第27話

「助けて! 佐久夜‼︎」 

 佐久夜の部屋に勢いよく、飛び込んできた姫子の顔は色を失ったように真っ白になっている。

「私、縁談が決まったの」

「おめでとうございます、と言わない方がいいんですよね」

「私だって父に言われたからには、相手の方がどんな方であれ素直に嫁ぐつもりだったわ。でも、父は佐久夜の婚約者に嫁げというのよ」

「尊さまにですか⁇」

「佐久夜も一緒に嫁げば、約束は果たすことが出来ると。こんなおかしな話があって⁇」 

 約束については祖父同士が酒の席で話していた、親友同士の子を一緒にできればいいなという、たわいない口約束だったはずだ。 

 ただ、磐長家と縁を結びたいというのなら、姫子だけでも構わないのに、どうして、佐久夜も一緒に嫁ぐという話になるのか。 

 姫子の付き人として、烏森家に行けというのなら、嫁げという言葉は出てこないはずだ。 

 どうして、両家が自分と尊との婚姻にこだわるのかが佐久夜には分からない。あの尊でさえ、佐久夜と結婚したくはないとは言うが、婚約破棄をすると告げたことはない為、おかしいとは思っていた。 

 一体、父がなにを考えているかが分からない。

 最近、烏森家では不穏なことばかりが続いている。まず、次男の智が行方不明になったが、誰も探そうとはしない。

「……それに私、好きな方がいるのよ」

「わかりました、お嬢さま。あなたは全てを捨てる覚悟はありますか?」

「……佐久夜?」

「覚悟があるなら、私がこの家から逃してさしあげます」

「ありがとう。佐久夜」



『……ぼく、このあとの展開、分かったよ』 

 石上は状況判断に聡いところがある。少ない情報から佐久夜たちのことを判断しても不思議じゃない。

「石上の予想の通り、姫子と彼女の相手は駆け落ちをする予定だったんだけど、待ち合わせの場所に相手は何時間も待っても来なくて。姫子が逃げようとしたことを知った尊は烏森家から追ってを出したわ。姫子は抵抗したらしいんだけど、結局、私と姫子のふたり、烏森家に嫁ぐことになったの」



「お前の部屋は此処だ!」 

 佐久夜は烏森家に来るなり、今まで入ったことのない地下の薄暗い部屋の中に入るよう背を押される。 

 窓すらついていないこの部屋は、今では使われていない座敷牢なのだろうか。自分と姫子たちを隔てるように木の柵があることが分かる。

「……っ」

「佐久夜? 尊さま! お話が違います‼︎」

「姫子。お前はこっちだ‼︎」

「きゃあ」

「お嬢さま? 尊さま、乱暴な真似はおやめくださいっ‼︎」 

 うるさいと頭を叩かれた佐久夜はそのまま、気絶をしてしまう。目覚めたら、部屋の中で倒れていた。

 佐久夜の目がだんだんと暗さも慣れてきた頃。化粧が涙で崩れおちた姫子がそっと柵の前から顔を覗かせた。

姫子が着ていた真っ赤な着物が黒く濡れているようにみえるのは、佐久夜の気のせいだろうか?

「お嬢さま‼︎ 大丈夫ですか⁉︎」

「私は大丈夫。あのね、佐久夜。私、後悔したことがいっぱいあるの……でも、もう遅いわ。あなただけは自由になってね。佐久夜」

「お嬢さま?」



「そのあと、烏森家に警察が入って、私も事情聴取を受けたんだけど」

 羅卒らそつも貴族同士の厄介ごとには関わりあいになりたくなかったのだろう。尊は懐刀で胸を何度も刺されて亡くなったらしい。 

 どう見ても犯人は姫子しかいなかったのだが、羅卒は烏森家に強盗が入り、尊が殺されたことにして事件を終わらせ、新聞記者にはなにも話してくれるなと佐久夜には固く口止めをした。

「尊さまが殺められたことを知らされて。私は姫子も亡くなったと思ったんだけど。姫子は憑依者になってた」

『ほかの世界で生きていたんだね』

「前に石上に私の前世は『なにしてたの?』って聞かれたことあったよね。あのあと、私はお寺に行って、智くんと姫子を弔うために尼になったんだ。この世界に来て思ったことがあるの。姫子は私と会うべきじゃなかったって」

『佐久夜が後悔することはないよ。だってさ、ぼくが一番の原因なの、分かっちゃったし」

「石上?」

『佐久夜の苗字、聞いたことあるなって思っていたんだよね。あ〜、ここで繋がっていたんだって。だから、ぼくが脅されたんだなって分かっちゃった』

「繋がっていたって、なんのこと?」

『怒らないできいてほしいんだけど。お姉さんにはごめんなさい。姫子さんの駆け落ちの相手、ぼくだったんだよね』

「……石上が?」 

 そういえば、過去、石上は酷い主人の従僕をしていたと話していたことを、佐久夜は思い出した。

『ぼっちゃん、ぼくの阿呆な主人がさぁ、ある家のお嬢さまを許嫁で迎えたのはいいものの、『こんな醜女しこめとは結婚なんか出来るか』って騒いじゃって、軍部のお偉いさんも出てくるわのてんやわんやでさぁ』 

 今から思えば、あれは尊が佐久夜のことについて、烏森家で話していたのだろう。

『どうやら、主人はその家の妹と結婚したかったみたいなんだよね。ぼくが彼女はその家の直系じゃないからって諌めたら剣で斬られちゃって。ぼくの儚い人生は終わったんだ』

「石上は姫子と駆け落ちする前に斬られてしまったのね?」

『うん。今から考えれば、あのときから、ぼっちゃんはおかしくなっていたんだろうね』

「……直系の血は私のことよね。私とあいつが結婚しなくちゃいけないのは、祖父同士のお酒の席の話かと思ってたわ」

『ぼくも又聞きだけど、烏森家は呪われてるらしくてさ。それで、磐長家の直系の血を持つ子と結婚すれば、呪いが緩和するとかいう話があったんだよね』

「そうだったの」 

 この世界の祖父が生きていることから、一度、祖父に詳しい話を聞いてみた方がいいかもしれないと佐久夜は思う。

「そういえば、石上、脅されたって誰に?」

『ぼくもまだ命が惜しいから内緒にしておくよ。いずれ、〈憑依者〉と会えば、全部、繋がるだろうしね』

「あのね、石上は姫子のこと」

『ぼくのことはいいじゃない。前の世界で協力的だった〈憑依者〉とは違って、今度の〈憑依者〉は足掻くと思うんだよね』

「自分の世界を壊したくないから?」

『そうだね。ヒントは……』 

 ブツっという音と共に回線が切られてしまう。系統のポップアップのメッセージに『今日の営業は終了しました』の文字をみると、石上は喋るつもりはないのだろう。 

まずは、祖父同士が交わした約束を確かめるために、佐久夜は何十年かぶりに生きている祖父に会いにいくことにした。

 

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