標識を見ながらオレはリブライトにゴーサインを送る。リブライトはガシっとハミを加え、一段階ペースを上げた。だがそんな俺達の内側を更に速いペースで何かが後方から迫って来る。
「っしゃあ! オラぁ!! 走れコラ! 」
「……ヒィン」
一瞬振り返るとそこにはムチを振り上げながら無茶なペースで内ラチ(柵)ギリギリを駆け抜ける岩野の姿があった。
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この作品はフィクションなので実在の人物・馬名とは関係ありません、が
青葉賞優勝馬の名前を色々ともじって登場させてみました。
作者イチ押しはドリームキャストと瀬潟三四郎です(青葉賞関係ねぇ)
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