16.祭りのあと。

大阪杯、終了!!

 騎手の皆さんが普段どんな風に呑まれてるか分からないので今回も勝手な想像で書いてます。でもやっぱ実際は、お姉ちゃんの居る高級なお店とかに行くのでしょうかね?気になる所です。

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「さ、今日は川原の奢りや! どんどん飲んで飲んで!」

「ちょ、誰が奢りって言いました和賀さん!? お前ら割り勘やからな、ちゃんと遠慮せえよ! 」


 大阪杯が終わってその日の夕方。


 阪神競馬場から少し離れた西宮駅周辺の貸し切りにした居酒屋で、栗東りっとう所属の騎手有志で集まっての飲み会に参加する事になった。

 

 それぞれが所属陣営や乗せてくれた馬主との打ち合わせを兼ねた会食の後なので、少し遅い時間だし人数はそう多くないがそれでも15人ぐらいが参加。今日の主役で大阪杯優勝騎手の横浜騎手と息子の優馬は不参加だったが、和賀さんや川原さん、それに西のレジェンド滝登さんも少しだけ顔を出してくれて、さらには何故か高松先輩まで来ていた……いや、彼も出走していたんだったっけ。人気先行の葦毛馬・ヒヤヤッコの鞍上で。


 

「加賀くぅ~ん♪してやったりやないか! まさかあんな秘策で上位に食い込んでくると思わんかったで。ここの俺の分、加賀君払ってな♪」

「いやちょっと、後輩にタカるとか止めてくださいよ。高松さんだって出走してたじゃないですか」

「あ~ウチのヤッコちゃん最後方から全然届かなくて12着やから賞金貰えんかったん>< ……あぁでも加賀君よりここはもっと貰った川原先輩やな! さっきココは俺の奢り言うてたし」

「だから俺は言っとらんわ!! 」


 もうすでに出来上がっている感じの高松先輩がハイテンションで絡んでくるが、川原さんは一喝だけすると普段と変わらないぶっきらぼうな態度で黙々と水割りを飲んでいる。不機嫌そうに見えるがこれが彼の通常運転らしい。


 とはいえ今回、こうして大きな舞台に立てるチャンスを貰えたのも、そこで好走で来たのも彼のおかげだ。その礼を言おうと隣に座り、感謝を告げようとしたのだが……


「加賀か、あ~もうお前はさっさと美浦に帰れ! こっちは勝てるチャンス落とすし重賞級のお手馬2頭もお前に持ってかれるし踏んだり蹴ったりや」


 と手で追い払う仕草をされて怒られてしまった。



 ここへ来る前に参加した増田ますだ厩舎の皆さんと北条オーナーに招待されての簡単な慰労会。その中で北条オーナーから今回上手く乗れたことの評価としてジオウハチマンとトゥルーロマンス、それから関東で馬を預けている武田厩舎と上杉厩舎に居る何頭かについて次回以降を任せてもらえる事になった。

 

 増田厩舎と今回、伝手で乗せていただいた調教師の先生方からの反応も軒並み好評価で『関東に馬を遠征に出す時には是非頼みたい』との嬉しい言葉を貰えたのだが、オレには引っかかってる部分があった。


「でも、良いんですか? ……オレ、前にがあったっていうのに」

「塩田さんの厩舎を出された時の事かい?でも君はのでしょう?角野井すみのいさんからもそう聞いてますよ」


 そう言って爽やかに微笑んで懐から何かを取り出す増田調教師。そこには角野井元調教師の丁寧な文字で書かれた一通の手紙があった。


「君は馬に対してまっすぐで置かれた状況にも腐らず、素直に頑張ってるいい子だと書かれています。そしてそんな子がしょうもない色恋如きで道を踏み外すとは思えないと。


 それでも、一度レッテルを貼られてしまった環境では、自分には悪評を退けて光らせてあげられるようには出来なかった……角野井調教師はそれをずっと悔やんでおられた様です」


 後ろ指を指されながら逃げ込むように厩舎に入ってきたオレに、馬に対する指示以外の多くは語らず、寡黙だけど厩舎での仕事ぶりを見守ってくれていた祖父のような存在。でもまさかそんな人がオレのために心を痛めて悩んでくれていたなんて、ちっとも気付けなかった。


 それも今なら、あの一件以来『誰も信用しない』と頑なになっていた自分のせいもあるとは思う。


「どうですか?ここにはもう『』に付いた悪評を蒸し返すような馬乗りホースマンは居ません。ここで心機一転、頑張ってみるのも1つだし、向こうに戻って新たな状況でやり直すのも1つ。どちらを選んだとしても僕等は加賀騎手の事を応援しますよ」


 増田調教師の言葉と、それに賛同してくれるその場の温かい空気に、オレは思わず泣きそうになって無言で頭を下げるのがやっとだった。




「すまん、冗談や冗談。別にお前に怒ってないわ。横浜さんにも滝さんにも勝てへんかったのは俺にもまだ隙があったっちゅう事や」


 川原さんの言葉で現実に戻された。真に受けて落ち込んでいたわけでは無くて『数時間前の出来事を思い出していただけ』とはちょっと言えないので、ここは前者という事にしておく。


 川原さんは「ちょっと電話や」と言って立ち上がって店の奥の方へと消えていき、その近くに座っていた滝さんと目が合う。


 

 滝 登たき のぼる騎手。デビューから35年で全国リーディング10回以上、国内の全てのG1制覇、海外のG1でも多くを勝ち、50歳を過ぎた今でもデビューから毎年連続重賞制覇記録を更新し続けているまさに『西のレジェンド』だ。


 オレはずっと関東に居たし同じレースに出られるような経験も殆ど無いから言葉を交わしたことも無いのだけど、ほとんど全ての騎手も競馬ファンもそう思っているように『尊敬している人物』がこんな近い距離に居る事に緊張しまくっていた。


「加賀君、だっけ? キミはどうして競馬の騎手になろうと思ったの?」


 堅苦しい挨拶や自己紹介など抜きで唐突に質問されて戸惑う。滝さんは自分の質問が急すぎたと思ったのか、オレが答えないうちに言葉を注いだ。


「あぁごめん、イキナリでびっくりしたよね。知ってると思うけど僕や和賀君、川原も騎手になる子らは親が騎手とか調教師とか大体『』ばっかりだから。気になってね」


 言われて見れば確かにそうだ。ごくたまに中学まで全く競馬と関係なく過ごしていた人物が、ふとしたきっかけで競馬学校の試験に合格して騎手としても大成できるパターンもある。でもその一握りを除けば競馬関係者、いわゆる『ウマ屋の子』だ。同期の優馬なんて、祖父の代から騎手3代だと聞いている。


 そんな中でオレが騎手を目指した理由は……

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