19.カミングホーム
大阪杯が終わって翌日、全休日の美浦トレーニングセンター。
ようやく昼前にこちらへ着いた俺は自分のアパートへ戻るのも後回しに厩舎へ向かう。行き先は当然、リブライトの居る福山厩舎だ。
「大阪杯、観たよ!! 5着入着おめでとう」
「ありがとうございます。でも今回は川原さんと和賀さんのおかげです」
「川原!? 川原かぁ……まあ確かにね」
川原さんの名前を出すなり噴き出しそうになるのを堪える感じの福山調教師。何故かと理由を尋ねると
「実は大阪杯の後でアイツに電話したんだよ。そしたらなんて言ってたと思う?
開口一番『あんだけ追える奴だなんて聞いてないし、そういう奴を何年も前の下らないゴシップで腐らせとくなんて、美浦ってのはアホの集まりなんですか!?』だってさ。
まぁボクも、加賀君に対する冷遇具合は騎手時代からそう思ってたけどね」
『ちょっと電話や』と言って話してたのは福山さんだったのか。確かに騎手時代も二人は兄弟分みたいに仲良くしていたと聞いていた。性格も乗り方も全然正反対に見えるのに不思議なのだが。
「そんな川原から加賀君への伝言。
『福山厩舎のG1初勝利は俺が絶対取る。その分、重賞初制覇は譲ってやるからトゥルーロマンスで次の重賞、絶対勝て。次会った時に闘志を切らして腑抜けた競馬してたら俺が馬から引きずり下ろすからな』だってさ。アイツ、加賀君にウチの厩舎初勝利持ってかれたの、相当根に持ってたからな」
川原さんにそこまで言われて不甲斐無い競馬をするわけにはいかない。今回の大阪杯で掴めたと思った手応えを【自分の競馬】としてモノにしていかないと。
「うん、良い顔になったね。そういうワケでトゥルーロマンスは再来週末の福島牝馬ステークス、その先はG1ヴィクトリアマイル。リブライトは次走が3週間後の青葉賞に出走する予定です。それ以外にも任せてみたいと思っている馬が居るから、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそです! リブライトの様子、見てきても良いですか?」
「ああ。そろそろ千葉君が軽い曳き運動を終えて戻ってきてる所だと思う。行ってあげてよ」
事務所を出て足早に厩舎に向かうと、ちょうど馬房に戻って来たリブライトと千葉さんに鉢合わせる。リブライトは『お前どこに行ってたんだよ~この野郎』とでも言いたそうな感じでグリグリと頭を押し付けてきた。
「居てあげなくてゴメンて。お前のレースはちゃんとビデオで見てたからさ」
土曜日のリブライトのレース、山吹賞 芝2200m 3歳1勝クラス。
鞍上が関東のベテラン・内野騎手に乗り替わった事で戸惑ったのか、スタートから若干出遅れて最後方のままで第3コーナーまでレースは進む。しかしそこから彼はとんでもない脚を繰り出して最後は先行していた馬をクビ差退けて優勝した。阪神競馬場の騎手控え室にあるモニターでその様子を見ていたけれど、それは他の騎手からも感嘆の声が上がるほどだったのだ……その後、騎手を振り落として勝手にスタンドに帰っていったのも含めてかもしれないけど。
「内野さんは幸い怪我なかったケド、アレで腰痛悪化したのもあるし、次走は他の騎乗依頼もあるから分からないってよ」
「次の青葉賞、オレが乗ります。いや、次だけじゃなくて……その先も! オレはコイツとだったら、ブリリアントスターと見た景色まで、さらにその先までいけるって思ってるんです! 」
オレは決意を決めた事を今回の関西遠征での滝さんや川原さん、和賀さんとのやり取りも含めて千葉さんに話した。
勝ちたいという揺るぎない決意のこと、大切な事は馬が教えてくれるという話、そしてオレにとってのそれがブリリアントスターであり、リブライトなんじゃないかって予感。
「そう、か……たしかに加賀、帰ってきてから何か印象が変わったな。川原みたいな自分の芯に確固たるものが出来たっちゅうか、そんな感じか」
そう呟いてリブライトの寝藁を整え、馬房に誘導してから、ゆっくりと口を開く。
「川原と俺な、競馬学校の騎手課程で一緒だったん」
「え!? 千葉さんて元騎手だったんですか?」
「いや、学校は一緒だったけど俺は騎手試験には合格してない。体重制限で受かる見込み無し―――でそのまま自主退学だ」
騎手は馬に乗る時の負担重量(騎手と装備を含めた重さ)が決まっている為、体重を48キロより超してはいけない事になっている。だから必然的に身長も低めの人が多いのだが、千葉さんは見た所175センチを超えていてしかも筋肉質なのでどう考えても当てはまらない。
「入学した時は平気だったんだけどな。3年になる頃から身長が伸び続けて、そっからはずっと減量との戦いだった。でもどう頑張っても体重だけは落ちてくれなくて……競馬学校辞める時、川原に言われたんだよ。一緒に頑張った時間だけは無駄じゃない。だから、馬からだけは離れんな、って。
それからしばらくは競馬の世界から離れて乗馬インストラクターなんかしてたんだけどさ、やっぱどっかで『俺は競馬の世界から逃げ出してきちまったんじゃねえか』って思いが強くなってな。そんで、今のお前さんと同じ歳の頃に厩務員課程で競馬学校入り直してやり直して、んで12年か」
そんな事は全然知らなかった。でもだから今の千葉さんがあるし担当馬に『どうしても勝ちたいって意思がある人間に跨ってもらいたい』って思うのだろう。千葉さんはそこまで話すとオレの胸にドスっと握り拳を当てて、こう言った。
「だから、俺はお前に乗ってもらいたいんだ。挫折を味わってそれでも諦めきれなくて、そっから這い上がってきた奴にしか分かんねぇ想いってのがあるだろ?お前なら俺のそんな気持ちごと、もっと高いトコまで持ってってくれる、いや、持ってって欲しい! そう思ってる」
いつになく真剣な表情でそう話してくれた千葉さんに、オレは深々と頭を下げた。オレが絶対に千葉さんが「騎手としていつか立ちたいと思っていた場所」まで、想いを背負って辿り着かないといけない。このリブライトと一緒に。
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