第11章 卒業パーティー
第21話
「華やかですね。前世の社交界もこんな感じだったと聞いてます。あっ、あのお肉、美味しそう」
卒業パーティーの会場を見渡して、佐久夜はつい口にしてしまう。
会場の中はシャンデリアの光が眩い、華やかな空間だったと聞いている。当時、使用人仲間の少女たちはお嬢さまが持っている綺麗なドレスを着て踊ってみたいと騒いでいた。
彼女たちとは違い、佐久夜は牛ヒレ肉のステーキや七面鳥の蒸し焼き。
牛鍋は贅沢をしようと思えば食べられた金額だったが、牛ヒレは食べたことがなかった。数多く並べられているだろう、肉料理の味をお嬢さまに尋ねたところ、虚無のような顔を浮かべられ、そんなことより窮屈なドレスを脱ぎたいと言われたことが懐かしい。
『佐久夜さん。食事は後回しにしてくださいね』
任務が優先だと釘を刺され、分かっていますという声が上ずる。
卒業パーティーの会場に、クリストファーがリリアナと腕を組んで入ってきたことで周囲の注目が集まるのが分かった。
もし、アンネたちの事情を知らず、乙女ゲームだけの情報だけで彼らのことをみていたら、ただ、クリストファーがアンネよりもリリアナの方が好きになったと思うだろう。
「みなさん、お静かに。卒業パーティーが開催されるにあたり、まずはクリストファー殿下からお話があります」
「皆も気づいているだろうが、今日、私はアンネリーゼ・ド・グランジュとの婚約のことを話したいと思う」
周囲がざわめいたことに隣にいた宰相の息子が再度、静かにすることを求める。
「アンネリーゼ。こちらに来てくれないか?」
「分かりましたわ、殿下」
アンネもクリストファーから婚約破棄を言い渡されると思ったのだろう。反論をせずに彼の前へと向かう。
「今日は皆に私の立会人となって貰おう。アンネリーゼ・ド・グランジュ、私は今日を持って、きみとの婚約を……すまない、アンネ。やはり、私にはきみとの約束を叶えられそうにない」
クリストファーはアンネを前にして首を振る。彼の隣にいたリリアナは、彼に向かって叫んだ。
「殿下‼︎ お姉さまが殺されても構わないというんですか‼︎」
「しかし、リリィ。私は嘘でも彼女と婚約破棄をするなんて言えない。だからこそ、彼女だけでも守ることにしたんだ」
「? どういう?」
「しねぇぇぇ‼︎ クリストファー‼︎」
クリストファーの隣で司会進行を任されていたサイモンが彼に向かって、剣を振るう。クリストファーは、アンネをリリアナの方に押しやると、懐に刺していた剣の鞘でサイモンからの攻撃を防御した。
「大人しく、殺されてくれればいいものを」
剣をクリストファーに向けたまま、サイモンは舌打ちをした。
「ど、どうしてなの、サイ」
「アハハハハっ‼ 全部、ぜーんぶ、きみのためなんだ。リリィ。だって、きみが俺じゃなくてこいつを選んだのは、こいつが王子だからだろう? だったら、俺でもいいはずだ」
「なぜ、私が死ななくてはいけない?」
「……お前が死ねば、全て、うまくいくからだ」
佐久夜はサイモンに気づかれないよう、周囲の目を抜けるように彼らに近づいていく。
宰相の息子の後ろにいた佐久夜と目があったクリストファーは驚いたような顔をする。佐久夜は系統を手で持ち、サイモン目掛けて、彼の頭を殴りつけた。
その場に倒れたサイモンに周囲は何が起きたのか、分からないだろう。
「な、なにをしたの? サクヤさん?」
「え、えっと、内緒です。それよりも、この人。縛らなくていいんですか?」
縛られた宰相の息子は気絶をしたまま、衛兵に連れられて行ってしまうが、佐久夜は恐ろしくて、系統の方を向くことが出来ない。
『……佐久夜さん』
「わ、分かってます! あとで怒られますから」
「皆さま、余興は楽しんで頂けまして? これからはお好きなお時間をお過ごしください」
アンネの言葉を生徒たちは信じたわけではないだろうが、彼女の言葉に乗った方がよいという判断をしたのだろう。
なにごともなかったように、パーティーが続けられるのが不気味だ。
「殿下は彼のことを知っていたのですか?」
佐久夜の質問に疲れたような顔を浮かべた、クリストファーは場所を変えようと、アンネとリリアナも一緒に隣室へと移る。
「きみたちはサイモンのことを、どこまで知っている?」
「男爵令嬢とのスキャンダルでしたわね。今後も隣国と良い関係を築く為、隣国の姫の輿入れが決まっていたのに、男爵令嬢が皇太子の子を身籠ってしまった」
「ああ。男爵令嬢は国に自分の子ごと殺されることを悟ったのだろう。産んだ子を教会に預けると、自ら、命を堕としたと聞いている。リリィと同じ孤児院だったな」
「……そうです」
「リリィが私に近づいてきたのは、アンネの策のひとつだと思っていたんだ。きみはご両親から強要され、私を廃嫡させるために動いていたから。きみのご両親が孤児院から兄を見つけ、私を廃嫡したい考えを持つ宰相家へと預けたからだ」
「それでも、私は」
「あぁ、きみとご両親の考えが違うことはリリィと話していることで分かった。リリィは誰が、私を害そうとしていたのかを私の傍で探っていたんだね?」
リリアナはクリストファーの言葉に頷く。
「はい。カインは、素直に殿下を慕っていましたが、サイモンは殿下への敵意を隠せていませんでしたから」
「そこが不思議だった。彼に嫌われるのは分かる。けれど、サイモンの敵意が表面化したのは、きみが私に好意を抱いているという噂が立ってからだった」
リリアナとサイモンの関係は、佐久夜が図書館で盗み聞きした通りだろう。
「……わたしとサイは幼馴染なんです。わたしは占い師に占ってもらい、将来、サイがわたしの為に殿下とお姉さまを暗殺することを知っていました。けれどわたしと殿下が恋仲になれば、ふたりとも死なないと聞き、殿下に近づいたのです」
前世の乙女ゲームの知識だと言えばクリストファーに怪しく思われると考えたのだろう。リリアナは占い師に聞いたことにして、話の辻褄をあわせる。
「アンネになにかしらの策があると知った私は君を受け入れたが、サイモンにとって、きみは幼馴染以上の存在だったというわけか」
「わたしにとって、サイは兄以上にはなれなかったんです。アンネさまだと言わず、わたしに大切な人がいると言ったことを殿下だと勘違いしたのだと思います」
「……私が死ねば、自分が選ばれると思ったのか」
サイモンは自分勝手ではあるが、過去、似たようなことをやらかした男を、佐久夜は知っているのでなんとも言えない。
「アンネ。こんなことになったが、私との婚約を再度、考えてはくれないだろうか。私は幼いころと変わらず、きみだけが好きなんだ」
「殿下のお言葉、アンネリーゼも喜ぶと思います」
アンネの言葉にクリストファーは少し、不思議そうだったが、それでも嬉しそうに顔を綻ばせる。
「お姉さま、すいません。わたしがサイの気持ちを受け入れていれば、こんなことにはならなかったかもしれません」
「いいえ。もし、あなたが受け入れたとしても、結果は同じでしたわ。殿下、私、少しだけ席を外しますわね。サクヤさんとの大切なお約束がありますの」
「あぁ、あとでダンスのお相手をお願いしても?」
「喜んで」
佐久夜とアンネは一緒に人気のない場所へと向かった。
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