第12章 ドーナツの穴をのぞけば<2>(リリアナ視点)
第22話
せっかくだから、アンネが帰ってくるまで踊ろうとクリスに声をかけられたリリアナは素直に彼の手を素直にとる。
周囲の目線があるとは知っているのに、クリスはリリアナを誘った。クリスは無駄なことはしない主義だ。リリアナが彼になにを言いたいことを分かっていて、声をかけてきたのだろう。
クリスもリリアナも目立つ存在だが、踊ってさえいれば、他の生徒たちに会話までは聞こえないだろう。
表情さえ楽しげに浮かべれば、王太子とリリアナは結局、恋仲ではなかったが、彼の庇護下にあることは分かる。
今後、貴族社会でリリアナの立場が弱くならないように配慮をしてくれたというよりも、アンネリーゼが憂慮なく、過ごせるようにしたと考えるほうが、彼の行動理由は分かりやすい。
リリアナが前世で遊んだゲームでは、攻略対象者である相手と踊れば、そこで相手に選ばれたことになり、ゲームが終わるが、この世界は現実だ。
リリアナが選んだ相手は、結局、悪役令嬢だったアンネリーゼとなるのだろうか。
「殿下。サイに会っても平気ですか?」
リリアナの言葉にクリスはおかしそうに目を細めた。
「もう、私を『クリス』とは呼び捨てにしないんだな」
「殿下もご存知の通り、わたしが近づいたのは、貴方がわたしを好きになれば、お姉さまとの婚約破棄をしやすくなるということだけでしたから。殿下はちっとも揺らぎませんでしたね」
これでも、自分の可愛らしさには自信があったのにとリリアナが唇をわざとらしく、尖らせてみせると、クリスは優雅なターンをする。
「だって、きみは私の恋敵だったからね」
「えっ?」
「きみが好きなのは初めからアンネだと、きみをみていたら分かった。だからこそ、私はきみにアンネをとられないように必死だったんだ」
クリスの言葉に、リリアナは呆れた顔をする。
「殿下はやっぱり、喰えないお方ですね。」
ダンスが終わって互いに礼をすると、手を挙げたカインがリリアナに目配せをする。
リリアナがカインに近寄れば彼が持っている皿には、多くのケーキやマフィンなどのデザートが載っていることに、リリアナは彼の皿から甘くなさそうなサブレを奪いとる。
「欲しいなら、自分で取ってこいよ」
「だって、わたし、お腹が空いたし。カインが持ってるお菓子の方が美味しそうだったんだもの」
仕方がないやつだな、と文句は言いつつも、カインはリリアナが好きそうな甘くない菓子を手渡す。彼はデザート皿を持ったまま、リリアナの前を歩いた。
「ちょっと、カイン。あなた、そのままで行くつもりなの?」
「別にサイモンに会うだけだろう? 早めに自分が好きなデザートは取っておかないと、あとでリリアナも後悔するぜ?」
「……言われてみれば、そうね」
リリアナはカインを待たせると、皿の上にいくつかの香辛料が使われている辛そうな料理を載せていく。リリアナの行動をみた男子生徒の口があんぐりと開いていることに気づいてはいたが、もう自分を装う必要もないだろう。
「相変わらず、辛いもの好きだな。そのうち、胃を壊すぞ」
「カインこそ、甘いものばっかり食べてると、体に悪いって、サイモンにも言われてたじゃない?」
「あいつ、俺の母上より煩かったからなぁ」
カインがリリアナを連れて来た場所は学園内にある牢獄ではなく、生徒の保護者が泊まるときに使われている一室だった。
リリアナたちが来ると、彼は生徒会室と変わらない様子で書類の束を片している。
「なんだ、邪魔をしに来たのか?」
「サイ。あなた、なにしてるの?」
「なにって、殿下から押しつけられた書類だ。これを機に反対勢力の燻り出したいらしい」
「殿下を殺めようとしたことで」
言いにくそうにしたリリアナに、サイモンは長いため息を吐いた。
「お咎めなしだそうだ。今後はこれまで以上にこき使ってやるから楽しみにしていろと笑顔で言われた」
「死に場所を探していたのに残念だったな」
菓子を食べながらも言うカインに、サイモンは頷く。
以前、目につきやすい場所で、自分のことが好きなように振る舞ったのは、殿下と自分がリリアナを取りあうことによって不仲だと思わせる為だろう。
サイモンは自分がクリストファーの王位を認めないように振る舞い、最期は自分の厄介な血を失くそうと動いていた。
それには、卒業パーティーでクリストファーに攻撃することが一番、手っ取り早いと思ったはずだ。現に攻撃したときの彼の顔には楽になれることからなのか、口許には笑みが浮かんでいた。
「お姉さまのご両親はどうなるの?」
「僕の義父を蜥蜴の尻尾に使って知らない振りをするだろうな。アンネリーゼさまが殿下と結婚したら、また動き出すんじゃないか?」
「お姉さまに害がなければ構わないけれど、サイモ、あなたは?」
「一生、殿下の飼い殺しだよ。表には出さないが、裏では、相当こき使われるんだろうな」
嫌そうな声音で言うサイモンだが、どこか抱えていたものを下ろしたような顔だ。
「結局、サイはわたしのことを好きでもないのに、好きな振りをしてたんでしょう」
ふたりとも彼の手によって亡くなる未来はなかったが、それがリリアナの一番、腹立たしいことだ。
「? リリィのことは変わらず、好きだが?」
「えっ⁇」
「リリィがクリスのことを好きだと思ってたから、あんな行いをしたと周囲に思わせたのも半分は本当だ。そうすれば、優しいきみは俺に同情をしてくれるだろう?」
サイモンの言葉にリリアナな怒りのためなのか、顔が赤くなっていく。
「なぁ。どうせ、それ、今日中には終わらないんだろう? それ、サイモンも一緒に食べようぜ」
珍しく、カインが大人しいと思えば、会場まで追加で料理を取ってきていたらしい。カイン好みのデザートだけの皿とリリアナ好みの辛い料理が載っている。
サイモンは皿に載っている料理をみて、思った通り、嫌な顔を浮かべた。
「カイン。前にも言ったと思うが」
「はいはい。あっ、サイモン、これ、お前のだから」
カインはサイモンにドーナツを渡す。首を傾げるリリアナにカインはなにがみえる? とサイモンに問いかけた。
「予想はしなかった未来、だな」
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