第20話
「まず、サクヤさんの目的はなんなのかしら?」
「私はあなたを迎えにきたんです。あなたの本当のお名前が分からないので引き続き、アンネさまと呼ばせて貰いますね」
「……迎え? 本来の私は死んでいるということかしら」
彼女の言葉に佐久夜は首を振る。
「今、アンネリーゼさまの体の中に、アンネさまが入っていることは本当に危険なことなんです」
「生き霊、みたいなものですものね」
「アンネさまは、アンネリーゼさまとはお話が出来るのですか?」
天界からの情報では、憑依をされた本体は魂同士が反発をするため、基本は眠ったままだと聞く。アンネは信じられないかもしれないけど、と前置きをすると、自分とアンネリーゼのことを話した。
「私がアンネリーゼに乗り移った。そう考えていいのかしら。私がもうひとりのアンネとなったのは、彼女が6歳の頃だったの。アンネリーゼは私のことを『お友達』と思ったみたい」
『イマジナリーフレンドですね。本体が幼いから自然に憑依者を受け入れたことで、魂同士の抵抗はなかったのでしょう』
霧島の言葉に佐久夜は頷く。
元の魂が抵抗をしなかったので、ひとりの人間に魂が二つ入っていても、変わらない生活を送れたのかもしれない。
「初め、私はリリアナさんが〈憑依者〉だと思っていたんです」
「えっ⁉︎ 私が」
佐久夜の言葉にリリアナは顔を変えたように驚く。
「はい。事あるごとに私に邪魔をするなと、言われていましたし」
「サクヤさんの目的は、誰かに乗り移っている魂を取り出すことだったのでしょう? 今、彼女のことはどう思って?」
リリアナのことをじっと見つめると、佐久夜は首を振る。念の為、傍にいる霧島先輩を頼ると、系統はリリアナの周りを周り、佐久夜に告げた。
『どうして、上からの情報が間違って伝達されたのかは分かりませんが、彼女はこの世界の人間です』
憑依者は自分の好きなように世界をかき回す存在だと思っていたが、佐久夜が初めて接した憑依者はまた違うらしい。憑依者でもないのに、リリアナがこの世界の情報を持っていることを佐久夜は考える。
「リリアナさんは『転生者』ですか?」
「そうよ‼︎ 悪い⁇」
「……リリアナ」
「ごめんなさい、お姉さま」
リリアナはアンネにだけ、素直に謝る。
リリアナが転生者だとすれば、アンネに情報を渡していたのは彼女しか考えられないが、どうしてふたりが手を結んだのかが分からない。
「この世界はわたしが元の世界で遊んでいた『乙女ゲーム』と似た世界だったことは、すぐに分かったわ。わたしの一番の推しはね、お姉さま。悪役令嬢のアンネリーゼさまだったの」
「推し、ですか」
ヒロインの推しが悪役令嬢だと知ったときの周の反応が知りたいとつい、思ってしまうのは、彼女が神に愛された少女だからだろうか。
「お姉さまは、どのルートでも破滅することが分かっていたからこそ、その要因を排除していこうと思ったのよ。私、入学式のあと、お姉さまに打ち明けたの。『あなたはこのままだと、破滅します』って」
「……よく信じられましたね」
いきなり庶民の少女から破滅をすると言われても、冗談としか思えないだろう。
下手をすれば、学園の教師に出まかせをいう子がいると告げ口をされてもおかしくない。アンネたちが彼女を信じたことが不思議だ。
「リリアナが語ったことは、私たちしか知らないことだったの。なんの目的があるのかしらと思ったら、彼女のお願いは『お姉さま』と呼ばせて貰いたいって、可愛らしいものだったし」
「でも、世界の強制力が働くのか。結果は『乙女ゲーム』の展開になったわ」
霧島は以前、この世界に強制力はないと話した。
世界の強制力とは以前に、霧島から説明を受けた、その人間が生まれながらに持つ『運命』が作用したのだろう。些細なことは変えられても、結局は運命に囚われてしまう。
しかし、中身が違う人間が動けば、その限りではない。
そのことに、アンネたちは気づいたようだ。
「だから、アンネリーゼと相談をして、私が彼女の代わりに動くことにしたの。そうすれば、リリアナさんの言うイベントは回避出来たから」
「ええと。改めて、リリアナさんはアンネさまの情報提供者ということになるのでしょうか」
佐久夜の言葉に、憑依者だと思っていた少女が勢いよく頷く。
「そうよ‼︎ だから、好きでもない殿下と一緒にいるんじゃない‼︎」
「えっ、好きじゃないんですか」
「どうしたら、あんな怖い人を好きになれるっていうのよ。私が殿下と一緒にいられるのは、彼がお姉さまの崇高なお考えだからだって気づいているからよ」
「アンネさまたちの目的ってなんでしょう? 殿下は『椅子取りゲーム』だと話していましたけど」
「最終的には『婚約破棄』ね。アンネリーゼの一族は、クリスさまのことをよく思ってはいないのよ」
アンネリーゼの一族はこの国の血統を重んじているんだとアンネは語る。
政略結婚で国外から輿入れに来た高貴な姫君が産んだクリストファーよりも、身分が低くても自国の令嬢が産んだ兄君に王冠を載せたい考えだと。
「クリスさまのお母さまは、幼いときに病気で亡くなられたんですよね」
「えぇ、表向きの話よ。本当は誰かに他殺されたかもしれないと言われているの。アンネリーゼの家族が手を下していても不思議ではないわ」
「ゲームのおまけシナリオでも匂わせていたしね」
「でも、どうして、アンネリーゼさまは殿下との婚約破棄をしたいんですか?」
「ゲームの方では、リリアナが殿下以外の攻略対象者と結ばれると、お姉さまと殿下が結婚をするの」
それはいいことなんじゃないかと思う佐久夜にリリアナは首を振る。
「でもね。必ず、お姉さまも殿下も、卒業パーティーで亡くなってしまう。唯一、ふたりとも生存しているのがお姉さまに殿下が婚約破棄を突きつけて、私が結ばれるルートだけなの。お姉さまは国外追放になるんだけど。死ぬよりはいいわよねって」
「アンネリーゼはクリスさまのことがお好きだったみたいだから、私たち、お話したの。そうしたら、アンネリーゼにもクリスさまと結ばれると、自分が亡くなってしまうかもしれない心当たりがあるみたいで」
「だから、ゲーム通り、お姉さまを婚約破棄してもらおうと思ってるんだけど。殿下がなにを考えているのかが分からないのが怖いのよ。普通だったら、こんな美少女に言い寄られたら好きになるでしょう? でも、殿下は噂をそのままにして、壁を作っているし」
佐久夜もクリストファーと話をしたが、彼が何を考えているのかが分からなかった。
「婚約破棄はされるはずよ。私、殿下にお願いをしたもの」
「! お姉さま、大丈夫なんですか?」
「えぇ。ただ、『自分の思う通りにさせて欲しい』というところが気にはなったのだけど」
「アンネさまは、どうして、アンネリーゼさまを助けたいと思うんでしょうか」
もし、アンネリーゼが殺されても、アンネの魂が残っていれば、彼女はこの世界の住人として過ごすことも出来るはずだ。
世界が彼女を異分子だと思わないため、天界も無理に憑依者を取り除こうとはしないだろう。
「アンネリーゼの環境は、他人から見れば幸福なものでしょう。高貴な家柄、恵まれた容貌。いずれは王妃になることも約束されているわ。でもね、彼女の扱いは、両親の操り人形と変わりなかったの。彼女自身がどんなに頑張ったところで当然のこと。その姿をみていたら、なんだか、他人とは思えなくなってしまって」
佐久夜をみて、アンネは恥ずかしそうに口元を緩める。
「アンネさま?」
「私、アンネリーゼに憑依するまえは、わがままで好き勝手に生きていましたの。彼女みたいに自分の義務なんて考えたことなんてなかったわ。だから彼女に協力するのは、私の自己満足な罪滅ぼしみたいなもの」
「罪滅ぼし、ですか」
「えぇ。だから、今度の卒業パーティーが終われば、素直にサクヤさんについていきます」
駄目かしら、とアンネに問われた佐久夜は霧島の指示を待つ。
『分かりました。僕たちは卒業パーティーを待つことにしましょう』
「アンネさま。卒業パーティーが終わり次第、あなたを連れていきます」
「分かりましたわ」
素直にアンネが頷いてくれたことに、佐久夜は安心する。しかし、本当に乙女ゲームのような婚約破棄だけで終わるのかが不安だった。
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