9.中山牝馬ステークス

1番人気 3番 レイカプリンシパル 芦名

2番人気 9番 ブラックピンク   小崎

3番人気 5番 ミュシャズスマイル 富田


5番人気 8番 トゥルーロマンス  加賀

9番人気 11番 ライラックスター  高松


____________________


 3月2週土曜日、中山競馬場第11レース・メイン競争

 中山牝馬ステークス 芝1800メートル


 15頭の出走馬たちが続々とスタートするために狭いゲートへと入っていく。


 パドックでの様子からトゥルーロマンスはちゃんとゲートに入ってくれるかと心配していたが、そこはすんなりと収まってくれた。だが逆に一番人気の光希の乗るレイカプリンシパルがゲート入りを嫌がるシーンがあり、観衆からどよめきが起こる。


 馬は人に比べて相当に繊細な生き物だ。 乗り手がいつもと違えばそれは当然、影響を与える。恐らくは乗り手の平常心ではない部分をネガティブに受け取ってしまったのだろう。一旦ゲート入りをやり直して何とか事無きを得るが、それはゲートが開いてから大きな影響となって現れる。


 

《一斉にゲートが開いて、さぁスタートしました! っとこれは一番人気レイカプリンシパル、ちょっとダッシュが付かないか!? 》



 これまでのレースであればスッとスピードに乗って逃げ馬の2番手辺りに付けるレース運びをしていたのに、馬群の中段からのレースになってしまったのだ。1番人気に蓋をして自分のペースで進みたい馬たちは当然、我先にと集団かべを展開する。


《前は3頭、サンジノヒロイン・プリンセスユリヤン・スミコノユメが固まってレイカプリンシパルは単独4番手の位置》



 一方、そんな光希を見る格好のオレの馬もスタートしてすぐに問題があった。先程までの心此処に在らずといった雰囲気がゲートが開いた途端、一変して隣の馬に噛みつかんばかりの勢いで突進していったのだ。オレは焦って大急ぎで手綱を抑え、突っ込まれた隣を走っていた馬は後方に下げて何とか大惨事を防ぐ。


「すみません!! 」

「ちゃんと抑えとけ! この下手糞が!! 」


 中年のベテラン騎手に怒鳴られつつも危機を脱した事にとりあえずひと安心するが、馬は次なるターゲットを光希の馬に定めて並びかかろうと息を荒げて速度を上げようとする。千葉さんは『闘志に火を付けるスイッチ』と言っていたが、逆にそれをレースに向けさせてうまくコントロールする術の方がここでは課題だ。



《2番人気ブラックピンクと3番人気ミュシャズスマイルは後方から虎視眈々。縦長の展開です。ここで先頭は1000メートルを通過、ペースはハイペースです! 前の方の馬には厳しい展開!! 》


 そんな中で光希は何とか馬に気合いを付けるために手綱をしごき、俺は速度を勝手に上げようとする馬に手綱を絞って抑えようとする『』に労力を割いていた。このままの状況で最後の直線に向かえば……間違いなく二人とも大惨敗だ。


 

「なんや楽しく無さそうやなぁ流星」

 

 そんな状況のままで向こう正面のストレートから第3コーナーを回り始める辺り、声がする方を振り返るとオレの斜め後ろにピッタリとくっついた高松先輩が口角を上げて、ニヤリと笑いながらこちらを向いていた。


「そないしんどそうに乗ってたら、馬かて気持ち良く走れんやろ? 馬も人も気ィを楽に、楽しんで乗るんが一番馬にとって良いんちゃうん? もっと力抜いて、楽しもうや! 競馬を」


 そう言うと掛け声と共に馬に気合いを入れ、ぐんぐんと加速していく。


 


 いつからだろうか?『馬を』のと『』のがイコールになってしまったのは?


 

 逃げるように転厩して勝ちに恵まれず、人の目から逃れるように過ごし始めた頃から、前よりも『馬に乗るのが楽しい』と思えなくなってしまっていた。


 レースでも調教でも『もう少し抑えて走らせろ』とか『我慢させろ』という指示に従って動くたび、握りしめた手綱の中に自分の我慢して……そうするのが普通になってしまっていた。



 本当は、そうじゃない。オレは……オレは。



「うおおおおおおああああああっ!!! 」



 瞬間、馬を抑えようとしていた動きを止め、馬の行く方に任せて動きを補佐する側に回る。


 オレだって本当は、胸に痞えてる気持ちを抑えたりせずに叫びたいんだ。もっと早く、もっと強く、自由に! って。


 彼女、トゥルーロマンスは弾けるように速度を上げ、あっという間に光希が鞍上で試行錯誤するその隣に追いつく。


「光希、一緒に行こうぜ! 上がって来れるか?」

「加賀君! ……うん! 」


 レイカプリンシパルの目にも並び掛けてきた『同期のライバル』が映ったからか、先程までの気を抜いた感じの走りを止めて同じスピードで加速し始める。先頭の3頭と、それらに外から並びかけようとしている高松先輩の馬の後姿がぐんぐんと近付くのが見えた。



《先頭は第4コーナーを回ったところで中段から2頭、1番人気レイカプリンシパルと8番トゥルーロマンスが凄い勢いで並びかける! 更に後続もここでどんどん差を詰めてくる!! ここで先頭はライラックスター高松風馬!! 》


 中山名物の急な坂に差し掛かる所で、逃げた3頭の壁を抜けると高松先輩にあと半馬身のところまで追いつく。



「っせやぁぁぁぁあ!! 」

「おぉう流星追いついてきたんか!? ええやん楽しそうで♪

 ……だけど遅いわ、勝負は貰ったで! っせぇぇぇえい!! 」

 

 しかし前半での消耗がココに来て響いているのか、鞭の一閃でもう一段加速した高松先輩の馬に付いて行けない。だけど、そんなオレの斜め後ろから光希の馬が迫る。


「はぁぁぁ!! 」

「光希も来たんかい!? 脚色えっぐ!! でも負けんで!! 」


 最後、オレの代わりに光希の馬が高松先輩に並んで捉えたと思った次の瞬間、馬場の外側から風が吹き抜ける様にして勝負の行方をさらっていった。


 

 1着 5番 ミュシャズスマイル 富田

 2着 11番 ライラックスター  高松

 3着 9番 ブラックピンク   小崎

 4着 3番 レイカプリンシパル 芦名

 5着 8番 トゥルーロマンス  加賀


 

《写真判定の結果1着は3番人気ミュシャズスマイル富田七海!! 女性ジョッキーとして重賞3勝目! 》

 

 競馬場内は歓声が沸き立ち、俺達は馬の足並みが落ち着くのを待ってスタンドへと引き上げる。

 

「くっそ~、勝ったと思ったんやけどなぁ」

「最後、光希ちゃんと加賀君に気を取られてたでしょ?先輩としては後輩想いで良い奴だけど、勝負師としては甘いわよ」

「そうやなぁ~俺としたことが……まあ、おめでとな七海! 」


 そう話しながらワンツー勝利にハイタッチを決める二人の先輩。その眩しい後ろ姿をオレ達は黙って見守っていた。


「私たちも……あんな風になれるのかなぁ?」

 

 呟く光希の横顔に浮かんでいたのは、負けた事への悔しさよりも、現状の自分では届かない景色への憧憬。そんな光希に向かって声を掛ける。


「なれるさ。勝負しに行く事を諦めないで挑戦し続けてれば、いつかな。それまで頑張ろうぜ」


 そう言って、オレ達はそれぞれの陣営が待ち構えているスタンドへと馬を進めていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る