17.始まりの理由


『加賀君、だっけ? キミはどうして競馬の騎手になろうと思ったの?』


 競馬界のレジェンド・滝騎手に突然そう問いかけられたオレは、乗馬をやっていたことがきっかけである事を話し出した。緊張のせいもあってたどたどしいオレの喋りに、高松先輩がフォローを入れてくれる。


 「コイツ、俺と同じ系列の乗馬クラブにったんですよ。俺は関西で、コイツは関東やったんですけど。確か、群馬やったっけ加賀?」

「はい、そうなんです。父に勧められて小学3年から乗馬をやってました」


 

 オレは競馬好きの父親の影響で小学生の頃、よくポニーに乗せてもらったりしていた。それが高じて習い事の一環として乗馬を習う様になる。


 好きこそものの上手なれなのか、それとも年代的に競技人口が少なかったからか。始めて2年ぐらいすると小学生・中学生の部でコンスタントにジュニア大会などに参加できるようになり、所属乗馬クラブ主催の全国大会などでも地域代表枠で出場できるようになった。そこで2学年上の高松先輩とも知り合う事になる。


「そこで1度だけ、高松先輩に勝てた事があったんです。ポニー競馬で」

「ああ、『ジョッキーベイビーズ』ね」


 

 ジョッキーベイビーズとはJRA主催の、競馬場でポニーに乗って実戦の競馬さながらに速さを競う戦いで、小学校4年生~中学校1年生までという参加制限になっていた。


 当時、オレは小学5年で高松先輩は出場資格ギリギリの中学1年。障害の飛越などを競う馬術競技の大会では一度も勝てなかった高松先輩より結果で上回れたのは後にも先にもその1度きりだ。ただ優勝は当時中学1年だった富田 七海とみた ななみ先輩に取られてしまって2位だったのだが。


「その時の騎乗で、それまでにないものを感じたんです。なんていうのかな……馬と1つになれた感覚というか」

「あん時の加賀、マジで凄かったんですよ! まさに神騎乗!! 普段はこんなにぼーっとしてうだつ上がらへんのに」

「先輩、そこはちゃんと褒めてくださいよ! とにかく、その時の何とも説明できない感覚をもう一度掴みたくて、高松先輩の後を追って騎手学校に入ったのがきっかけです」


 そう。まさにあの時に掴めたと思っただけが、今のオレを作っていると言っても過言ではない。


 完全に馬と1つの生き物になったというか、身体の感覚も意識も何もかもが無くなって、ただ吹き抜ける風になってしまったかのような感じ。上手く説明は出来ないし、話したところで信じてもらえるか分からない話なのだけど。


 アレを感じられたのはその時と、もう一度はブリリアントスターでヴィクトリアマイルを勝ったあの時の直線だけだったような気がする。今は、まだ。


 

「うん、わかるよ。ボクもを掴めるのはホントに一握りの馬で、それも一握りのレースだけだけど」


 こんな話を出したところで伝わるかと思いながらも口にした言葉だったのだが、滝さんは何かを感じ取ってくれたみたいで頷いている。

 

「いやいやそんな、滝サンはいつだってどんな馬とでも100%分かり敢えて完全な人馬一体を作り出せてるじゃないですか。今回だってフォアローゼスと……」

「いや、アレはまだ100%噛み合ってたわけじゃ無いんだ。何だろう、大事なピースが1つだけカチッと噛み合わなくて、もの凄く微妙なレベルでブレが生じていたというか。だからホラ、クビ差勝てなかったワケだし」

「……ん~、俺にはまだわからんなぁ」


 それに対して間に入った形の高松先輩はさっぱり分からないという顔だ。

 

「ハハハ。まぁ風馬も、加賀君もきっと『その感覚』に入れるにこれから巡り会えるよ。これまで成功してきたどんな騎手も絶対『自分にしかない馬乗りとしての感覚を教えてくれる馬』っちゅうのに出会って、それを教えてもらって、自分のモノにしてここまで来てる。


 ボクだって、サイレンス……アレ、おかしいな。なんか名前出そうとしたら急に目が変になっとる」


 そう語る滝さんは普通に喋ってる時と変わらない表情なのに、その両目から涙が零れ落ちる。滝さんが名前を出そうとした名馬で活躍し、そして―――辛い別れを経験したのは俺が生まれた頃、つまり25年も前の話だ。それでも、忘れられないぐらいの思い入れなんだな。


「……ごめんごめん。まあ、和賀にとってのセイキマツハオウみたいなもんだよ。そういう馬との出会いがあって、力と心を合わせる事が出来てこその競馬なんだって、ボクは思ってる」


 滝さんの言葉は今のオレや高松先輩には抽象的だったけど、なんとなく分かるような予感があった。


 リブライト。彼とならきっと、母馬のブリリアントスターの背中で得られた感覚をもう一度掴めるような気がする。そしてその代わり、ブリリアントスターと見た景色までオレが連れていくんだ。


 その為には彼の乗り役として相応しい実力と態度で居なくてはならない。そういう覚悟を学べたという意味で、今回関西まで来たことはすごく重要な事だったんだと思う。あとは早く厩舎に戻って、それを福山調教師と千葉さんに伝えて……



「さてっと、加賀ぁ! もう充分懇親深まったやろ!? さあこっからはお楽しみの時間や!! 取りあえず1曲じゃなくて3曲連続、いっとこか!! 」


 いつの間にかオレの後ろに回り込んでマイクを持った和賀さんに、後ろから半ば羽交い絞めにされてマイクを押し付けられる。タイミングを計ったように去年大流行したヒットソングのイントロが流れ出し、拍手が巻き起こった。


「いや、ちょ、和賀さんオレ歌えませんて……」

「そんなノリが悪くてG1の大舞台で1番人気なんて乗れるかいっ! 男見せたれや!! 」


 そんなこんなで始まったモノマネカラオケは深夜まで及び、その日は結局、和賀さんの家に高松さん以下若手数人で泊まって翌日の朝、ようやく美浦へと帰れることになった。


_________________


 今回、滝さんが話す人馬一体の話とそれを教えてくれる馬の話は作者の大好きな作品『ダービージョッキー』(武豊さん原作の競馬マンガ)から取りました。その作品の中で豊さんがサイレンススズカをとても大切に想っていたであろう事が伺えます。


 ご意見・ご感想など戴けましたら嬉しいです。

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