第17章 あなたは誰?

第30話

「なんで?」

『ぼくに聞くなよ〜』 

 石上の話を聞いて、ますます、佐久夜は霧島が行いたいことが分からなくなった。目に入れることさえ嫌がっていた女のために、天界の掟を破ってまで、過去を変えようと思うものなのだろうか。

「過去を変えたら〈私〉はどうなるの?」

『基本は変わらないよね。だって、この世界は創られた世界だから。だけど〈憑依者〉が入った世界を変えたら、ぼくたちの世界に影響があるかは分からない』

「……やっぱり、尊さまと話してみるしかないのかな」

『ぼくもそれしか思い浮かばない。なんで、霧島先輩は自分が消えるかもしれない危険を背負ってまで、佐久夜の過去を変えたいと思うんだろうね』

「だよね。姫子の過去を変えたいっていうのなら、まだ分かるんだけど」

『過去の自分を後悔してかー。それでも、ぼくは踏みとどまっちゃうな』 

 佐久夜が系統と一緒に、烏森家に行くと、この前と同じように智が出迎えてくれる。

「今日は僕に会いに来てくれたんじゃないんですね」 

 頬を膨らませて不満を訴えてくる智にも桜をみないかと誘いたくなるが、尊を問いつめる展開になるかもしれないと思うと、誘うことが出来ない。

『佐久夜』 

 石上もそんな佐久夜の気持ちを察したのか、注意をするように名前を呼びかけてくる。

「ごめんね。尊さまから桜を観にこないかって誘われていて」

「お姉さまはまだ、お兄さまの婚約者だから仕方がないですけど、また僕に会いに来てくださいね」

「もちろん」 

 佐久夜の言葉に花が咲いたような笑みをみせると智は尊のところまで案内をしてくれる。 

 自分だけが世界に取り残されてしまった。

 そんな寂しげな表情して、尊は桜を見上げていた。

「お兄さま。佐久夜お姉さまが来ましたよ」

「あ、ああ。ようこそ、佐久夜。智はそろそろ、家庭教師が来る時間だろう?」

「……お姉さま。僕のお勉強が終わるまで、待っていてくださいね」

「うん。待ってるね」 

 佐久夜が智の頭を撫でると満足したようだが、尊とふたりっきりになるせいか、彼は自分たちのことを気になる素振りを見せつつも去っていく。

「本当に智は佐久夜のことが好きなんだな」 

 智は佐久夜に甘えつつも、行動や態度で好きだと伝えてくる。尊は智の背を視線で追いながら、隠しはしない佐久夜への好意に呆れたようだった。

「智くんから可愛い告白までされちゃいました」

「告白? あいつがか⁇」 

 彼は智が佐久夜に告白したことに対して、想像以上に驚いている。

「そんなに不思議ですか?」 

 尊からすれば年下の弟であったとしても、佐久夜に告白をする男は信じられないということだろうか。

 何故か、尊は顔が真っ赤に染まっていくと、佐久夜にその顔を見られまいとするように片手で抑えた。

「尊さま?」

「すまん。少し、恥ずかしくなって」 

 以前から尊に違和感を感じていた佐久夜は自分の手を握ると、彼に問いかける。

「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」

「あぁ。なんだ」

「今の尊さまが、霧島先輩だとは分かっています」

「霧島? 誰のことだ?」

「とぼけないでください! 系統の中の石上と、未来の尊さまこと霧島先輩が、私たちが生きてきた世界と似た世界を創ったあとに、過去の自分に憑依をしたんじゃないかと推測を立てていたんです。でも、憑依をしていたのは尊さまじゃありませんよね?」 

 尊は佐久夜を見たまま、一瞬、能面のような顔すると、面白そうに口元を綻ばせていく。相手に自分の感情を智らせないように笑みで誤魔化そうとするのは、霧島らしい。

「どうして、そう思った?」

「前から、この世界の尊さまに違和感を感じていたんです。あの人は心底、私のことを嫌っていましたから。目にも入れたくないくらいに」

「お前には謝ったよな。申し訳ないことをしたって」 

 尊の中の人はどう足掻いても、認めないつもりだろう。それなら、佐久夜にも手はある。

「霧島先輩。天界にいたとき、レースのリボンをつけていましたよね?」

「……なんのことだ?」

「この世界に来てから思い出したんです。あのリボン、過去に私が智くんにあげたやつだって」 

 尊の顔をした男は困ったように顔を撫でる。

「やっぱり、バレてしまいましたか」

「……霧島先輩、いえ、智くん。どうして」

「もちろん、佐久夜さんの運命を変えたかったからです」 

 言い淀んでしまう佐久夜に、霧島はなんともないことのように告げる。

霧島は佐久夜の姿を懐かしむように笑った。

「あんな屑に佐久夜さんの人生が奪われたと知って、我慢が出来なかったんです」 

 霧島は自分の手に舞い落ちた桜の花びらを、自分の兄に見立てたように握りつぶした。


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