第15章 磐長家と烏森家

第28話


「お久しぶりです。お祖父さま」

「おぉ、佐久夜。よぉ来たのぉ」 

 磐長家の本家は佐久夜の実家とは違い、日本家屋だ。 

 佐久夜の家は元々、祖父の家のような日本家屋だったが、西洋風にしたいという父の意見を聞いて母が建て変えたと聞いたことがある。祖父にせめてもの反抗をしたいと思い、父が西洋の建物のような造りにしたいと母に提案をしたのではないかと、今になって佐久夜は思う。 

 元々、周囲から怒っているのではないかと誤解されやすい厳しい顔つきの祖父は、佐久夜をみて表情を和らげると自分の傍に座るように促した。

「今日はどうしたんだ?」

「あの、お父さまとお義母さまは」

「あの恩知らずどもなら、二度と佐久夜を悩ませることがないから気にせんでいい」 

 実家や本家にも両親たちがいないことは気になっていた。祖父が佐久夜にそう断言するのなら、なにかしら裏から手を回したのだろう。 

 父と義母に関しては家族という情を妹とは違い、佐久夜は持ったことがない。祖父が始末をしたという言い方をしなかったことで、生きていればいいとは思うが、両親がどうなったかを調べるつもりはない。 

 両親のことは正直、どうでもいいが、佐久夜は姫子のことが頭をよぎった。

「お祖父さま。私の妹は?」 

 祖父は大きくため息を吐くと、困ったように目を細める。

「お前はそれも知っていたのか」 

 佐久夜は祖父の言葉に頷いた。

「妹に会いたいと思う気持ちもあるだろうが、互いのためにも会わん方がいいだろう」

「両親のことはお祖父さまのお好きにしてもらって構わないの。ただ、妹だけは生活に困らないようにしてあげて?」

「お前は優しい子じゃのぉ。この老いぼれは孫には弱いからな。田中に言って、そのように取り計らおう。それよりも、佐久夜。今日は儂に会いに来ただけじゃないだろう?」

「うん。私ね。尊さまとの婚約を破棄したいの」 

 前世では婚約破棄をしたいと、祖父が他界してしまったために言うことが出来なかった。今でも祖父に話していれば、姫子だけでも救えたかもしれないと思うことがある。

「すまん、佐久夜。可愛い孫の願いでもそれだけは頷けないんじゃ」 

 佐久夜の考えは甘かったようだ。

 祖父も尊の悪行は聞いているはずのに、婚約破棄は出来ないという。祖父の性格を考えれば尊の素行を知っていれば激怒をして、婚約破棄を烏森家に今ごろ、叩きつけているはずだ。

「……なにかあるの?」 

 祖父は迷ったようだが、佐久夜の覚智をみたからなのか、ゆっくりと重たい口を開く。

「わしも長年、与太話だと思っていた話だが、磐長家も烏森家も呪われておる」

「呪い……?」 

 天界で過ごしてきた佐久夜は呪いなんてと馬鹿にすることは出来ないが、現実主義者である祖父が『呪い』を気にして、佐久夜の婚姻を決めたということは意外に感じた。祖父は呪いなんて馬鹿らしいと、笑い飛ばすような人間だ。

「今より何代も前の世代の話になる。今回のように、磐長家と烏森家の婚姻が結ばれたんじゃ」 

 平安の世。当時の政治的な背景もあり、帝の妃になってもおかしくはないと噂をされていた烏森家の二ノ姫と検非違使の任を任されていた磐長家の男が、婚姻を結ぶことになった。

 姫の父に気に入られていた男は、彼女の家で開催される宴会によく来ていたらしく二ノ姫はこっそりと御簾から男を垣間見ていたようだ。 

 端正とは言えないが、優しそうな顔だちに婚姻前から恋惹かれていたらしい。 

 父から自分が慕わしいと思っていた男が、自分の婿がねになることに運命まで感じた。三日夜餅みかよのもちいのあと、いくら男を待っていても、彼は義務は果たしたというように姫の元に通うことはなくなってしまった。

 姉や幼友達からは殿方とはそんなものであると慰められたが、二ノ姫の気持ちが晴れることはなかった。  

 女房たちにも不憫に思われ、いたたまれない思いで日々を過ごしていくなか、男には通う女がいて、自分とは違い、彼女のことは大切にしていると噂で聞いてしまう。 

 美しかった顔は幽鬼のようになり、二ノ姫は自分を裏切っていた男が不幸になるように日々、呪い続けた。 

 内裏だいりで会ったときにでも偶には娘の元にも顔を出すように言われていたのだろう。

 久々に姫に会いに来れば、顔だけは嬉しそうにしている彼女の気持ちを知らず、男は安堵をしたのだろう。油断をした男が腰にかけていた鞘から刀を抜いてしまう。 

 彼が止める間もなく、彼女は自分の胸に向かって刀を刺すと『今後、お前の一族は未来永劫、幸せになることはないだろう!』と血に塗れているにも関わらず、楽しそうに笑いながらも亡くなった。 

 その後、男は最愛であった妻も亡くし、ことの顛末を聞いた帝が二ノ姫を哀れに思い、男は都を離れるように命じられた。男は自分が蔑ろにしてきた姫の呪いであると分かり、陰陽師に自分の罪を話し、どうすれば二ノ姫の呪いから逃れられるのかと尋ねた。陰陽師は呪いを解くことは出来ないが、いずれ、長子のふたつの血が交わることがあれば呪いが薄まるかもしれないと言ったらしい。 

 男はいつか、呪いが解けることを願い、子孫に自分の罪を遺した。他人を呪えば自身の身にも災いが降りかかるというが、その後、磐長家でも説明が出来ない不幸なことばかりが起こっていたらしい。

『なんて迷惑な姫なんだ!』 

 自分の心の声が出たのかと思ったら、系統からの声だ。佐久夜は都合のいい系統を、今度こそ二つに折りたくなってしまう。

「でも、そんなことがあったら、普通は疎遠になりそうなものだけど」

「あぁ。そんな呪いなんてあるわけがなかろうと、両家は自然と距離をおくことにしたんじゃ。しかし、それ以降、大なり小なり、互いの家に不幸が起こっていたようでの。偶々、仲良くなった烏森家のじじいと話し合って、今回の縁が結ばれた」 

 豪胆な祖父のことだ。呪いだなんて信じていなかったことだろう。母が不幸な死を迎えてしまったことで、気にしていなかった両家の呪いのことを思い出したのかもしれない。

「尊くんのことは儂も聞いておる。佐久夜には苦労をかけるが」

 佐久夜は祖父の手をとると、安心させるように笑った。

「大丈夫よ、お祖父さま。心配しないで」

「ありがとう、佐久夜」 

 玄関先まで見送ろうとした祖父に断りをいれ、祖父の家から出ると佐久夜は石上に声をかけた。

「石上は呪いなんてあると思う?」

『あるとは思うけど。今回のこととは関係ないとは思うんだよね。でも、きみの家も烏森家も、平安の世から不幸が起きているってのは偶然にしては出来すぎだよね」

「前世、尊さまが婚約破棄をしなかったのも呪いのことを聞いてたからだとは思うんだけど。そんなことで、あの男が婚約を続けようと思うのかしら」

『両親が決めた相手と結婚をする代わり、お小遣いがずっと貰えるとかね』 

 呪いを信じて両親の言いなりになるより、彼の性格を考えるのなら、そちらの方が可能性が高そうだ。

『佐久夜。きみもさ〈憑依者〉の目星、ついているんでしょ?』 

 石上の言う通り、佐久夜はこの世界の誰が〈憑依者〉かを気づいていた。けれど信じたくなくて、わざと遠まわりをしていた。

「石上は誰が〈憑依者〉なのかを分かっていて、一緒に探すふりをしていたんだよね。弱みでも握られていたの?」

『正解! まぁ、でも共犯として、何かしらの罰則は喰らうだろうね。ただでさえ薄給なのに、給与が減らされたら痛いなぁ』 

 こうして、石上が自分と話していることは、初音さまを初め、上層部の神は知らないということだ。自分も知らずに巻きこまれていたことに頭が痛くなってしまう。

「〈憑依者〉は霧島先輩?」 

 系統からピンポンピンポンという機械音がしたことに佐久夜は顔を顰めてしまう。今は冗談を言ってる場合じゃないだろう。

『だって、茶化さないとでもやってられないよ。霧島先輩は運命を変えたい、それだけの為にこの世界を作ったんだよ?』

「でも運命を変えるのは重罪なんだよね?」

『うん。だから、佐久夜が生きていたときの世界と人物を作って、やり直しをしようとしたんだ。きみのためだけにね』

「? 私のため?」

『運命は誰かが介入するとより悲惨になるんだ』 

 ぼくが霧島先輩に脅されたのは、と石上は話し出した。 


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